2004年4月

復活節礼拝メッセージ【ここに私達の希望がある】ウイリアム・モーア

◆復活する マタイ28章 1:さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。 2:すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。 3:その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。 4:番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。 5:天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、 6:あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。 7:それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」 8:婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。 9:すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。 10:イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

【主イエス・キリストの復活】
今日、復活祭、イースターの際に、私達は主イエス・キリストの蘇りを覚え祝う為にここに集めて来ました。そして、世界中数え切れない程の主にある兄弟姉妹も私達と一緒に復活の喜びを分かち合っています。しかし、主の蘇りを祝うと同時に私達の心は重いです。特に今年はこの世はテロと戦争に巻き込まれ、平和と愛の世界は夢にすぎないような気がします。毎朝、新聞を読むと悪いニュースは良いニュースより遥かに多く、この世はいったいどうなるのか心配で心を取り乱しています。

2004年04月11日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , 新約聖書

【十字架からの愛】ウイリアム・モーア

【聖書】ルカによる福音書23章32~43 32:ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。 33:「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。 34:〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。 35:民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」 36:兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、 37:言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」 38:イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。 39:十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」 40:すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、 同じ刑罰を受けているのに。 41:我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。 しかし、この方は何も悪いことをしていない。」 42:そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。 43:するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。

【パッション】
今回私がアメリカに戻った時、アメリカ全国の話題になる映画がありました。それはメール・ギブソン監督の The Passion of the Christ すなわち「救い主であるキリストの受難」と言う映画です。何週間の間その映画は一番良く見られた作品で、大ヒットになりました。実は、アメリカの人口の五分の一程がその映画を見に行きました。来る五月には日本でも公開される予定です。内容はイエス・キリストの十字架の死とその前の24時間です。弟子ユダの裏切りと神殿警察によっての逮捕と不正な裁判と鞭で懲らしめる事と最後に十字架の死を詳しく見せる映画です。

私は先月、教会を訪問する為にアメリカのあちこちへ行きましたが、どこへ行っても何よりもその映画の事が話題になりました。「あの映画をもう見ましたか。どう思った」などとよく聞かれました。さらにマスコミもその映画の事をよく取り上げました。「受難の時のイエス・キリストに対する暴力があんまり詳しく見せるから子供には見せない方が良い」や「映画は人々に反ユダヤ主義を起こす恐れがある」などの批判がありました。
しかし、私はその映画を見る事によってイエス・キリストの十字架からの大きな、大きな犠牲的愛を新たに覚え、経験する事が出来ました。その愛はイエス・キリストを信じる人には希望と永遠の救いを届ける力があると確信が強くなったのです。

2004年04月04日 | カテゴリー: ルカによる福音書 , 新約聖書