キリストの香り ウイリアム・モーア宣教師

コリントの信徒への手紙二2章14−17

14:神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。15:救いの道をたどる者にとっても、滅びの道をたどる者にとっても、わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。16:滅びる者には死から死に至らせる香りであり、救われる者には命から命に至らせる香りです。このような務めにだれがふさわしいでしょうか。17:わたしたちは、多くの人々のように神の言葉を売り物にせず、誠実に、また神に属する者として、神の御前でキリストに結ばれて語っています。

【体臭と臭い署名】 ニュ−スを読むと、最近、科学者は色んな珍しいものを研究しているという事が分かります。例をあげていえば、アメリカにある研究所はタイシュウを調べています。そのタイシュウは「多数の人」と定義されているタイシュウではありません。実は、そのタイシュウは人間の肉体の臭いです。研究によりますと、あらゆる人に独特な体臭があります。そして、指紋のようにその臭いは個人に独自のものです。つまり、同じ体臭を持っている人は二人もいません。更に、人は香水をつけて、ニンニクか強いスパイスを食べていても、そのユニークな「臭いの署名」が残ります。ですから、技術が開発されたら、指紋と証明写真の代わりに、当局は肉体の臭いで人の身元を確認する事が可能になります。もしかしたら、将来、空港で入国管理局を通る時、体臭探知器が自分の臭いを嗅ぐかも知れません。

言うまでもなく、体臭は非常に微妙な問題です。肉体の臭いを消す為に体を洗ったり、歯を磨いたり、香水をつけたりします。私達皆は出来るだけいやな臭いを漂わしたくありません。

【キリストを知るという知識の香り】

実際に今日の御言葉は体臭について語ります。つまり、私達はどう言う臭いを発すべきかを教えて下さいます。「神は...私達を通じて至る所にキリストを知るという知識の香りを漂わせて下さいます」と14節に書いてあります。また、次の15節にこう記されています。「私達はキリストによって神に献げられる良い香りです。」この御言葉によりますと私達キリスト者は廻りの者にイエス・キリストの良い香りになります。

【悪臭の時代】

現在、私達の周囲では悪臭にあまり曝されていません。下水設備があって、生ゴミは週二回収集されています。どんな家でも冷蔵庫を持って、食べ物は臭う程腐りません。そして、殆ど全ての家はお風呂が備えられているので、身ぎれいにする事が出来ます。その反面、新約聖書の時代の環境は臭いだらけでした。下水設備が原始的で集落に入れば、その悪臭がふんぷんとして鼻をつきました。農業は人々の主な職業ですから、家畜の臭いはいつも近くにありました。更に、お金持ちだけは毎日お風呂に入る余裕があったのですが、庶民の衛生状態は優れていませんでした。ですから新約聖書の時代の人々は悪臭の事がよく分かりました。

【香油の香り】

悪い臭いは毎日の体験なので、良い匂いのある物に接すると感謝して、大喜びました。香水が特に高く評価されました。自分の愛と尊敬を表す為、マリアと言う弟子は高価な香油を持って主イエスの足に塗りました。そして、「家は香油の香りでいっぱいになった」と記されています。(ヨハネによる福音書12:3)

【イエス・キリストの良い香り】

今日の御言葉によりますと、私達キリスト者の役割は良い香りの物と比べられています。この悪臭だらけの世にイエス・キリストの良い香りを人々に示すという使命が与えられました。つまり、私達の信仰や行動や態度や言葉などを通して、主イエスの素晴らしい福音と救いを優れた香水のように廻りの皆を祝福するべきです。「神は、...私達を通じて至る所に、キリストを知るという知識の香りを漂わせて下さいます。」

【良い香りの源】

重要な事ですが、この良い香りの源は私達自身から発する訳ではありません。その源は始めから終わりまでイエス・キリストにあります。イエス・キリストの愛、イエス・キリストの贖い死と復活と約束、イエス・キリストの真理は良い香りがします。そしてその同じ香りは主イエスを信じ従う者にもうつります。「神は、...私達を通じて、...キリストを知るという知識の香りを漂わせて下さいます。」

【神に愛されているなら】

私達はどのようにして廻りの者にとって主イエスの香りになるのでしょうか。その質問に答えるのに使徒パウロはエフェソに住んでいる信徒にこう書きました。(エフェソの信徒への手紙5:1−2)「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。キリストが私達を愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとして私達の為に神に捧げて下さったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。」

【神の愛に倣うとき】

実に、この世の為に主イエスの良い香りになるために、私達は神に倣わなければなりません。そして、愛である神に何を倣うべきでしょうか。何よりも神の愛に倣います。愛の故に子なる神イエス・キリストは私達の為にこの世に下り、御自分の命を捨てて下さいました。その愛を現す為、ただ口先だけの「あなたを愛してる」と言ったのではありません。ある人がお腹が空いて飢えている者に、「帰って、沢山夕食を取って休んで下さい」と言ったとしても、それはどう言う意味があるのですか。

イエス・キリストは大きな犠牲的行動を通してその愛を実行しました。罪の全くない完璧な生け贄になり、全人類の為、唯一の救いの道を開いて下さいました。主御自身の傷によって私達は癒されました。神の御名によって、その同じような犠牲的愛を現すと、私達は廻りの者にイエス・キリストの良い香りになります。そして、その香りは人々を愛と祝福の源イエス・キリストに引き付ける訳です。

主イエスはこう言われました。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子である事を、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音書13:34−35)くさい臭いが多いこの世に、私達の犠牲的愛を通して皆がイエス・キリストの良い香りを認めると言う事です。皆さんは今、自分は隣にいる人にどんな香りを漂わしているのでしょうか。私たちが行く所で悪臭をたてるのですか。それともイエス・キリストの良い香りを漂わすのですか。

【愛の形】

具体的にこの愛はどう言う形をとるのでしょうか。主はこのように教えて下さいます。マタイによる福音書にこのイエスの御言葉が記されています。「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れる事が出来ない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中ものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」(5:14−16)

【地域で隣人に仕える】

私達はそれぞれ地域と近所が与えられています。そして、その地域の人々に仕えると、主イエスの光、あるいは主の良い香りを現します。病気の人を訪ねたり、友のない人の友になったり、困っている者を助けたり、希望のない人を励ましたり、近所の住民と交わたりします。又、主イエス・キリストの最も善いお知らせを隣人に伝えます。つまり、いつも自分の利益ばかり計算してはいけません。気が向いてる時だけでもありません。都合がよい時も、悪い時も常に廻りの者のニーズに答えるような具体的行動を通して、主イエスの良い香りを現すように主イエスは私達に語ります。

【神が先ず私達を愛して】

そして、私達の動機は何ですか。それは愛です。神から大きな愛を受けた私達は、その愛を廻りの者に現します。「私達が愛するのは、神が先ず私達を愛して下さったからです」とヨハネの第一の手紙4章19節に書いてあります。私達はその故に愛の業に励みます。他の動機であればイエス・キリストの良い香りではなく、私達の臭いだけが現れます。

【神の言葉を売り物にせず】

今日の個所の17節を見て下さい。パウロはこう書きました。「私達は、多くの人々のように神の言葉を売り物にせず、誠実に、また神に属する者として、神の御前でキリストに結ばれて語っています。」新約聖書の時代、多くの人はローマ帝国を巡回して神秘的な教えを通して人生の最も大きな問題を解決しようとしました。そして、行商人のようにその教えを売りました。つまり「授業料」を貰って、上手な人は結構儲かりました。ですから神の真理を伝えるよりも、お客さんが聞きたい事を語っていまいました。

【使徒パウロの愛の業】

その反面、使徒パウロは自分の福音宣教の業の為に何も頂きませんでした。一切の報酬を断って、テント製作人として食べていきました。その故に彼の動機が皆に明らかになりました。神が先ず使徒パウロという人を愛して下さったからこそ、パウロは愛したのです。報酬を頂く為ではなく、人の賞讃を得るのでもなく、また、計算せずに、ただ主イエスがパウロ自身に示された大きな愛の為に、福音宣教に励みました。そして、メセージを聞いた人々はパウロを通して主イエスの素晴らしい香りを認めて、福音を信じました。

【神に献げられる良い香りになろう】

私達の愛の業の動機も使徒パウロのように純粋であったら、人々は私達の香りはイエス・キリストから来るものである事がきっと分かると思います。その良い香りはこの世の全ての臭いと区別出来る事でしょう。そして、救い主である主イエスを味わうと、彼らも信じ、私達と共に「キリストによって神に献げられる良い香り」に加えられています。愛する兄弟姉妹、「神は・・・私達を通じて・・・キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。」(おわり)

2008年11月23日 | カテゴリー: コリントの信徒への手紙二 , 新約聖書

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