2014年2月9日説教「神の恵みによる選び出し」金田幸男牧師

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2014年2月9日説教「神の恵みによる選び出し」金田幸男牧師

 

聖書:ガラテヤの信徒への手紙1章11-17

11 兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。

12 わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。

13 あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。

14 また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。

15 しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、

16 御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、

17 また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。

 

(要旨) 

【熱心なユダヤ教徒であったパウロ】

パウロは自らの過去を振り返って語り出します。キリスト教信徒となる前は信心深いユダヤ教徒であり、父祖たちから伝えられた律法とその行いに熱心でありました。その熱心さは他の宗派を排斥し、迫害することに表されました。宗教的熱心はしばしば他の宗派の属する人たちや教団と敵対し、圧迫し、攻撃するなかで示されるという場合は珍しくありません。むろん、信仰に熱心でありながら他の宗教に寛容である人はたくさんいます。信仰の熱心は必ずしも他の信仰者とは敵対的であるというわけではありません。パウロの場合は他の宗教に排他的、しかも暴力的であることによってその熱心さを表現しようとしたのです。

 

【神の教会の迫害者パウロ】

パウロは「神の教会を」を迫害したといいます(13節)。むろんこれはそのときパウロがそう思っていた言葉ではありません。のちになって振り返って自分がしていたことは「神の教会」を迫害することであったというのです。「神の教会」とはそこに神がいます教会、神がそこで働かれる教会という意味です。それは結局神に敵対するという恐ろしい行動でした。そのときは熱心で教会を迫害しました。それは英雄的行動と思っていました。そのような行動は、しかしながら、それは神に敵対するような振る舞いであったのです。

 

【「劇的な回心」を語るパウロ】

 ところで、パウロは単に過去の自分の言行を反省するためにだけ語っているのではありません。また、単なる過去の罪を告白しようとしているのではありません。「劇的な回心」を語ろうとしています。かつてのキリスト教の迫害者から、キリスト教信仰の福音の伝道者になったのです。それは全く180度の方向転換でした。

 

【私たちの信仰の証し】

私たちは「信仰の証し」をする場合、パウロのような劇的な回心を語らなければ証しにならないと思うことがあります。

しかし、信仰の道に入るあり方はひとつではありません。キリスト教徒の家庭で育ち、いつの間にか信仰に入っていたという人もいます。

いろいろな書物を読み、知らぬ間に入信していたという場合もあります。

友人の感化を受けて、その友人のような生き方をしていたらキリスト者の仲間になっていたというように、あまり強烈な自覚もなく信徒になったという人もいます。

そういう人は、自分には他人に言うほどの信仰もないと謙遜になって、信仰の証しをできるだけしないようにするのですが、それは正しくありません。

 

【一人一人違うキリスト者】

10人のキリスト者がおれば10の信仰への道があります。神はそれぞれに相応しいとき、場所、方法で私たちの魂を導く方です。

 パウロは劇的な回心をしました。このことは、ダマスコ途上の経験を結びついています。彼はエルサレムでキリスト教会を迫害していました。ところがダマスコに行く途中、突然の光に打ち倒されます(使徒言行録9:1-17)。サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのかという声を聞きました。彼は目が見えなくなり、ダマスコまで人に手を引かれていくという特別な経験をします。その後、アナニヤというキリスト教信徒に導かれて、主の言葉を聞きます。洗礼を受け、それだけではなく、キリスト教の福音の宣教者とされます。この経験は、パウロの回心の契機となったものです。それは驚くべき経験でした。パウロ独自の経験です。

 

【選びによって】

パウロはなぜこのような劇的な回心を語らなければならなかったのか。それは彼の語っている福音が神からの直接の啓示であることを強調するためです。ここでは、選びによって、異邦人への宣教者として送り出されることになったと言おうとしています。

 

パウロの語る福音は人間に起源を持つものではありません。パウロが研究した結果の結論ではありません。また、あとのところで強調しますように、誰かから伝えられて教え、つまり二番煎じの教説ではありません。それは神からの啓示によるのです。神からの啓示であるゆえに信頼に値する信仰なのです。

 

神からの啓示を受けることになったのは、それはパウロが優秀な才を持っているからではありません。生まれ育ちのせいではありません。むろん偶然ではありません。それは神の選び分けによるものなのです。神はパウロが生まれる前から選ばれていました。彼が福音の宣教者とされたのは生まれる前から神が決めておられたことなのです。このことはパウロが述べ伝えている福音の神的起源を強調することになります。

 

【福音宣教のために選ばれる】

わざわざ神はパウロを選び出して、信仰を与えただけではなく、福音を宣教する使命を与えられたのです。選びは彼が伝道者となったことで明らかになります。選びは、狭い意味では時間に先立って救いに選ばれる選びを指します。ある人は神の決定によって生まれる前から救いに定められているのです。この選びよりも広い意味での「選び」もあります。伝道者だけではなく、神への奉仕者として選び出される選びもあります。選びに「召し」が付随します。パウロは選び出され、恵みによって、伝道者、宣教者に召されました。もっと言えば「使徒」に召されました。

 

【自分と他者の選びについて】

選びはしばしば密かなこととされ、分からないこととされています。確かに他者が選ばれているかどうか分かりません。教会役員を見て、どうしてあの人が神から選ばれて教会役員にされたのか疑問を持つ場合もありましょう。そのとおりです。私たちは他人の選びに関しては分からないといわざるを得ないのです。

 

【選びの確信】

しかし、自分自身についての選びは確信できます。パウロは福音の伝道者として選び出され、召されたとき、それを確信できました。神の選びは確かであると確信できました。選びは伝道者になる選びだけではありません。救いに選ばれます。そのとき、わたしが神を信じ、神に従おうとしているときには、それは選びを明らかにする神の働きです。この選ばれているという確信が、私たちの信仰を固くします。どんなことがあっても神がわたしを選んでいてくださっているという思いが私たちを支えます。

【神からの直接啓示であるパウロの語る福音】

パウロはこの選びによって神から啓示を受け、そして福音を宣教しているのです。だからこそ彼は正しい福音を語っていると自負したのです。なぜ、こんなことを言わなければならなかったかといえば、彼が語っている福音に対して疑問を呈するものがいたからです。パウロの語る福音は間違いだというのです。

パウロは、人が救われるのはただ神の恵みによるのであって、律法の行いによるのではないと語っていました。反対者は、律法、例えば割礼を受けることを救いの条件にしていました。そして、パウロを強く批判をしていました。パウロの語っていることは間違いである。なぜなら、パウロはどこかでそういう教えを発明した、あるいは誰かから教えられたこと、つまり偽者であり、二番煎じであるから権威がない、したがって信じるに値しないなどといってパウロを攻撃していたに違いありません。

 

パウロはそのために彼が宣教している福音は神からの直接啓示であり、そのような啓示を受けたのは神の選びによると断言して憚らなかったのです。

神が何よりもイニシャティブを取って働かれたのだとパウロは語ります。だからこそ、彼が語る福音は真実です。人は恵みにより救われます。

この福音は今も価値があります。

救いのために何かが必要と思う人が多いのです。たとえば一定の長さの信仰生活や教会が必要だという人がいます。信仰生活が短ければ未熟でそれは救いの妨げになると思っています。ある人はある程度の修養や修行が必要だと思っています。それが足りなければ救われないと思っています。

人間がよくならないとだめだと考える人もいます。そういうことはありません。

 

救いはただただ恵みによるのであって、福音を信じ受け入れることによります。これは単純至極、しかし信ずべき福音そのものなのです。

 

パウロはこの福音を異邦人に宣教するために召されました。異邦人に受け入れやすくするために福音を捻じ曲げるようなことをしたのではありません。

 

【パウロのアラビア行き】

パウロはキリストの出現に出くわし、そのとき、劇的に回心しました。それから、どうしたのか。彼は血肉、すなわち親類同族に相談せず、また、先輩使徒たちのところにも行きませんでした。

エルサレム在住の使徒たちに教えを受けて、あるいは彼らから任命されて、異邦人伝道に従事するようになったのではありません。何よりも彼が教えた福音は誰かから示唆されたとか、手ほどきされたというのではありません。彼はアラビアに行ったと言います。

 

アラビアは、広大な砂漠を想像しますが、彼はアラビア砂漠の真ん中にまで出かけて行ったのではありません。アラビアは人が住まない地域を指し、孤独な日々を過ごしたということを表していると思われます。野宿をしたと考える必要なありません。パウロがどういうところにどれくらいの期間そこにいたのか分かりません。パウロは具体的に書きません。彼にはそんなことは知らせるに値すると思っていなかったのです。

 

確かに分かりません。パウロはアラビアにいて何をしたか記されていませんが、想像できます。ダマスコの途上の経験は劇的でした。キリストと出会い、また、キリストから伝道者として任命されます。それですべて了解したのではなく、アラビアで彼は一人になり、キリストから福音をさらに示されたと考えていいのだろうと思います。

その間、聖書の言葉を紐解き、あるいは祈り、瞑想したのでしょう。こうして、さらに福音の真理を学んだに違いありません。この経過に特別超自然的現象が伴ったと思う必要はありません。

自然な、しかし、静かな一人になる時間において彼はキリストから啓示を受け続けたのです。

 私たちはパウロとは異なります。しかし、私たちも、神の御霊に導かれて、さらに福音の豊かさに進んでいきたいものです。(おわり)








2014年02月09日 | カテゴリー: ガラテヤの信徒への手紙

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