「言葉では言い尽くせない神の贈り物」ウイリアム・モーア2011.7.3.

聖書;コリントの信徒への手紙二9章6−15

 

【養育費を増やすために】

20数年前の事ですが、私達は子供の教育の為に、将来、資金が絶対に必要だと思って、給料からお金を一所懸命に貯めようとしましたが、宣教師の給料なので、貯金が増える事はなかなか時間がかかりました。

 

そして、やっとある程度のお金を貯めた時、大事な事が分かりました。それは、三人の子供の学費に必要な資金は、普通にお金を貯めるだけでは全然足りませんでした。つまり、限られた貯金を増やさないと、子供達が大学へ行こうとした時、家計が大変苦しくなります。その時、景気が割合に良かったので、貯めたお金を株に投資しようとしました。色々と調べた上、あるハイテク化学と技術ファンドを探し、勇気を出して子供の教育貯金全部をその株に掛けました。更に毎月少しずつ定期的に株をまた購入したのです。

 

【株価の虜】

そして、新株主になった私は毎朝起きると、パソコンで必ず株の様子を調べました。もし大きな損の場合、子供達が大学へ行けなくなる可能性がありました。その反面、伸びたら、行かせられるのです。ですから、株に取りつかれてしまい、株価が上がったら大喜びました。下がったら、心配したのです。丸でジェット・コースターのような存在でした。

 

【心配が心を支配】

実は、株はその当時の景気と共に結構上がりました。しかし、上がる程私は心配したのです。と言うのは株の場合、急に上がるものは急に暴落する事があるからです。ですから、丁度長男の大学の入学が近づくにつれ、心配が絶えなかった私は、その株を全部売ってしまい、預金に入れ、6ヵ月後長男の学費を払いました。実は、恐れたように、後半年も経たない内にそのハイテク化学と技術ファンドが暴落しました。計算がはっきりしている神は丁度必要な分を用意して下さり、御陰様で長男に充てる事が出来ました。

 

【富は、天に積みなさい】

主イエス・キリストはこのように教えられました。「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫を食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」(マタイによる福音書6章19−21)

 

【富あるところに心あり】

結局、株主の私の心はその株にありました。それ程の価値ある株ではなかったのにもかかわらず、株の調子は私の調子に強く影響しました。そして、終わりには、損をあんまりにも心配して、売ってしまったのです。主イエスが言われた通りに、「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

 

あなたの富、すなわち、一番貴重なものはどこにありますか。あなたの心は何処に置いていますか。主イエスによりますと、その二つは必然的に同じ所にいます。「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

 

最近、西谷伝道所は会堂を設ける為に会堂委員会は励んでおります。色々な意見を出し合いながら、少しずつ進歩して来て、やっと実現出来そうなヴィジョンが見られるようになりました。神様の不思議な恵みの故だと信じますが、先月の23日に森田姉妹の物件が西谷伝道所の物になりました。特に、西谷の地には会堂に相応しい物件が非常に少ない事を考えますと、神の摂理と恵みが感じられます。

 

当時、神のみが御存知でしたが、森田兄弟がその建物を西谷伝道所と神の御用の為に建てたのです。私達は西谷伝道所の会堂の為に色々な計画や可能性を立てて来ましたが、やはり最終的に全てが整えられていました。将来の全ての事を見られた神は前もってこの群れのニーズが分かり、丁度良い物をご計画して、授けて下さったと信じております。ですから私達は大きな感謝を持って神の御名を讃美し、誉めたたえたいのです。

 

【天に積まれた建築献金】

言うまでもなく、会堂の為に資金が必要でありました。物件の購入や、リフォーム工事や、備品などの予算は3500万円前後です。この数字は結構の富になります。しかし、私達はその富を主イエス・キリストが教えられたように、「天に積みました。」

 

すなわち、神の国の発展の為に、投資された富です。この新会堂は神に豊かに用いられ、何よりも伝道と、宣教と、群れの成長の道具になります。ですから、会堂に投資された富の実りは永遠に残ります。その実りを「虫が食うことも、さび付くこともなく、また盗人が忍び込むことも盗み出すこともありません。」

 

【会堂献金は神の奇跡】

西谷伝道が始まった以来、私達は会堂献金を神に捧げて参りました。そして、私達の群れだけではなく、他に国内と国外から、名も知らない主にある兄弟姉妹の献金も沢山捧げられました。多くの兄弟姉妹が自分の献金を通して神の国の発展の為に投資しました。主の豊かな恵みの徴として、必要な献金が備えられ、資金を借りず会堂が建てられます。愛する兄弟姉妹、これは誠に素晴らしい徴と祝福です。こんな献金が西谷伝道所の為に捧げられたのは奇跡であります。今は全てを説明する事は出来ませんが、確かに私達は神様の奇跡を見たと信じております。

 

今日、与えられた御言葉はこのように閉じます。コリントの信徒への手紙二9章15の所を見て下さい。「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。」会堂は神の素晴らしい贈り物です。そして、私達はその贈り物の為に神に心から感謝します。

 

今年の秋から年末にかけて、会堂献堂式が予定されています。その日を何よりも楽しみに待っています。多くの兄弟姉妹と沢山の来客を迎え、私達は共に神様が西谷になさった御業をお祝いし感謝します。

 

【献堂式と卒業式】

愛する兄弟姉妹、それは素晴らしい日になります。しかしながら、その献堂式は決して卒業式のようなものではないのです。学校を卒業すると、おもに学校で出来た事を祝います。つまり、学校の日々を振り返って、学んだ時や、遊んだ事や、良い友人が出来た事を覚え、祝います。また、ある学生は卒業すると、学校から離れる事を喜びます。

 

何よりも好んでない勉強からの解放だと思い、残りの人生の長い休みの始まりだと思って喜びます。しかし、アメリカでは卒業式をcommencement式と言います。すなわち、新しいスタートの式です。感謝をもって過去を振り返るけれども、それよりも、将来の可能性を思い、新しい出発の心の準備をします。

 

【新会堂は西谷伝道所の新しい一歩】

会堂は私達の為に神様が与えられた新しい出発になります。伝道と、宣教と、群れの成長の為の素晴らしい道具が与えられ、私達は喜びを持ってその道具を生かさなければなりません。主イエス・キリストのお働きをする為に会堂が用いるように、そして、その事によって私達の信仰が成長させられるように励みたいと思います。

 

【新会堂と奉仕】

新しいスタートでは、出来るだけ多くの会員と求道者が自らお昼御飯の準備、後片付け、新しいプログラムなど皆さんと共にやっていきたいと思います。ですから皆さんのアイデアと熱心を必要とします。

 

そして、用いると共に、会堂と言う道具の手入れをします。例えば、出来れば皆が掃除を順番にします。整備も必要です。また他に教会を維持する機会が沢山あります。会堂が出来ると現在より尚更と思います。そして、その奉仕と維持を通して私達は神の国に投資します。そして、そこに投資する程、私達の心もそこにあるのです。「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」と主イエスが言われた通りです。

 

今日与えられた個所には使徒パウロがコリント教会の兄弟姉妹にエルサレム教会の困っている会員の助けを勧めました。背景が違いますが、私達にもとても相応しい励みになります。もう一度良く聞いて下さい。

 

【豊かに種蒔く人は豊かに刈り入れる】

コリントの信徒の手紙二9章6−1「つまり、こう言う事です。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛して下さるからです。神は、あなたがたがいつも全ての点で全ての物に十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせる事がお出来になります。『彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。彼の慈しみは永遠に続く』と書いてあるとおりです。種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させて下さいます。あなたがたは全てのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、私達を通じて神に対する感謝の念を引き出します。

 

【言葉では言い尽くせない神の贈り物】

なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足している物を補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言している事、また、自分達や他の全ての人々に惜しまず施しを分けてくれる事で、神を誉め讃えます。更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なく素晴らしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたの為に祈るのです。言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。

 

愛する兄弟姉妹、神様がこの御言葉で勧めて下さる信仰は私達の姿でしょうか。そこには大きな恵みがあり、そこには霊的な報いが限りなく私達を追って来るでしょう。(おわり)

 

2011年07月03日 | カテゴリー: コリントの信徒への手紙二 , 新約聖書

コメントする

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.nishitani-church.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/550