2014年3月9日説教「一致と調和を求めて」金田幸男牧師

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2014年3月9日説教「一致と調和を求めて」金田幸男牧師

聖書:ガラテヤの信徒への手紙2

11 さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。

12 なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。

13 そして、ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。

14 しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」

 

 (要旨)

【パウロのペトロ非難:教会のスキャンダルか】

パウロとケファ=ペトロの間に亀裂が走った。ここに記されていることは最初期のキリスト教会の最大のスキャンダル(躓き)という見方も成り立ちます。聖書は写本という形で後世に伝えられますが、その過程で、この記事を省略することはありませんでした。

 

この記事が残ったということは、それだけにこの問題が抱えている重大さを教会は認識していたことを示します。省略できないほどの重大問題であったのです。

 

けれども、教会の指導者であり、第一人者であるペトロがパウロから非難されていることは、ペトロを尊敬する人たちには許しがたいと見られます。初代の教皇とも見なされています偉大な使徒です。そこで、ある人はこのケファは12弟子の一人、シモン・ペトロではなく、別人、例えばルカ10章1以下の72人の弟子の一人であるという説明がなされます。この考え方は到底受け入れるわけにはいきません。このケファは間違いなくキリストの12に弟子、しかもその筆頭の人物であることを否定する根拠は何もありません。

 

【初代教会は分裂したか】

事実はパウロがペトロを非難した、あるいは、なじったのです。しかも、面と向かって、つまり公然と非難をしたのです。ペトロはヤコブと共に教会の指導者です。これは穏やかな行動でありません。教会の指導者が互いに非難をしたために教会が分裂した例は数えるのに暇がありません。それだけ始終起こっています。その結果多くの教派が出来てしまいました。

 

ところが、パウロがペトロを非難した事実にもかかわらず、この2人が争いを起こし、その結果教会は分裂したというような痕跡はありません。教会の歴史から見て、パウロとペトロはこの後も教会の指導者であり続けたと思われます。彼らの間に信仰の不一致はありませんでした。

 

異なった説もありますけれども、(例えば、使徒言行録では12章以下の記事で、ペトロが出てくるのは15:14だけで、ここから、教会の指導者はヤコブになっていたという考えもあります)、ペトロは教会の指導者であり、教会の伝承、あるいはペトロに対する主の予告(ヨハネ21:19)などから見てもペトロは使徒の筆頭として、福音の伝道者であり続けたと見るべきでしょう。そして、パウロもペトロも同じキリストを、そして、同じ福音を宣教していたのであって、この両者の間に亀裂は生じませんでしたし、教会が分裂することもありませんでした。

 

 教会が分裂しそうな出来事ではありますが、それが起こらなかったのはなぜか。

具体的には記されていませんが、パウロは賢明に行動したことは確かです。すべては語られていませんが、それでも肝心な点はいくらか教えられます。

 

【ペトロに非難すべきところがあった】

まず、第一に、ペトロに非難すべきところがあったと、パウロが語っていますが、この言葉は、非難に値するところがあって、あるいは、罪とされるところがあって、という意味です。パウロはペトロの行動が非難されるべきだと思ったというだけではなく、誰が見ても、さらに大切なことはペトロ自身もまた、自分の行動が非難に値すると見なすようなところがあったという意味で、この言葉が用いられています。

 

パウロの非難は決して些細な問題を大袈裟に、過大に非難するというようなことはありませんでした。あるいは、ただあしざまにペトロを非難するだけというやり方をしているのではありません。私たちの間での非難はしばしば非難自体が目的であるような、あるいは非難するもの自身の感情、あるいは好みで批判している場合が多いものです。相手の立場など考慮せず自らの正当性を訴えるために、相手を非難するということもしばしば起こっています。パウロはそのような非難をしませんでした。

 

【福音の真理をゆがめる】

第二に、パウロは、ただペトロの行動が非難に値するというだけで非難をしているのではありません。彼はペトロ、そしてバルナバの行動が福音の真理をゆがめてしまう恐れを感じ取ったのでペトロに反対を表明したのでした。

 

パウロが信じ、そして、ペトロ自身も信じていた福音は、救いはただ恵みにより、キリストを信じる信仰によって救われるというものです。無代価の恩寵というべきもの、自由な恵み(つまり、1円も支払うことなく与えられる恵み)によって、私たちはキリストにより救われます。

 

それは異邦人であれ、ユダヤ人であれ共通しています。この福音の真理が危険に瀕していると見なされています。そのとき、パウロは黙っていることができなくなったのです。問題はどうでもいい、周辺的な、小さな問題ではありません。福音が蔑ろにされる恐れがあり、それによってキリスト教信仰が変質してしまう恐れがあるとパウロはみたのです。

 

 問題は福音の真理に関わることでした、だから、パウロは沈黙できなかったのです。相手がキリストの12人の弟子の筆頭に位置する人物であっても、それは放置しておくわけには行かなかったのです。

 だからこそ、ペトロとの間が決定的に分かれ、修復できないような分裂を生じることはなかったのです。パウロ自身そのことを充分に弁えてペトロに言葉をかけたのだろうと思います。単なる非難のための非難、譴責だけ目的の批判ではなかったのです。こうして、最初期の教会の危機は回避されたと見てよいのだと思います。

 

【食事の問題】

パウロが非難した点は、ペトロが急にその言動を変えたところにありました。特に食事の問題が関わっていたと想像できます。食事を共にすることは友好のしるしでした。同時に宗教的な意味もあります。

 

【ユダヤ人は異邦人と食卓をともにしない】

ユダヤ人は異邦人と一緒の食卓に着くことを警戒していました。その理由は、異邦人が汚れているとユダヤ人が確信している食材を口にするところにありました。今日では、食事の宗教的な意味をあまり問うことはありません。食事は楽しんで取るものだと考えられています。しかし、聖書の世界では、つまりユダヤ人の世界では、汚れた食材、ここでは豚肉が典型的ですが、食すると人自体も汚れてしまうと見なされていました。そればかりではなく、異邦人が使った食器を用いることも汚れの原因であると思ったほどであったのです。

 

汚れは神との交わりを阻害するものと見なされます。そのために、ユダヤ人は異邦人と食事を共にすることを避けました。

 

【なぜこんなことになったのか】

ペトロは初めは異邦人と共に食事をすることをためらっていませんでした。それはパウロが指摘しているとおりです(12節)。ペトロはローマの軍人、コルネリウスの回心の際に、幻の中で、汚れた食物を食べよと命じられています。彼には、異邦人との交わり、特に、食事の問題は克服されていました。ところが、エルサレムのヤコブのところからユダヤ人が来ると突然に彼は異邦人と食事をしなくなります。ペトロだけではなく、バルナバやその他のユダヤ人キリスト者も同じ行動に出ました。

 

なぜこんなことになったのか。パウロは異邦人に、ペトロはユダヤ人のために福音を宣教する使命が与えられていました。ペトロがアンティオキアに来た理由は記されていませんが(11節)、おそらくアンティオキアでもユダヤ人に対する伝道を試みようとしたのではないかと思われます。

 

【エルサレムの教会から来たユダヤ人】

ユダヤ人と接するにあたって、エルサレムの教会から来たユダヤ人は、律法の規定と称して、ユダヤ人の守っている習慣の厳守を主張したのだろうと思います。ユダヤ人に伝道するのであれば、異邦人との交わりを絶たなければならない。なぜなら、異邦人の汚れが及ぶからだ。ユダヤ人伝道のためには異邦人との接触をしてはならない。ユダヤ人はそれだけで拒絶することになる、というものであったと想像されます。

 

【ペトロの立場/動機】

そのようなペトロの行動は、異邦人にユダヤ人のような生活を強制しようとすることになります。そればかりか、結局は異邦人に割礼を求めることになります。ペトロはユダヤ人への伝道のために、異邦人との交わりを断とうとしたかもしれません。あえてユダヤ人の救いのために、異邦人との接触を断つ。異邦人伝道はパウロの領域です。

 

けれども、パウロはこのようなペトロの行動を容認できませんでした。結果として、ペトロの行動は異邦人に割礼を求めること(ユダヤ人は改宗した異邦人に割礼を要求しました)になりかねません。つまり、ユダヤ人のようにならなければ、神の民に加えられないということになります。

 

これでは救いはただ神の恵みであるという福音の真理を危うくしてしまうのです。いくらユダヤ人伝道が口実であっても、異邦人への福音宣教がゆがめられてはならないし、まして、異邦人の救いにとって割礼などのユダヤ人の慣習が条件となるようなことは避けられなければなりません。

 

【福音の真理は曲げられない】

ペトロの動機が正しくても、理由があっても、福音の真理が疎かにされてはならないのです。パウロはこのために公然とペトロを非難しました。パウロのしたことは、単純であるかもしれません。実用的、現実的な必要のために福音の真理が曲げられてはならない。言うことは易しいものです。

 

しかし現実に誤っている人を公然と責めることは困難です。まして、その人には正当な理由があると思われている場合は特にそうです。面と向かって非難することは修復しがたい亀裂を生じかねません。まして、それが伝道のためという理由で行われた場合です。結果を予測して、行動することは大変難しい問題です。

 

【パウロは信頼の上にペトロを批判できた】

パウロは、ペトロと決定的な分裂を意図していません。しかし、真理のためにはっきりと非難しなければなりませんでした。このはざ間で最善の方法は何か真剣に考えなければならないのです。多くの場合失敗します。では、パウロはなぜペトロとの決定的な分裂を避けることができたのか。

 

それはペトロ自身も認めざるを得ない真理に基づいていたからです。ペトロもパウロから指摘されるとそれが非難に値するものだと認めざるを得ない形で批判をしたからです。さらに言うならば、ペトロもパウロも福音理解では一致していました。そこには相違はありません。だから、パウロは信頼の上にペトロを批判できたといってよいと思います。そうでなければ、批判は決定的な亀裂を生じます。福音の本質を守れたからこそ、ペトロもパウロも袂を分かつことがなかったのです。(おわり)


2014年03月09日

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