2013年1月20日説教「裁かれないために」ウイリアム・モーア宣教師

2013120日説教「裁かれないために」ウイリアム・モーア宣教師

 

聖書:マタイによる福音書7

1 「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。

2 あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。

3 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

4 兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。

5 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

 

説教要約(文責 近藤)

【何事もけなす床屋の話】

ある男が床屋に行き、いつものように散髪をしてくれるように頼みました。この床屋の主人はいつも人にたいする悪口と酷評で満ちていました。政治家は賄賂を取る悪い奴と決めつけ、若ものは怠け者だと決めつけました。散髪をする間に男はローマに行くことを話しました。主人はどこの航空会社で行くか、どのホテルに泊まるかを尋ねました。男が答えるとその航空会社は危険だし、ホテルもサービスが良くないといいました。客は仕事でどうしても行かなければならないと答え、その後でローマ法王の拝謁も受けることになっていると言いました。床屋の主人はどうしてあの最低の神父から拝謁を受けるのかとけなしました。

 

さてその男は無事ローマから帰るとまた床屋に行きました。主人はローマの旅はどうだったかと聞きました。するとその男は答えました。ホテルも航空会社も満足したものだったよ。

床屋は男に法王にも会ったのかと聞きました。勿論会ったよ。そして膝まづいて法王の指輪に接吻もしたと答えた。主人は、その時法王は何と言ったかと聞きました。男は答えた「法王は頭に手を置いて、『わが子よ、このへたくそな散髪はいったいどこでしてもらったのか』」と言われました。

 

【人を裁くな。あなたがたも裁かれないためである】

主イエスは「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。2 あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」と言われた。

 

その当時の律法学者やパリサイ派の人々は自らをイスラエルの裁き人として自分の標準に達しない人を罪人として裁きました。自分たちは律法を守っているので罪人ではない義人と確信していました。たとえ罪を冒してもそれは些細なもので気にするほどのことではないと思いこみました。

 

【律法学者、パリサイ派の人たちの罪】

彼ら律法学者、パリサイ派の人たちは自分たちが神の律法の番人として罪人を探し出し罰することを自分たちの仕事と考え、そうすることで神に仕えていると勘違いしました。

彼らは自分たちが神の剣だと信じ人を裁きました。彼らは自分の罪を隠し又小さく見積り他人を裁くことに集中した。自分たちは正しいのだという独善的態度を常に取りました。

 

このような背景から主は「人を裁くな」と言われた。

主は人を裁かない理由はあなた方も裁かれないようにするためだと。

主は宣言された2「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」。

 

人間のレベルではその通りです。相手を裁き批判すると、その相手から何時か復讐される可能性があります。人間は復讐心が強いからです。これは人の常識なのです。

 

【神の裁き】

しかし主は人の常識を教えられたのではありません。

人を裁くと神から裁かれると言うのが主の教えです。

 

罪人の私たちは主の憐れみのゆえに全ての罪を赦されました。神の子供として受け入れられました。

ローマの信徒への手紙623 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです」。

私たちは神に許された者ですから同じ憐れみをもって隣人に接するべきです。

 

【「仲間を赦さない家来」のたとえ】

主イエスはあるたとえ話をなさいました。ただ聞いて下さい。

マタイによる福音書18

23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。24 決済し始めたところ、一万タラントン(一億円相当)借金している家来が、王の前に連れて来られた。25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。

26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。27 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。

28 ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオン(100万円相当)の借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。29 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。30 しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。

31 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。

32 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。

33 わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』

34 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。35 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。

 

この二つのお話はその背景は違いますが同じ原則があります。

私たちは神に赦されているので隣人を赦すべきです。

そうでないと神の比べられない愛とご配慮の賜物を戴いていることが分かっていないことになり、隣人を赦さないならば神の正しい裁きを受ける恐れがあります。

 

今日のテキストから主は人間の弱さを示して下さいます。

今日の34節のこの御言葉は

あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。」

 

【自分の目から丸太を取り除け】

全人類は一つの共通点があります。人を厳しく裁きますが、自分自身にはゆるい裁きしかしません。

 

例えば車の運転中にも見られます。他人がちょっとした速度違反をしたり、高速道路で駐車違反している車を見ると、聞くに堪えないような言葉を発する自分がいます。しかし自分も同じような違反をしてそれに気づいても、自分の違反を正当化したり言い訳をします。

 

人と自分とでは別の標準があります。

主は私たちにこう指示されました。5 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる」と。

 

人の過ちや弱さを直す前に自分の過ちを認め直す必要があります。

 

【蛇のように賢く】

主は1「人を赦しなさい」と言われますが私たちは全てのことを赦さなければなりませんか?

決してそうではありません。主も人を裁きました。律法学者、パリサイ派の人々に「偽善者よ、うわべで人を裁くのを止め、正しい裁きをしなさい」と言われ「悔い改めよ」とはっきりと要求されました。人を見分ける必要がありますが独善的、破壊的な裁きはいけません。

 

主イエスは言われた「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。」(マタイによる福音書 10:16)。

 

【自らの罪と戦え】

独善的に人を裁いてはならないし人を見る眼識が必要です。何よりも罪と戦うこと、特に自分自身の中にある罪と戦うことが必要です。

5 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる」(おわり)

 

2013年01月20日 | カテゴリー: マタイによる福音書 , 新約聖書

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