2012.9.16.説教「生涯における最大の質問」ウイリアム・モーア宣教師

2012.9.16.説教「生涯における最大の質問」ウイリアム・モーア宣教師

聖書:マルコによる福音書8章
27 イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。28 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」
29 そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」
30 するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。

31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。32 しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」

34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。36 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。
37 自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。

38 神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」

説教要約(文責近藤)

【「行かなかった道」】
私が中学生のとき暗記させられたアメリカの代表的詩人ロバート・フロストの「行かなかった道」という作品があります。
黄色く染まった森の中で道が二つに分かれていた。
残念だが二つの道を行くことはできなかった。
長い間立ち止まって私は一方の道を眺めていた。
・・一方の道を出来るだけ遠くまで眺めた。
それからもう一方の道を見た。同じく美しかった。
こちらの方が私の心を捕えた。
なぜならそれは草に覆われ踏みならされていない地だったからだ。
私がそこを通れば踏みならされてしまうわけだけど。
二つの道は同じように私の前に横たわっていた。
だれの足跡もないままに。
こんな風に考えていても、もう同じ場所には帰ってこないだろうことも知っていた。溜息とともにこれだけは言える。
遠い遠い未来のどこかで森の中、道は二手に分かれている。
そして私は誰もが選ばない道を選んできたのだ。
そのことがどれだけ大きく私の人生を変えたことか。

【生涯における選択】
私たちの生涯でどのような教育を選ぶか、友人の選び、就職の選択、結婚の相手などでどちらの道を選ぶべきか決断を迫られる時があります。その答えによって私たちの人生は大きく変わります。

今日の主イエスの質問は弟子たちにとって大事な質問でした。彼らの教育、友人、就職、結婚の相手などでどちらの道を選ぶかということではありませんで、パレスチナの地方を巡回しながら福音を多くの人に述べ伝え、病人を癒しながらのことです。主は弟子たちに質問をしました。「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と。

主イエスは人の心を見抜くことがおできになるのでその答えは分かっておられたが、もっと大きな質問をするためにこの質問をした。

弟子たちは答えた。周りの人は「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」

【あなたがたはわたしを何者だと言うのか】
周りの人たちは主イエスを神のお働きをする人物として高く評価しました。主はその報告にコメントせず、その代わりに弟子たちにさらに尋ねた。はじめからこの質問をなさるおつもりでした。それは弟子たちの生涯におけるもっとも大事な質問であり、今日の私たちにとっても同じく大事な質問だからです。

「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」

【あなたは、メシア、救い主です】
ペトロが答えた。「あなたは、メシア、救い主です。」それはペテロの信仰告白で、ペテロの人生を大きく変えました。

あなたにとって主イエスはどう言うご存在ですか。
聖書には主はご自分が誰であるか明らかに御自身の言葉で記しています。
主は神の永遠の御子、この世のすべての民の救い主、永遠の命に至る唯一の道、主こそ私たちとともにおられる神であります。

【主イエスは救い主、神の御子、主】
主御自身の主張を信じますか?この人生の最大の質問は大事です。主が私たちの救い主、神の御子、主であると信じるならすべてが変わります。この告白ができたらこの世で生きる力と歓び、目的、希望が与えられます。

ヨハネによる福音書14章
6 イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。7 あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

神の聖霊が今、生きて働きわたしたちに慰め、信仰、力、知恵、助け、平安を与えて下さる。

【赦し】
主の祈りを捧げるごとに「われらに罪を犯すものをわれらが許す如く、われらの罪おも赦したまえ」と祈ります。

神は私たちを罪人とは見ません。御子イエスの義を見て私たちを完全に赦して下さいます。
神に罪を赦された私たちは人を赦すことができます。相手の罪を赦すことで恨みから解放されると神と人間の間の平和が実現します。わたしたちの生き方が変わります。

【自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい】
今日の御言葉に「34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」

主イエスを信じ主とともに歩むと自己中心的わたしを捨てることができ主に似てきます。それは自分の十字架を背負うということです。自分を捨て何より神に仕え隣人に仕えます。

【人生に勝利する】
最後に主が自分の救い主になると最後の敵である死の恐れにも打ち勝ちます。主は復活により死に勝利されました。主はこう約束されます。

「25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネによる福音書 11章)

主を信じる者はこの世の歩みが終ってもはるかに素晴らしい天国で永遠の命を救い主とともに生きるのです。

愛する兄弟姉妹。神なる主はわたしたち一人一人に今も問いかけられます。「あなたはわたしを何者だと言うのか」。その答えがどれだけ私の人生を変えることか。(おわり)

2012年09月16日 | カテゴリー: マルコによる福音書

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