2015年11月

2015年11月29日説教「神のものは神に返しなさい」金田幸男牧師

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新約聖書
マルコによる福音書12章13-17
13 さて、人々はパリサイ人やヘロデ党の者を数人、イエスのもとにつかわして、その言葉じりを捕えようとした。
14 彼らはきてイエスに言った、「先生、わたしたちはあなたが真実なかたで、だれをも、はばかられないことを知っています。あなたは人に分け隔てをなさらないで、真理に基いて神の道を教えてくださいます。ところで、カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」。
15 イエスは彼らの偽善を見抜いて言われた、「なぜわたしをためそうとするのか。デナリを持ってきて見せなさい」。
16 彼らはそれを持ってきた。そこでイエスは言われた、「これは、だれの肖像、だれの記号か」。彼らは「カイザルのです」と答えた。
17 するとイエスは言われた、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。彼らはイエスに驚嘆した。

要旨 

【ヘロデ派とファリサイ派】

12章13によりますと、ある人々が、イエスの言葉尻をとらえようとして論争を仕掛けたと記されます。今回の居場所や時間は記されていません。11章27~12章12ではイエスは神殿の庭で祭司長たちと論じ合ったと記されますが、ここではヘロデ派とファリサイ派と論争相手が選手交替をしています。イエスは神殿の庭で教えをされたので場所は神殿の庭であろうとも思われますすが、時間はその翌日であったと推測されます。

 

 ところで、ヘロデ派とファリサイ派はふだんは敵対していました。ヘロデ派は当時ユダヤを支配したヘロデ王家の支持者たちでした。ヘロデ家はローマ帝国と結託してユダヤの支配権を確保していた権力者であり、ヘロデ派はその支持者たちでした。

 

一方ファリサイ派はユダヤ人の信仰と生活の規準である律法を重視し。民衆にも律法の遵守を奨励しました。当然のことながら、ヘロデ派のようにローマ帝国に媚を送るような考え方を嫌悪しました。ですからヘロデ派とファリサイ派は日頃は対立関係にありました。しかし、彼らは共通の敵イエスに対しては共同戦線をとります。敵対者が力をあわせて攻めてくる。それは強大な力を発揮することになります。この世の中で神を信じて生きていこうとするものに、普段は対立しているものたちが手を組んで攻撃してきますが、それは大きな勢力となり、恐るべき敵対者となります。

 

【美辞麗句を用いて】

 彼らはイエス・キリストに論争を仕掛けるにあたり、美辞麗句を用います。「彼らは来て、イエスに言った。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです。」。

 

むろん本心から出た言葉ではありません。うわべだけの言葉ですが、しかし、これほどイエス・キリストが誰か、どんな働きをしているのかを明瞭に語られているところはありません。的を得ていますが、それだけ敵対者の心はキリストから離れています。これは皮肉と言えば皮肉です。これ以上キリストとは誰か、的を得た言葉を語りながら空虚な言葉でしかありません。

 

【ところで、皇帝に税金を納めるのは・・】

反対者の質問は、「ところで、皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか。というものです。皇帝に税金を収めることが律法、つまり、聖書の教えに一致しているか。これは律法に合致しているかどうかだけの問題ではありませんでした。イエスがこれを語られたときから約30年ほど前のAD6年、ヘロデ大王の息子アルケラオの失政のためにローマ帝国はユダヤを属州にしてしまいます。属州は、ローマの直轄領で、総督が派遣され、そのもとで地方政治が行われます。アルケラオの領土はユダヤ州と呼ばれるようになります。

 

【納税の義務】

ローマは属州にはかなりの自治を認めますが、ただ、納税だけは厳格に守ることを求めます。税金さえ納めておれば属州は中央からあまり干渉を受けることもありませんでした。しかし、納税を履行しないとこがあれば帝国政府は苛酷な圧迫を加えます。納税を求められることこそ、ユダヤがローマの支配下にあることを示します。ユダヤ人にはそれは屈辱的な事態でした。それだけではありません。

 

【ローマのコイン】

ローマ政府はローマのコイン、銀貨で納税することを求めます。ところで、そのコインには皇帝の肖像が刻まれ、王の権力を示す銘が彫られていました。ローマ帝国の東部地方では皇帝を神として崇める宗教生活が徐々に展開していました。ギリシヤ人にとっては人間が神になることはその宗教の特質でもありました。ユダヤ人たちはこの意味でコインの肖像を警戒します。それは単なる人間の肖像ではなく、神の偶像なのだとされます。当然ユダヤ人は嫌悪をします。

 

【ロマ皇帝の神格化】

 キリストが地上で活躍されたとき、皇帝を神格化する動きが盛んでした。ユダヤ人からすればこれはとても不愉快な事柄であり、信仰に反しますし、嫌悪すべきでありました。しかし、それは帝国政府に反旗を翻すことになります。だから、たいていのユダヤ人は表面上は反抗しませんでしたが、快く思いませんでした。極度に反感を持ったユダヤ人の一派もありました。熱心党と呼ばれいる党派で、彼らはローマの支配に反抗し、独立を取戻そうとしました。当然、皇帝に税金を納めることに反対し、拒否します。このために、武装闘争の道を選び、ついに二度にわたりローマとの戦争に突き進みました。キリストは地上での働きをされていたとき、すでに熱心党はかなりの影響力を持ち始めていました。このような反ローマ的は動きをローマ政府は見逃すことはできませんでした。

 

 このような複雑な問題につながっていく微妙な問題をファリサイ派、ヘロデ派の共同戦線が攻撃してきたのです。

 実際、ポンテオ・ピラトの裁判のとき、キリストを訴える偽証言者の言葉に、キリストが皇帝への税金の納入を拒否したと言うものがありました。この罠にかかればイエスは、ローマ政府から処罰されたり、あるいは答え次第でユダヤ人民衆の支持を失うことになります。このような下心から質問が投げつけられたのです。

 

【聖書に書かれていない問題】

 ところで、律法には皇帝への納税のことなど記されていません。聖書に書かれていない問題をどうするのか、敵対者は問います。

 

 聖書を何もかも教科書のように見る人がいます。しかし、聖書はあらゆる人間の営みについて書かれてあるわけではありません。書かれていないこともたくさんあります。書かれていない事柄はどうなるのか。たいていの人は、自由だと言う考え方を持っています。聖書に書かれていないことは自分で判断すればいいというのです。

 

こういう立場の人は結局自由だと言っても答えは簡単ではないので、世間で通用しているような考え方を取ります。聖書に書かれていないことはこの世の価値基準を採用します。ここでは分裂が起きてしまいます。信仰と世俗が分裂し、結局は信仰よりもこの世的な規範が支配的になります。世俗的は、信仰に反するこの世の常識が生き方の原則になります。そういう生き方の末路は結局信仰なしの生き様になります。

 

 もう一つのやり方は、聖書に書かれていないことはたくさんあることと認め、そこに伝承とか伝統を重視します。当時のユダヤ人も今日のユダヤ教でも共通することですが、むかしのラビ(律法研究者)の聖書の解釈などを価値あるものとみなし、聖書に書かれていないことついての規準や規範を引き出すのです。カトリック教会も聖書に並んで、教会が保持する伝承を聖書と同等の価値を認めます。

 

 このような聖書に対する考え方は聖書を軽視するものとなりかねません。では、どう考えればいいのでしょうか。イエス・キリストはどういう考え方をされるのでしょうか。

 

【皇帝のものは皇帝に】

キリストの答えは次のようなものでした。イエスは、彼らがそれを持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らが、「皇帝のものです」と言うと、イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らは、イエスの答えに驚き入った。そこに皇帝の肖像が書かれてあるとしてもそんなものと関わりなく皇帝に税を納めよ。ファリサイ派はためらいながら税を納めていました。キリストはためらうことなく税金を払えと言われます。ここでは、[返す]と言う言葉が用いられますが、元に戻せ、つまり、本来のもち手に返せという意味です。本来、ローマのコイン=お金は皇帝のもの、それならば返せばよい。

 

 ここまでですと、キリストはただ皇帝に税を納めることを肯定しているだけです。異民族で、異教徒のローマ人の支配にただ服従しておればいいということになります。政治的に無関心であれとも取れます。

 

【神のものは神に】

しかし、キリストは、神のものは神に返せ、と言われます。神は全世界の創造者であり、支配者です。神に返せとはすべてを返せということになります。皇帝と神は同等ではありません。神に返せとはすべてを返せということになります。あらゆるものは神に属します。私たちの所有は何もありません。本来は神のもの。皇帝に納税することの是非よりも、地上での私たちの生活が一切神の主権のもとにあるということに注目すべきなのです。皇帝への納税の問題よりも、神に如何に借りたもの、つまり、あずかったものをどのようの返却していくのか、そのような人生のほうが重要な問題だと教えられます。

 

【信仰的判断】

 聖書に書かれていないことは自由ではなく、信仰的に判断しなければなりません。信仰をもってどう考えるかのほうが重要なのです。聖書に書かれていないことであっても、聖書に育まれて信仰的に判断するのです。だから、私たちは日々聖書を学ばなければなりません。どれがキリスト教的ものの考え方なのか、信仰者としてどう考えればいいのか。このように毎日具体的な事柄で私たちは判断を下すべきなのです。

 

このために、私たちに必要なことは教会で、あるいはキリスト信者の交わりにおいて、聖書の考え方を学び、信仰を育まれ、キリスト教的なものの見方を身につけていき、信仰によって決着していくのです。聖書に書かれていないからといってキリスト教信仰と関わりのない結論を出すのではなく、聖霊の導きのもと、信者として一番ふさわしい決定をしていくのです。人生の重大な局面でこそ、このことができるかどうか、それが大きな課題となってきます。聖句一つだけで判断せず、毎日聖書を学びながら、総合的に聖書を読み、その知識でもって具体的な事柄に決着をつけていくのです。(おわり)

 




2015年11月29日 | カテゴリー: マルコによる福音書

2015年11月22日説教「土台となる捨てられた石」金田幸男牧師

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マルコによる福音書12章
1 イエスは、たとえで彼らに話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。
2 収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った。
3 だが、農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した。
4 そこでまた、他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した。
5 更に、もう一人を送ったが、今度は殺した。そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された。
6 まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。
7 農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』
8 そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった。
9 さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない。
10 聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。
11 これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』」
12 彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った。


 

要旨

【権威のついて論争】

  イエス・キリストが三度目、神殿に来た時、当時のユダヤの宗教、政治の指導者らと権威のついて論争をされました(11:27-33)。そのつづきが今日の12:1-12で、まず、イエス・キリストは譬えを語られています。このたとえは今までのように一般の聞き手に語られたのでもなく、内容も今までの譬えのような「牧歌的」雰囲気は皆目ありません。

 

相手は、権威を振りかざす祭司長、律法学者、長老たちでありました。譬えで語られたのは、そこで彼らの隠された心を暴露するためであって、直接語られなかったのは、まだそのとき、つまり彼らと決定的衝突を回避されるためであったと考えてよいのではないだろうかと思います。

 

 この譬えは内容がとても深刻で、しかも敵対者の心の中を見抜いています。あまりにも露骨なのでイエスが本当に語ったのか疑問視されることもあります。しかし、その信憑性は疑いようありません。真正なイエス・キリストの言葉として受け入れてよいと思います。

 

【ぶどう園】

この譬えですが、舞台はぶどう園です。ぶどう園は旧約聖書にしばしば登場します。このキリストの譬えはイザヤ書5章1-7をすぐさま思い起こさせます。

 

わたしは歌おう、わたしの愛する者のために/そのぶどう畑の愛の歌を。わたしの愛する者は、肥沃な丘に/ぶどう畑を持っていた。よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り/良いぶどうが実るのを待った。

しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ/わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。わたしがぶどう畑のためになすべきことで/何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに/なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。

さあ、お前たちに告げよう/わたしがこのぶどう畑をどうするか。囲いを取り払い、焼かれるにまかせ/石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ、わたしはこれを見捨てる。枝は刈り込まれず/耕されることもなく/茨やおどろが生い茂るであろう。雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑/主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁き(ミシュパト)を待っておられたのに/見よ、流血(ミスパハ)。正義(ツェダカ)を待っておられたのに/見よ、叫喚(ツェアカ)。」

 

ここに記されているように、ぶどう園はイスラエルを象徴しています。イエスの譬えでもぶどう園はイスラエル、その指導者たちを表わしていることはすぐ分かります。農園主は主である父なる神を指していることも分かります。

 

【農園主と農夫】

 このぶどう園には、垣、搾り場、見張りの塔が造られます。垣は石で組まれたと思われます。搾り場に設置する搾り機は普通は石を刻んで造られます。そして、見張りの塔は、見張り台であると共に野獣から農夫たちが身を守るための施設です。これだけきちんと設備が整っているぶどう園はすぐれた農園ということができます。当時のぶどう栽培はぶどう酒を醸造するのが目的で、大掛かりな農業になっていました。イエス・キリストはイザヤ書からこの譬えを語られたようですが、当時の実態も反映していると言えます。当時、パレスティナにはローマの占領と共に、資産を持っている裕福な人々が農地を安く買い取りました。彼らは不在地主で、その所有地には住まないで、農園を農夫に貸し、収穫のとき一定の割合で所有者に納めるという契約を結びました。

 

 この譬えでは、所有者である農園主は何か落ち度があるようなことをしていません。彼は自分の農園に多くの資本を投入して、立派な農園を造っていました。そして、農民とは正式の契約を結んだのでありましょう。何も不当なことをしていません。落ち度なく農園主として、収穫の一部を期待したに違いありません。

 

 ところが陰惨な事件が記されます。農園主は収穫期になったので、契約通りに、ぶどう酒を送ってくるように連絡をします。ところが農夫たちは送られてきた農園主の使いにひどいことをします。送られた来たしもべを殴るは、たたくは、袋叩きにしてしまいます。その上、別のしもべを殺してしまいます。

 

 農夫たちはなぜこんなひどいことをしたのか。農園主が外国の占領軍と一緒に入ってきたものだったからかもしれません。しかし、農園主が外国人であったとは記されていません。とにかく、農夫たちは農園主に契約通りの貢納を拒否しました。ひとり息子を殺害したのはなぜか。おそらく、農夫たちは農園主が死んだと思ったのではないでしょうか。そんなうわさが飛んだのかもしれません。農園主が死ねばその財産は一人息子が継承します。しかし、その息子もいなくなれば、農園主はいなくなり、耕作をしているものたちのものになるかもしれません。おそらくの話ですが、農夫たちは豊かにぶどうを生産するこの土地が欲しいと思ったのでしょう。欲しくなると手段を選ばない。

 

農夫たちの動機は欲であったといえるのではないでしょうか。欲しいものを自分のものにしたいと思うと手段を選ばなくなります。殺人も犯す。これが人間の罪ではなくて何なのでしょうか。次々と農園主が送る使者を亡き者にした理由は貪欲、物欲、所有欲であり、その欲望を満たすためならば手段を選ばない。あるいは欲望を阻止しようとするものも殺してしまいたくなる。このような感情は決して作り話ではありません。現実の私たちの姿でもあります。

 

 一つ不思議なのは、なぜ農園主はこれほどまでされながら農夫たちから収穫の一部を獲得しようとしたのか。農夫たちを信頼していたのかもしれません。どんなひどい仕打ちを受けても我慢するほどに、農夫たちが必ず心を入れ替えてくれる。そう信じたのでしょう。

 

 農園主は、農夫たちと契約を結びました。契約は単なる約束ではありません。それが神の前でなされたとすればその契約は決して破られることはない・・・農園主はそう信じたのかもしれません。相手を信じる、これが農園主の心であったと考えることができると思います。

 

 この譬えで送られたしもべらが預言者であったこと、その一人息子こそイエス・キリストであることはすぐ分かります。

 

 イエスの譬え話を聞いて、祭司長たちは自分たちに言われているとすぐに気がつきます。イザヤ書のことは聖書の専門家ならばよく知っていた話であったと思います。

 

 イエス・キリストはこの譬えを閉じるにあたって、息子を殺した農夫たちがどんな結末を迎えるか語られますが、祭司長たちが烈火のごとく怒ったとしても不思議ではありません。イエスをこのままにしておくことができないと思ったでしょう。しかし、群衆が近くにいたので手を出すことができませんでした。

 

 ここまで読むと、キリストは、間もなく起こるであろう、十字架の苦難を予告していると取ることができます。キリストはエルサレムで経験される恐ろしい出来事、祭司長たちの陰謀によって逮捕され、裁判を受け、処刑されるであろうことをよく承知しておられたということを示しています。キリストと祭司長たちの間は険悪となったことを知ります。

 

 ただ、このキリストの譬えはこれで終わりませんでした。キリストは詩編118篇22-23を引用されます。

 

家を建てる者の退けた石が/隅の親石となった。これは主の御業/わたしたちの目には驚くべきこと。」

 

家を作るとき、多くの石材が用いられます。ところがある石は不要とされ、道端に放り出されます。ところが、増築のためか、あるいは近くに新しい建物を新築するためか、捨てられた石が丁度、柱石にすることが適当となります。基礎となる石がしっかりしておればその上に柱を立て、大きな建物を支えることができます。いったん何の役にも立たないとされた石が今は大きな構造物を支える石となります。

 

 譬えの中で、農園主の子どもは、殺されて、農園の外に放り出されます。ユダヤ人は死体が葬られることなく、野ざらしに放置されることほど嫌悪したことはありません。葬られることなく死ぬ、それは一番悲しむべき事実でした。農夫たちは農園主の息子に最大限の侮辱を行ったのでした。許しがたい行為です。

 

 イエス・キリストもまた同じように十字架という残酷で残忍な処刑方法で殺され、木の上に放棄されました。キリストが蒙った辱めは言語に絶するものでありました。

 

 しかし、キリストは、その捨てられたものが神の救いの事業の中核となるのだと語られます。詩編の言葉はキリストにおいて現実となります。これにまさる驚くべき事件はありません。みなから捨てられ、辱められ、卑しめられた方が神の救いの働きを完成させられます。捨てられたキリストこそがまことの救い主なのです。

 

この事実をキリストはご自身の十字架と共に語られました。むろん、祭司長や律法学者たち、長老たちはキリストのこの言葉を全く聞いていません。譬えが自分たちにあてこすりだと感じてあとはもう聞いていません。詩編の引用で、捨てられたキリストこそ、新しいイスラエルの救済者であり、まことの神の家の土台となられたのだと、キリストは明言されています。

 

【裁きと救い:神の愛】

 そこで、キリストが語った譬えだけしか聞かなかったものには厳しいさばきのことばをだけを聞いたことになります。神の御言葉を中途半端に聞けば怒りを引き起こされるだけ、あるいは戸惑いを生じるだけということもしばしばあります。しかし、キリストの意図は、ただ滅びを予告されるというだけではありません。キリストの本当のみ心はそんなところにあるのではありません。神のひとり子を遣わされるほどまで神は私たちを心に留め、愛し、何とかして救おうとしておられるのです。間違いなくそうなのです。(おわり)

 

2015年11月22日 | カテゴリー: マルコによる福音書

2015年11月15日説教「イエス・キリストの権威」金田幸男牧師

(本日の音声説教はありません)

説教「イエス・キリストの権威」

聖書:マルコによる福音書1127~33

27 一行はまたエルサレムに来た。イエスが神殿の境内を歩いておられると、祭司長、律法学者、長老たちがやって来て、28 言った。「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか。」

29 イエスは言われた。「では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。30 ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい。」

31 彼らは論じ合った。「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と言うだろう。

32 しかし、『人からのものだ』と言えば......。」彼らは群衆が怖かった。皆が、ヨハネは本当に預言者だと思っていたからである。

33 そこで、彼らはイエスに、「分からない」と答えた。すると、イエスは言われた。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。」

 

要旨

【最高議会の祭司長、律法学者、長老たち】

 イエス・キリストとその弟子たちは三日目もまた、エルサレムの神殿に入って行かれます。そこで、祭司長、律法学者、長老たちと出会います。これはたまたま出会ったというのではなく、彼らがイエスを探していたと理解すべきです。この人々は、ユダヤ人の最高議会を構成する人たちです。

 

最高議会、サンフェドリンとよびますが、単に法律を定めるというだけではなく、ユダヤの宗教問題を取り扱い、また、各地のユダヤ人社会の揉めごと、民事紛争などの最終的な裁定を下すことになっています。ときには法律違反に対して処罰を下すこともあり、ローマの支配がなかったときは死刑の判決執行の権限も与えられていました。神殿警察を管轄してもいました。イエス・キリストは前日、神殿の境内で、商人たちの机や椅子をひっくり返すという「騒ぎ」を起しています。商人たちから多額の上納金を得ている祭司長たちからすれば、イエス・キリストの行為は許しがたいものと見えたはずです。

 

11章18に、祭司長や律法学者たちがイエスを殺そうと謀議を行ったとありますが、これはイエスを逮捕し、治安を乱すという罪をなすりつけて処刑してしまおうと考えたことを示しています。

 このたびは、イエスをすぐに逮捕して投獄するというようなことをしていません。群衆が周囲にいたからであると思われます。イエス・キリストは神殿の庭を中心に教えを語られていました。(11:17、18)。群衆はその教えに感動していたとあります。群衆の大半がイエスの教えを受け入れたのではなかったでしょうけれども、多くの人がその教えに心を動かされていたのを、祭司長たちも認めざるを得なかったのです。

 

 祭司長たちは、イエスを逮捕するように、同行していた神殿警察に命令を下したりしません。それよりも、穏やかに質問をしたとあります。むろん、穏やかであってもその真意は、キリストの返答次第ではキリストを逮捕してしまおうと考えていたに違いありません。あるいは、その答えによって群衆が失望したり、反感を感じたりする可能性を考えていたということもありましょう。

 

【何の権威によって、このようなことを】

 何の権威によって、このようなことをするのか。「このような」とは、直接には宮清めと言われている商人たちの追い出しを指していると思いますが、また、祭司長たちの許可もなしに勝手に神殿で人を教えていたということもあり、また、三日前、群衆は「ホサナ」と叫んでイエスと共にエルサレムに入城したことも含まれていると思われます。

 

 祭司長たちが問題にしたのが権威の問題でした。実際、祭司長たちこそ当時権威を持つものとされていましたし、彼ら自身そう自覚していました。祭司長は神殿を管轄し、ユダヤの宗教的権威とされていました。政治権力も掌握し、事実上、ユダヤの国家元首のような立場にありました。

 

律法学者は律法の解釈と適用の最高権威と認められていました。律法は単に宗教だけではなくユダヤ人の日常生活を律する役割を持っていました。

 

長老たちは各地のユダヤ人社会の指導者であり、最高議会に送られる前の民事裁判を司ったのです。彼らこそユダヤ人社会の権威でありました。

 

【権威とは】

 権威というものは単なる名目の問題に過ぎないというのではありません。権威はそれ自体威圧する力を持っています。権威は大家とも言われます。ある流派の師匠はその道の権威とされます。権威を持っている以上、その権威の下に人を置き、命令し、あるいは、服従を求めます。権威とはそういうものです。権威が単に名目などというのは言葉の矛盾です。権威はその成員に対して力を振るいます。権威は威圧する力を伴います。

 

 最高議会にとって彼らが持っている権威に対する挑戦は許しがたいとされます。彼らが持っている権威は手放すことなどありません。政治権力がその代表です。いったん政権を掌握するとそれを手放すというようなことは絶対と言っていいほどしません。権力を掌握した政治家はその権威を振りかざします。それが政治というものです。権威を持つものはその権威を振りかざして、多くの人間を権威の下に置こうとします。

 

 イエス・キリストがしていることは最高議会の権威に逆らうものとみなされたのです。イエスを許しておくことができません。誰が神殿でそんなことをしてもよいという許可を与えたのか。そのような許可は最高議会の権能に属するものと思われていました。ところが何の了解も許可も得ずに不埒なことをしている。これが最高議会の受けた印象でした。

 

【イエス・キリストの権威】

 ところがイエスは彼らの思惑にはひっかかることはありませんでした。キリストは最高議会のメンバーに答えるという形ではなく、キリストご自身が質問をします。

 

【ヨハネの洗礼は天からのものか、それとも人からのものか】

 ヨハネの洗礼は天からのものか、それとも人からのものか。天からのものとは神からのものを意味します。洗礼者ヨハネのことは福音書に断片的に記されていますが、マタイ3章2でヨハネの言葉が記されています。これはヨハネの説教の要約と言うことができます。

 

ヨハネは[悔い改めよ、天の国は近づいた]と公言しました。ヨハネはこうして悔い改めたものに洗礼を授けました。洗礼者ヨハネの洗礼とは、悔い改めて受ける洗礼のことです。悔い改めよ、と叫んだヨハネは預言者とみなされていました。聖書の中にその言葉が残されている預言者の系列にあり、神の言葉を受けて、それを語る人々がいました。彼らは神の言葉を語りました。だから預言者と呼ばれていました。今日ではもう、預言者活動は終わっていますが、キリストの時代は預言者も活躍していたのです。神からの託宣を受けたものとして語ります。洗礼者ヨハネは預言者だと思われていたのです。ヨハネはキリストに先立って、御言葉を語りました。

 

 キリストも洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。その点で、洗礼者ヨハネと同じようにキリストも預言者と認められていたのです。ヨハネは民衆から預言者だとみなされていました。このことは祭司長たちも認めざるを得ませんでした。

 

むろん、祭司長たちが本心からヨハネが預言者と認めたいたわけではありません。その反対です。ヨハネの権威など認めるはずがありません。もし、ヨハネが預言者であれば、神からもみ言葉を受けたのです。ヨハネが語る言葉は神からの権威によって語られたものです。民衆はヨハネを預言者だと認めているからには、ヨハネの教えもまた神からのものといわなければなりません。

 

 むろん、祭司長たちは、ヨハネが預言者だとか、神からの権威で語っているなどと信じていたわけではありません。むしろ否定をしていたはずです。しかし、では人からの権威に過ぎないといえば、群衆は祭司長たちに反感を持ち、あるいは暴動でも起したかもしれません。ですから、ヨハネが神の権威をもって語っていたとか、まことの預言者だと認めるようなことはできませんが、では人からの権威によって語っているというのではあれば、民衆から袋叩きに会うかもしれません。口が避けても言えないことです。そこで彼らの出した結論は[分かりません]でした。分からないということはむろん答えになっていません。彼らはイエスの質問をはぐらかせたことになります。イエス・キリストはそのような祭司長たちの答えに[自分も何も答えない]と宣言されます。キリストも沈黙をもって答えられます。むろん、キリストは言わずもがなに答えておられます。キリストもまた神からの権威で語っているのだと。

 

【権威を否定する】

 権威というものは、それに直面すれば二つの態度表明の方法があると思われます。ひとつは拒絶です。沈黙であれ、権威に対する反抗であれ、権威を否定するという態度です。自分が持っている権威を固守するためにそうする場合もあります。相手が持っている権威、そのために威圧を持って差し迫ってくるものに、人は反抗する傾向をもともと持っているのではないでしょうか。

 

人が最初に出会う権威は親の権威です。親は親の権威を振りかざして威圧してきます。子どもは3歳くらいでもう反抗します。親の権威に反抗しながら子どもは成長していくものかもしれません。

 

次は教師の権威、学校の権威にたてつきます。生涯にわたって権威を否定し続ける人もいます。権威を嫌悪しながら人生を過ごす。

 

【権威に服従する】

もうひとつの態度は服従です。権威に対して弱いという特性をまた人はもっています。権威にたてつくことばかりしながら、ある権威にはめっぽう弱いという人もいます。

 

 私たちは、ここでキリストの権威に直面します。祭司長たちもそうでした。キリストの権威に直面していたのです。しかし、彼らはむろんキリストの権威を認めるようなことはしません。自分の持っている権威は手放すことがなく、またその権威に並び立つ権威など認めません。しかしながら、私たちもまた同様に、神の権威に直面しているのです。

 

 祭司たちはキリストの言動の権威が神からのものであるということを認めませんでした。そうすることで彼らは自分たちの持つ権威を擁護しようとしました。その権威をもって威圧する態度を変えることはありませんでした。

 

 私たちはここで神の権威を考え直さなければなりません。権威は威圧する力を伴います。神の権威もまた威圧する力を持っています。しかし、この権威は、恩寵という力で、救うという神の意志が明らかになっている威圧を伴います。この威圧に対して相変わらず多くの人たちは反抗します。そんな権威は認めないというのです。

 

【それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい】

 私たちは間違いなく神の権威の直面します。そして服従を示さなければなりません。祭司長たちはその権威を受け入れませんでした。沈黙でもって答えて祭司長たちに対しては神の権威でもっているということを明らかにされないままでした。それはさばきでもあります。(おわり)

2015年11月15日 | カテゴリー: マルコによる福音書

2015年年11月8日説教「神の宮、祈りの家」金田幸男牧師

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聖書:マルコによる福音書11章

15 それから、一行はエルサレムに来た。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された。

16 また、境内を通って物を運ぶこともお許しにならなかった。

17 そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の/祈りの家と呼ばれるべきである。』/ところが、あなたたちは/それを強盗の巣にしてしまった。」

18 祭司長たちや律法学者たちはこれを聞いて、イエスをどのようにして殺そうかと謀った。群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたからである。

19 夕方になると、イエスは弟子たちと都の外に出て行かれた。



要旨 

【エルサレムに入場】

 イエス・キリストはホサナと叫ぶ群衆と共に、エルサレムに入場されました。キリストは預言者ゼカリヤの言うようにろばに乗って行かれます。その日はベタニヤ村に戻られ、翌日、再びエルサレムに向かわれます。途中季節外れではあるが実を結んでいないいちじくの木にキリストがのろいの言葉を投げかけられたという記事が挿入されます。

 

【宮清め】

都に入っていくのはキリストとその弟子たちだけで昨日の群衆はもういません。弟子たちと神殿に入って行きますが、そこでキリストがなさった働きを「宮清め」と一般に言われています。ヨハネ福音書にも宮清めの記事が記されていますが、キリストの公的な働きの初期に属します。マタイ、マルコ、ルカ(共観福音書)はその終わりに属します。同じ記事なのに時期が違うのでどちらかが間違いという説もありますが、わたしは二度宮清めがあったと解釈しています。

 

【キリストの怒り】

ところでここに記されているキリストの行動はまことに過激というか、乱暴なものです。神殿で物を売り買いし、両替をしている商人の机や椅子をひっくり返すというものです。明らかにキリストは暴力を使ったというので、あの、おやさしい、心温かいキリストがそんなことをするとは、と驚く人もいるかもしれません。それ以上に、キリストは怒りをあらわにされています。しかし、福音書において、しばしばキリストが怒り、憤ったということが記されています。

 

マルコ10:14では、祝福をしてもらおうと連れてこられた幼児たちを阻もうとした弟子たちにキリストは憤られます。また、ヨハネ11:33では、ラザロという人物が死に、多くの人たちが嘆いているのを見て、激しく憤ったと記されます。その他にもキリストの怒りが爆発する場面が描かれています。キリストは怒る方でした。

 

 怒りはどのような場合に起きるのでしょうか。まず正義が損なわれているところだろうと思います。特に社会的正義と言われるものが無視されたり、蔑ろにされているときにだれもが怒ります。あるいは思っていること、願っていることが実現しないとき人は怒ります。あるいは大きな悲しみに圧倒されるとき激しい怒りにさらされます。

 

 キリストは何を怒られているのでしょうか。

 従来、二つのことが言われてきました。ひとつは、神殿で商売が行われていた点です。神殿にはたくさんの巡礼が各地から上ってきます。神殿では犠牲がささげられます。時期は過越の近くでしたが、過越には子羊がささげられます。また、神殿ではいろいろな儀式が行われています。そのとき、牛や山羊のような家畜が犠牲として屠られました。貧しいものは、鳩のような鳥も変わりにささげられることが認められていました。このような犠牲の動物を遠方から連れてくるのはたいへんです。

 

【両替と宗教的指導者】

そこで、このような家畜を売る商人たちが神殿の庭で店を開いたのです。また、当時はローマ帝国が発行した貨幣が使用されていましたが、その表面には皇帝の像が刻み込まれていました。イスラエルは出エジプト30:11にあるように、イスラエルの男子は年に半シェケルの銀を神殿税として収める義務がありました。当時、人間の像を刻んだローマの貨幣が通用していましたが、神殿税とすることはできません。像が描かれているだけでも忌避されるべきですが、ローマの皇帝は神として崇められてもしていたからです。これでは、神殿にささげられる貨幣としては不都合なので、これと神殿で用いられるシェケルの貨幣と交換する必要がありました。そこで両替商人が神殿で両替の商売をしたのです。当然、犠牲となる動物も市価よりも高く売られたでしょうし、両替商も不当な交換比率を設定していたのです。商人は、神殿を利用して多額の利益を獲得しました。そして、その一部は神殿の祭司長たちに上納金として吸い上げられたはずです。このような仕組みをキリストはよくご存知で、不当な利益を食い物にする連中に対して激しく怒られたのだというのです。今もそうですが、宗教は不当な利益を引き出す口実を作り出しやすいものです。キリストは私服を肥やす宗教的指導者を弾劾しようとしていると読み取ることができます。

 

【異邦人の庭】

 もうひとつの理由は、商売が行われていた場所のゆえです。神殿には三つの庭がありました。第一は「祭司の庭」で、ここは神殿の中枢部を占め、祭司だけが入ることが許されてしました。なかでも至聖所は一年に一度だけ大祭司が入ることが許されている聖なる場所でした。その隣に、「イスラエルの庭」と呼ばれる庭がありました。ここはイスラエルの成人男子だけが入れました。そして、さらにその外側に「異邦人の庭」がありました。商売人が商売をしていたのはここです。

 

【異邦人が神殿で祈りをささげるとき】

イスラエルの女性、あるいは、改宗した異邦人がここで祈りをささげることができたのです。ところがキリストはイザヤ書56章7を引用されて、すべての異邦人が神殿で祈りをささげるときが来るはずだといわれます。ところがその神殿の異邦人の庭は商人たちが商売をするところと化しています。いけにえにする犠牲の動物の鳴き声でそこは喧騒が渦巻くようなところになってしまっていました。また、両替をするものたちの取引の声が張り叫ばれていました。

 

マルコはこの場所が通行人に近道にもされていたと記しています。これでは祈りどころではありません。祈りはむろん騒がしい場所でもできるでしょうけれども普通は静かな場所で祈りがささげられるべきなのです。ところが祈りの場所が騒々しいところになってしまっています。イザヤの預言にもかかわらず、神殿でイスラエル以外の人間が祈るために備えられているところで祈れないという状況が生み出されていました。

 

エレミヤ書7章11のいうとおり、ここは厳粛な祈りの場所ではなく、強盗が割拠しているような場所に成り下がっているのだとキリストは語られます。本来信心、経験の聖なる場所がいまや喧騒の場所となっている、キリストはこれを怒られたのだというのです。

 

【神殿】

 キリストがこのような理由で怒られたことはありえます。他にも、大王と呼ばれたヘロデが建設した第三神殿の壮大さをキリストが怒っておられるという理解もあります。いうまでもなく第一神殿とはソロモンが建設したものです。それはバビロンの手で破壊されてしまいます。捕囚の地から帰国したイスラエルは、ゼルバベルらに指導されて再建を企てます。苦心してようやく神殿を再建しますが、それが第二神殿で、ソロモンの神殿に比べて見劣りのする建物でした。ヘロデは権力の座に着くと、他の地域の異教神殿に劣らない壮大な建築物を建てようとしました。紀元前20年ごろから開始され、紀元後64年ごろになって完成したと言われます。その後数年してローマとの戦争でこの神殿も破壊されてしまいます。キリストが見られた神殿はまだ建築中であったかもしれませんが、それでも規模や構造ではどこにも見劣りのしない建築物でした。しかしながら、この神殿はヘロデの権勢を誇るための政治的な意図で建てられたものです。

 

キリストはこのような意図に怒られたかもしれませんが、聖書ではキリストは第三神殿を非難された気配は見い出されません。

 

【信仰の欠如】

 キリストは何に怒られたのか。もうひとつの可能性があると思います。この宮清めの直前いちじくの木を呪われました。いちじくの木はイスラエルを比ゆ的にしまします。そのいちじくは本来3月4月ごろでは実を結ぶはずもありませんが、だからこそ常識に反することが起きると信じる信仰が求められるのです。その信仰は、山を移すほどの信仰でもあります。ところがキリストはイスラエルにその信仰が欠如していることをいちじくに託して厳しく叱責されます。

 

 キリストが神殿で見たのは信仰の欠如でした。前日、群衆はホサナと叫んでキリストの入場を歓迎しました。しかし、翌日そのような声は聞こえてきません。潮が引くように熱狂は薄れていきました。キリストはマラキ書3章1-3の預言を心に抱いておられたのではないでしょうか。

 

見よ、わたしは使者を送る。彼はわが前に道を備える。あなたたちが待望している主は/突如、その聖所に来られる。あなたたちが喜びとしている契約の使者/見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。彼の現れるとき、誰が耐えうるか。彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。彼は精錬する者、銀を清める者として座し/レビの子らを清め/金や銀のように彼らの汚れを除く。彼らが主に献げ物を/正しくささげる者となるためである。」

 

【真の過越の子羊】

キリストはメシヤ=救い主として神殿に来られました。そのメシヤは過越の時期にこられました。過越とはかつてイスラエルがエジプトで奴隷状態にあったとき、神はモーセを立てて約束に地に脱出させられます。脱出の夜、神はイスラエルの子羊を屠りその戸を玄関の門に塗れと命じられます。そうしないものに神のさばきが下されます。イエス・キリストはその過越の子羊があらかじめ示していたまことのメシヤとして来られました。そして、そのキリストの犠牲によって、イスラエルの罪は贖われます。あがなわれたものは罪の結果である死から免れ、神の国に至る特権を与えられます。

 

 過越はまさしくこのような神の救いのみわざを覚えるときでした。ところが、今どうなっているか。大半の巡礼者たちは神殿の庭の商売人との交渉で大騒ぎをしています。とてつもない多くの群衆がこのとき各地からエルサレムに来ます。一見すればユダヤの宗教の盛んさを見せつけるものです。実際それは見掛けの繁栄に過ぎません。いちじくの木が豊かな葉を茂らせているのと同様です。しかし、外見だけにとどまります。過越がどんなに盛大に守られていてもそこに神の赦しに対する信仰が欠けています。まさしく信仰の欠如がそこに見い出されます。キリストはこの信仰の決定的な欠落を見抜いておられるということができるのではないでしょうか。そして、そこには過越の祭が指し示している神の大いなる業(わざ)はかき消されています。これこそキリストが厳しい目で見られている問題の根源ではないかと思います。(おわり)


2015年11月08日 | カテゴリー: マルコによる福音書

2015年11月1日説教「実を結ばない者」金田幸男牧師

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聖書:マルコによる福音書11章
12 翌日、彼らがベタニヤから出かけてきたとき、イエスは空腹をおぼえられた。
13 そして、葉の茂ったいちじくの木を遠くからごらんになって、その木に何かありはしないかと近寄られたが、葉のほかは何も見当らなかった。いちじくの季節でなかったからである。
14 そこで、イエスはその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえの実を食べる者がないように」と言われた。弟子たちはこれを聞いていた。

20 朝はやく道をとおっていると、彼らは先のいちじくが根元から枯れているのを見た。
21 そこで、ペテロは思い出してイエスに言った、「先生、ごらんなさい。あなたがのろわれたいちじくが、枯れています」。
22 イエスは答えて言われた、「神を信じなさい。
23 よく聞いておくがよい。だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。
24 そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。
25 また立って祈るとき、だれかに対して、何か恨み事があるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、天にいますあなたがたの父も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう。
26 〔もしゆるさないならば、天にいますあなたがたの父も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださらないであろう〕」。



説教「みを結ばないもの」

聖書:マルコ福音書11章12-14、20-26

 

要旨 

【いちじくの木を呪われる主】

 ホサナと歌いながら大声で賛美する群衆と共にエルサレムに上られたイエス・キリストは、その夜はベタニヤ村に戻り、そこで泊まられます。そして、翌朝、再びエルサレムに上って行かれます。このたびは、人々を多数同行しているように思われません。翌日も続々と巡礼者たちはエルサレムに上って行ったはずですが、この日は、イエス・キリストが早朝に出発された可能性があります。

あるいは人に気づかれないように目立たずに出発されたのかもしれません。その途中キリストはひどく空腹をおぼえられました。キリストは木の葉が茂ったいちじくの木をご覧になられます。

 

ところがその木には実がつけられていませんでした。いちじくはだいたい6月ごろに実を結びます。イエス・キリストがエルサレムに上ろうとされたのは過越しの祭のときです。過越しは太陽暦で言えば3月か4月の中旬になります。実がなっているはずもないのですが、キリストはこの木に向かって「今からのち、いつまでもお前から実を食べるものがないように」と言われます。呪詛といってもよいことがらです。11:20を見ますとそこにはこのいちじくの木が根元から倒れ、枯れてしまっていたのでした。

 

 この物語の解釈はたいへん難しいとされています。その理由を三つ挙げたいと思います。

 

まず第一は、こんな奇跡はあるはずがないというものです。キリストは言葉を発しただけです。ところがその言葉が呪いとなっていちじくの木を倒してしまいます。単に言葉ひとつで奇跡が起こります。

 

第二に、キリストは意志も感情もない木に向かって語っておられます。しかも、その木が枯れてしまうという言葉です。あたかも人に向かって語っています。なんとも奇異に感じられるはずです。

 

そして、第三。イエス・キリストは、実を結ぶはずもない時期にその果実を要求しているように思われます。実際、実は夏にできるはずです。過越しの時期、3/4月のころに実を求めること自体無理難題というものです。イエスの言われていることはまったく常識外れです。道理に適っていません。以上の3点だけ挙げてもこの物語は矛盾だらけ、解釈が難しいところです。

 

【奇跡】

 奇跡そのものがありえないならば、この物語は読むに耐えない愚劣な話ということになります。奇跡などありえるはずがないという前提であれば奇跡はありません。あるかないかというだけならば、奇跡がないと信じている人に奇跡はあるはずもありません。しかし、奇跡は存在するかしないかの問題ではなく、認識の問題です。つまり、奇跡と認識するかしないかです。イエス・キリストは神の子であり、全能者の御子であれば、奇跡を行いうるお方です。とすれば、この前提に立ちさえすれば奇跡はありえます。起こりえます。

 

 第二の問題についてはどうでしょうか。イエス・キリストはしばしば譬え話を語られますが、そのとき、さまざまな植物を用いられます。旧約聖書もまた同じような譬えを用いています。

 

いちじくについては、ホセア9:10。「荒れ野でぶどうを見いだすように/わたしはイスラエルを見いだした。いちじくが初めてつけた実のように/お前たちの先祖をわたしは見た。」ここでぶどうの木もいちじくもイスラエルを表わしています。

 

ナホム3:12、イザヤ28:4、ミカ7:1などでもイスラエルはいちじくにたとえられます。イエス・キリストは実物をたとえに用いられていると見ることが出来ると思います。では何をたとえているのでしょうか。エルサレムにキリストは上って行こうとされています。そこにはヘロデ(大王)が建てた壮大な神殿が聳え立っていました。それは異教の神殿に匹敵するほど立派な建築物であったとされています。そこには多くの祭司が儀式を司っていました。特に過越しが近づき神殿はますます華やかな儀式が執り行われています。

 

そして、その神殿には各地から巡礼が大勢上ってきます。神殿は大賑わいでした。しかし、キリストが神殿で見たものは何であったのでしょうか。11:15-19に記されているように、神殿は商売人たちが商売をするとことなり、その喧騒でエルサレム神殿はどこかの市場と変わらなくなってしまっていたと思われます。どんなにたくさんの巡礼が遠くから上って来てもそこで行われている儀式は形式的なもの、人々は習慣として祭を行っているだけでした。過越しにおいて神がなされた救いのみわざのことは忘れられていました。このような当時のイスラエルの信仰は、いちじくの木と同じです。見かけは青々として茂る葉に覆われ、活気があるように思われます。しかし、それは外見だけであって、イスラエルの信仰の実態は何も実を結んではいないのです。そして、イエス・キリストに対しては何ら貢献できていないというべき状態です。

 

このいちじくの有様はイスラエルの現状を反映しています。実を結ばないいちじくの木は倒されるしかないように、主に対して不誠実、不真実なものは神にさばかれ、滅ぼされるしかありません。

 

 そして、第三のこと。この時期、実を結ぶはずもないいちじくが実を結んでいないから枯らし倒れさせるというのは理不尽ではないか。自然の理に反することをキリストは要求しているということになります。

 

【神を信じなさい】

 私たちは自然法則のもとに生きています。常識に沿って生きています。それが当然だと思っています。自然の道理に反することは起きるべくもないと思っています。しかし、キリストはありえないことを信じるように求められています。神を信じなさい。この物語の核心はここにあると言っても過言ではありません。キリストはその常識に反することを行われました。自然の理に適わないことを行われます。

 

 キリストの周囲にいた人たち、ここではキリストの弟子たちですが、彼らは信仰を求められたのです。この実を結ぶはずもない一時期が実を結ぶ。こんなことはありえないと思うのは当然ですが、信仰はその常識を超えます。ありえないと思い込んでいるのが私たちです。しかし、キリストはここでその常識が壊されるようにされています。

 

 信じるならば、ありえないこともありえます。

 23節以降は、22節と切り離して考えるべきだという解釈者がいます。23節以後は他の福音書に出てくるみ言葉でもあります。(マタイ6:13-14,7:7,17:20,18:19、ルカ11:9,17:6など)つまり、他の福音書の個所の聖句の羅列ということになります。しかし、なぜそんな言葉をこの個所でわざわざ急に羅列しなければならないのか理由がありません。

 

 むしろ、キリストは信仰を求められました。その信仰がいかなるものかを弟子たちにさらに語っておられると理解すればいいのだと思います。

 実のなるはずもない時期に実を結ぶ奇跡を信じることが信仰とされます。ありえないことがあると信じることが信仰です。私たちがいつも常識で考えている限り、あるいは日常がいつも繰り返しに過ぎないと思っている人には、そんなことは起こりえないと一蹴することばかりです。しかし、信仰はそれを乗り越えるものです。

 

 私たちはいつも普通の日常生活で満足しています。自然の理を歪めてしまうようなことはありえないと思っています。しかし、本当にそうだろうかと思います。私たちの常識を超えて何かが起こる。私たちはそのように私たちの生きている世界を見る必要もあるのではないでしょうか。

 常識では割り切れないことが多々あります。それを無視するか、あるいは信じるか。二者択一です。

 

【信仰の世界、信仰体験】

私たちは常識だけで生きられません。あるいは自然法則にのかっかってだけ生きているべきでしょうか。この世界にあるさまざまな法則にだけ流されている、そういう人生が人生でしょうか。そうではない。信仰の世界があります。信仰体験があります。山に移れ、海に飛び込めというとその通りになる。それが信仰です。そして、神の約束によれば信仰の通りになります。

 

【祈りはかなえられる】

 このあり方は祈りと共通します。祈りは単なる願望ではありません。祈りはかなえられるものです。実現すると信じて祈る、それが祈祷です。実際、その通りになります。祈り求めるとき、それが実現していなくてもその通りになると信じる、祈りに信仰が必要です。信仰のない祈祷ほど空しいものはありません。祈祷は神に実現を強制するものではありません。しかし、信仰のないところで祈りは成就するはずがありません。

 

【赦しという奇跡】

 そして、第三に赦しが続きます。これが信仰、祈祷とどう関係するのでしょうか。恨みを持っている人がいる。その恨みはなかなか忘れることはできません、まして、赦すなどできないことです。敵対している相手を愛することなどできません。それが普通であり、常識というものです。けれども、赦すことができる。本来私たちの心は変わらない性質を持っています。それが変わる。これは信仰と同じ類の精神であるはずです。心が変わる中に信仰も含まれています。何も信じられないとがんばっている人が信じることができるようになる。そこでは奇跡が起きています。それは信仰の領域に属します。

 

【み言葉の力】

 むろん、私たちは信仰を容易に持つことができず、必ずかなえられると信じて祈ることができず、まして、憎む相手を赦すことなどできるわけがありません。もう一度いちじくの木の物語を見なければなりません。キリストは葉が茂っていちじくの木を一夜で枯らしてしまわれました。むろんキリストは何も手を下したと記されてはいませんが、明らかにこの奇跡を行われたのはキリストですし、キリストのみ言葉には奇跡さえ起す力が含まれています。私たちはキリストのみ言葉を心に留めるときそこで何が起きるのか。キリストは生きて働いておられます。(おわり) 

2015年11月01日 | カテゴリー: マルコによる福音書