テモテへの手紙一

2013.4.14.説教「神の望んでおられること」ウイリアム・モーア宣教師

2013.4.14.説教「神の望んでおられること」ウイリアム・モーア宣教師

聖書:テモテへの手紙一2

1 そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。

2 王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。

3 これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。

4 神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。

5 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。

6 この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。

7 わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。

 

説教要約(文責 近藤)


【ダイエットの必要な男】

ある男の人は体が太って医者から体重をコントロールするように勧められました。早速ダイエットを決心しました。が、一つの問題はこれまで毎朝ドーナツショップに立ち寄ってドーナッツ4個を食べてから会社に出勤することを習慣にしていました。

ある朝、その人はドーナッツショップの前で誘惑されました。彼は祈りました。「神様、御心を顕して下さい。ドーナッツを食べても良いならその店のすぐ前の駐車スペースを空けて下さい」。その晩奥さんは聞きました、「あなた、まさかドーナッツショップには行かなかったでしょうね」。彼は自分が祈ったことを奥さんに告げました、奥さんは「どうでしたか、駐車スペースはありましたか?」彼は答えた、「店の前を10回周った時、丁度一つだけスペースが空きました。これは奇跡だと思ったよ」。

 

【神様の御心は聖書に啓示されている】

神の御心を知ろうとして多くの人は自分の希望や都合に合わせて物事を理解します。神様の御心を知るのはとっても難しいと言う人は多いです。神様の御心を知ろうと努力するよりもすでに知っている御心に従うことが大切です。

 

神様の御心は聖書に啓示されています。今朝はその3つの事柄についてお話しします。

この神の御心は決して難しいものではありません。

 

【1.全ての人は救われなければならない】

4節「 神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」。

 

神様は全ての人が救われることを望んでおられます。ある国の人だけでなく、また救いは罪を犯した者だけに必要でなく、全ての民が救われることが必要です。なぜなら神は愛だからです。

 

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである(ヨハネによる福音書316)」。

 

神の救いがなければ一人残らず全人類は滅びに向かっています。人は作り主なる神を拒否し、その結果永遠の刑罰を受けなければなりませんが御子イエス・キリストが十字架でその罪を贖ってくださり、信じる者には永遠の命を賜ります。

 

今朝の聖句は全ての人が神の真理を聞き心から受け入れられることを神様は願っておられると言うことです。

神の愛はいかに大きいことでしょうか。御独子イエスを死に至るるまで犠牲にされたことは口先だけのことでなく歴史上の事実であり、全ての人の為であったのです。

 

ある人々は神御自身が救いを述べ伝えるだろうと考えました。これは200年前までは一般的な考えでした。主は人間の業を通して救いを述べ伝えることを願っておられるので世界宣教の為に宣教師を派遣しなくても主御自身が救いを伝えて下さると考えることは5節以下の聖句からそうでないことが分かります。救いを述べ伝えるには証し人が必要です。

 

5 神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。6 この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。

7 わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。

 

先に救われた者は神の福音を伝え人びとを招きます。神は私たちを証し人として用いて下さいます。

全ての人が救われ真理を知ることを望んでおられる神の御心を行うことは私たちの使命です。

神は全ての人が救われることを望んでおられます。

 

【2.神の教えを、あらゆる点で輝かす】

2節後半「わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。」

これは神の御心です。

 

周りの人たちは私たちを見て評価します。

テトスへの手紙 210 盗んだりせず、常に忠実で善良であることを示すように勧めなさい。そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、あらゆる点で輝かすことになります。

 

さらに信者の良き言葉のため敵対者も恥じるとパウロは言っております。「 非難の余地のない健全な言葉を語りなさい。そうすれば、敵対者は、わたしたちについて何の悪口も言うことができず、恥じ入るでしょう(テトスへの手紙 28節」」。

 

主が言われたように、「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである(マタイによる福音書 516)」。

 

神は全ての人々の救いを望んでおられます。良き証を立てるために私たちを用いられます。

 

【3.祈ること】

祈ることは私たちの特権と光栄です。祈ることによって神様と直接コミュニケーションができます。

全能の神は小さい罪人の私の祈りを聞いて下さいます。

 

【全ての人の救いの為に祈れ】

そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい(テモテへの手紙一 2:1)」とパウロは勧めます。

 

神は全ての人の救いを望んでおられるので全ての人のために祈らねばなりません。そのものの心が神の福音に開かれるために祈ります。福音を証しする機会が与えられるように祈ります。

 

【王たちやすべての高官のためにも祈れ】

さらに王たちや高官たちのためにも祈りなさいと勧められています。

 

2節「 王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです」。

 

この勧めは驚くべき発言です。当時の時代、高官や王は暴君でした、教会を迫害もしました。彼らの為に祈りを捧げなさいと言われます。

為政者が良くなると私たちは平穏に過ごせますが為政者が悪くなると私たちが信心と品位を保つこと、良い証を立てることも難しくなります。

 

為政者のための祈りは私自身まだまだ祈ることが少ないと思います。しかし為政者を好き、嫌いという問題ではなく、平和のため神様の御言葉はどのような為政者の為にも祈りなさいと勧めます。

 

とくに為政者が良くなると平和で証がし易くなり、全ての人々が救われる真理を知るようになります。(おわり)

 

 

 

 

2013年04月14日 | カテゴリー: テモテへの手紙一

神の招きにふさわしく歩もう ウイリアム・モーア宣教師

エフェソの信徒への手紙4章1−6

【聖墳墓教会の争い】
大昔の言い伝えによりますと、エルサレムにある聖墳墓教会はイエス・キリストが復活させられるまで横たわっていたお墓の上に建てられています。しかし、残念ながら何百年前から現在いたるまで色んなキリスト教宗派がその聖地の管理を主張して来ました。その問題はあんまり深刻になりましたので、1752年に、当時パレスチナを治めたオスマン帝国の君主が聖墳墓教会を六つの部分に分けて、その部分それぞれを六つの宗派に与えました。教会の屋上はエチオピア正教会の物になりましたが、1800年代の流行病のため、エジプト•コプト教会が屋上の管理を取りました。しかしながら、1970年頃、エジプト•コプト教会の修道士が屋上からちょっと留守の間、 エチオピア正教会が百年ぶりにもう一度屋上を占領しました。もちろん、コプト教会はその行為を争って、自分の修道士を屋上へ行かせ、その時から両方の宗派の代表が屋上に暮らしていました。しかし、そのライバルの二人はあんまり良い関係を持ってなかった為、2002年の夏に殴り合いなりました。両方の仲間がその騒ぎを聞くと、屋上へ飛んで来て、大変な喧嘩が起こりました。修道士11人が怪我になり、一人が無意識状態で病院へ運ばれました。主イエス・キリストのお墓と復活の聖地なのに、そう言う事件が実際に起こってしまいました。

2007年11月18日 | カテゴリー: エフェソの信徒への手紙 , テモテへの手紙一 , 新約聖書

「心の貧しい人々は幸いである」 田村英典牧師/淀川キリスト教病院伝道部長

マタイによる福音書5章 ◆山上の説教を始める 1:イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。2:そこで、イエスは口を開き、教えられた。 ◆幸い 3:「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。 4:悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。 5:柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。 6:義に飢え渇く人々は、幸いである、/その人たちは満たされる。 7:憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。 8:心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。 9:平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。 10:義のために迫害される人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。 11:わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。 12:喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。


【山上の説教】

今朝は、主イエスの語られた山上の説教の冒頭の教えに注目したいと思います。

3~10節で主は


「~は幸いである」

と言われます。どういう人のことを、主は語っておられるのでしょう。実は真の信仰者、真のクリスチャンとは、どういう特徴を持つ人かを、8つの角度から描いておられるのです。従って、これらにより、私たちはクリスチャンとしての自分を様々な角度から吟味することができ、また何が真に幸いなのかも再確認できます。

2006年09月10日 | カテゴリー: イザヤ書 , コリントの信徒への手紙一 , コリントの信徒への手紙二 , テモテへの手紙一 , マタイによる福音書 , ヤコブの手紙 , ルカによる福音書 , ローマの信徒への手紙 , 出エジプト記 , 新約聖書 , 旧約聖書

「神が望んでおられる事」ウイリアム・モーア

聖書:テモテへの手紙一2章

1:そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。 2:王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。

3:これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。

4:神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。

5:神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。 6:この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。

7:わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。

【ドーナツ好きの男】
ある男の人が大変太って来て、健康に障るので、体重を減らすようにと医師によって注意されました。そうしないと、早く死ぬと言われた彼は早速ダイエットを始めようと決心しました。しかし、一つの問題があったのです。それはドーナツが大好きでした。毎朝、仕事へ通う時、必ずドーナツ・ショップに止め、ドーナツ四つを買って、コーヒーを飲みながら食べる習慣がありました。命の問題ですから、ドーナツを食べてはいけないと思っても、誘惑に負けました。そして、ドーナツ・ショップの近くに来ると彼はこのように祈りしました。「神様、どうか、御心を現して下さい。今朝だけですが、もしドーナツを食べても構わないのなら、ドーナツ・ショップの直ぐ前に駐車のスペースを開いて下さいますようにお願いします。」

2005年07月10日 | カテゴリー: テモテへの手紙一 , 新約聖書

「新しい教会へのメッセージ・パートⅡ」
グラハム・スミスCMS宣教師KGK主事

◆テサロニケでのパウロの宣教      1テサロニケ2章1-16 1:兄弟たち、あなたがた自身が知っているように、わたしたちがそちらへ行ったことは無駄ではありませんでした。 2:無駄ではなかったどころか、知ってのとおり、わたしたちは以前フィリピで苦しめられ、辱められたけれども、わたしたちの神に勇気づけられ、激しい苦闘の中であなたがたに神の福音を語ったのでした。 3:わたしたちの宣教は、迷いや不純な動機に基づくものでも、また、ごまかしによるものでもありません。 4:わたしたちは神に認められ、福音をゆだねられているからこそ、このように語っています。人に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を吟味される神に喜んでいただくためです。 5:あなたがたが知っているとおり、わたしたちは、相手にへつらったり、口実を設けてかすめ取ったりはしませんでした。そのことについては、神が証ししてくださいます。 6:また、あなたがたからもほかの人たちからも、人間の誉れを求めませんでした。 7:わたしたちは、キリストの使徒として権威を主張することができたのです。しかし、あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、 8:わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。 9:兄弟たち、わたしたちの労苦と骨折りを覚えているでしょう。わたしたちは、だれにも負担をかけまいとして、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えたのでした。 10:あなたがた信者に対して、わたしたちがどれほど敬虔に、正しく、非難されることのないようにふるまったか、あなたがたが証しし、神も証ししてくださいます。 11:あなたがたが知っているとおり、わたしたちは、父親がその子供に対するように、あなたがた一人一人に 12:呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧め たのでした。御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます。 13:このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。 14:兄弟たち、あなたがたは、ユダヤの、キリスト・イエスに結ばれている神の諸教会に倣う者となりました。彼らがユダヤ人たちから苦 しめられたように、あなたがたもまた同胞から苦しめられたからです。 15:ユダヤ人たちは、主イエスと預言者たちを殺したばかりでなく、わたしたちをも激しく迫害し、神に喜ばれることをせず、あらゆる人々に敵対し、 16:異邦人が救われるようにわたしたちが語るのを妨げています。こうして、いつも自分たちの罪をあふれんばかりに増やしているのです。 しかし、神の怒りは余すところなく彼らの上に臨みます。

【倣うもの】
有名な聖書のことばを紹介します。


「わたしがキリストに倣うものであるように、あなたがたもこの私に倣うものとなりなさい。」(1コリント11:1)

これは使徒パウロという初代教会の宣教師が言ったことばです。私に倣うものとなりなさいと。
別の箇所で、パウロはテモテという福音の働き人にこう言いました、


「信じる人々の模範になりなさい。」(1テモテ4:12)

一人の弟子であるペテロも、キリストの苦しみを模範とすることを勧めました(1ペテロ2:22)。模範を示すことや倣う者になることは、人間の成長のために重要な方法です。異文化の生活に慣れるために回りの人がやっていることを注意深く見て、同じように行動することは大切なのです。 (例え)

2004年05月09日 | カテゴリー: コリントの信徒への手紙一 , テサロニケの信徒への手紙一 , テモテへの手紙一 , マタイによる福音書 , 新約聖書