用意していなさい ウイリアム・モーア宣教師

マタイによる福音書24章36−44
 
【ある日、突然】
先週の金曜日の午後2時に何をしていましたか。覚えていますか。職場で働いていましたか。家で家事をしていましたか。あるいは、お買い物で忙しいでしたか。想像して見て下さい。丁度その時、誰かが突然やって来て、「今、している事を辞めて私と一緒に行くんだ」と命令しました。そして、あなたは、 「この仕事がまだ終わってないんだ」と返事します。その人はもう一度、「今やってる仕事を辞めるんだ」と言います。すると、あなたは答えます。「まだ2時なのにどうして今仕事が辞められるのですか。」しかし、相手は、「仕事はもう出来ない。辞めなさい。速く私と一緒に来て下さい」と主張します。あんまり強く言われるから、あなたはその人と一緒について歩きます。しかし、「仕事を済ます為、後で戻れますか」と聞きますと、彼はただ、「それは出来ない」と答えます。そして、あなたは恐怖を感じ、「私を何処へ連れて行くんですか」と訪ねると彼は、ただ「遠い所へ行きます」と答えます。「ちょっと待って下さい。私、週末に計画があります。遠い所へは行けません。ちょっと待って下さい」とあなたが言うのに、その人は、 「速く来なさい」とまた命令します。そして、あなたは、「旅の準備が出来てないので、一度家に帰らせてくれ」と頼むと、その人は、「それは不可能だ」と答えます。更にあなたは、「ちょっと待って下さい。準備が出来ていないのに」と叫ぶと、彼はただもう一度、「早く来なさい」と強く主張します。

【主は思わぬときに再臨される】
今日の御言葉によりますと、このようなシナリオは私達どんな人にも訪れます。と言うのは、私達が今住むこの世からいつかピリアドをうちます。つまり、今がいつまでも続く保証はありません。この世は初めがあったように、終わりもあります。イエス・キリストによりますと、創造主である唯一の神は御自分が定めた時にこの世を閉じます。しかし、その時の前に主イエスはこの世に戻って来て、御自分を信じる人達を四方(しほう)から呼び集め、天国まで連れて下さいます。
 
私達が入ったアドベント、つまり降臨節に全世界の教会は神の御子、イエス・キリストのこの世での誕生の意味と祝福を新たに考えます。そうすると、クリスマスの霊的な準備が出来、キリストの降誕をよりもっと豊かに祝う事が出来ます。しかし、アドベントの際に主イエスの降臨だけではなく、主御自身のこれからの再臨も覚え、その準備を新たにしましょう。将来、全世界の人々が見える姿で主イエスは再びにこの世にいらっしゃいます。ですから、私達、イエスを信じる者はキリストの再臨を待ち望んでいます。更にその再臨を待ち望みながら、準備をしなければならないと聖書に教えられています。
 
今日の個所にはイエスは御自分の再臨の時の事について教えて下さいます。つまり、父なる神御自身のみがその時を分かります。36節を見ますと、イエスはこうおっしゃいます。

「その日、その時は、誰も知らない。天使達も子も知らない。ただ、父だけが御存じである。」


主イエスによりますと、天使達だけではなく、御自分も自分の再臨の時刻を知らないと言っています。その時は再臨を起こす父なる神のみがご存知の事です。
 
37節から、主イエスは御自分の再臨をノアの大洪水の時に比べます。つまり、洪水が突然襲って来たように、誰も再臨の時が分からないと言っています。洪水の時代の人々は箱船を作って準備をしたノアを馬鹿にしました。彼らは将来何も起こらないような生活を送っていました。大洪水が襲って来る直前まで

「食べたり、飲んだり、めとったりとついだりしていました。」

 
そして、何も準備をしなかったので、彼らは救われませんでした。私達は主の再臨の時が分かりません。今日、この礼拝が済む前に主イエスが再びいらっしゃるかもしれない。また、後、何千年後になるかもしれません。実は、御自分が「思いがけない時に来る」と主は知らせて下さいました。その時が全く分からないんですけれども、私達は準備が出来ます。主の再臨を待ち望みながら準備をするようにと教えられています。

「用意していなさい」


と主イエスは私達に注意して下さいます。そうしますと、キリストの再臨を恐れないで、希望と喜びを持って、待ち望む事が出来ます。
 
【悪魔達の会議】
地獄で悪魔達が会議を開きました。その会議の課題は、この世でどうしたら自分達の悪をよりもっと効果的に働かせる事が出来るかと言う事です。ある悪魔がアイデアを出しました。「僕は世界へ行って、聖書はただ作り上げた神話であると人間に教えよ」と言いました。またある悪魔が、「僕は人々にこう言う。神も、救い主も、天国も、地獄もありません。人間が全てであると人々に教えよう」と言いました。そうすると、悪魔の頭はこのように発言しました。「我々は人間を扱う為には彼らよりもっと賢くならなければなりません。人間はそのような嘘を信じないと思う。その偽りよりもこう言いましょう。「聖書の事は正しいし、神と救い主と天国と地獄とキリストの再臨も本当なのですが、急がなくても構いません。裁きと再臨の日はいつか来るかもしれませんが、きっとそれは今から何千年後の遠い将来の話です。ですから、すぐ悔い改めなくても良いし、準備もいりません。まだまだ良いですよと人間に教えよ。」実際、悪魔の頭の計略が勝って、今日まで上手に用いられているのを私達の周りでも見る事が出来ます。しかし、その偽りはイエス・キリストの教えの反対になります。

「目を覚ましていなさい。用意していなさい」


と主はしきりに勧めて下さいます。
 
【御子イエス・キリストを自分の救い主として信じる事】
ですから、私達はその日の為にどのようにして用意するのでしょうか。愛する兄弟姉妹、実は、その準備は一つしかありません。それは神の御子イエス・キリストを自分の救い主として心から信じる事です。そして、日々の生活に神の助けによって主に従う事です。つまり、主の教えを学んで、与えられた歩みの中に実行する事です。そうすると、主イエスの再臨の準備が出来たのです。
 
【イエス・キリストの十字架】
イエス・キリストの十字架の贖い死の御陰で主を信じる者は神によって赦されました。神は御自分の御子の上に私達の全ての罪を負わせて下さいました。その結果、罪の故に神の敵であった私達は神の赦された友と子となったのです。ですから、キリストが再びいらっしゃる時、友と愛された子として主は私達を迎えて下さいます。それは私達の一番大事な準備になります。その準備が出来たら、安心と喜びを持って主の再臨を待ち望む事が出来ます。その反面、そう言う準備が出来なかったら、主の再臨の日は悔しい後悔の日になるばかりです。
 
現在、全ての事を主に委ね、徹底的に主を信頼してみて下さい。神は誰よりもあなたの事を知っています。そして、あなたの不完全さを完全に知っているにもかかわらず、あなたを完全に受け入れ愛しています。それはもちろん始めから終わりまで主イエスの贖いの御陰です。祈りを通してあなたのニーズと悩みを主に言いなさい。そして、その答えを期待しなさい。主は全ての祈祷を聞いて、私達にベストを齎して下さいます。また、主によって与えられたこの世での一日一日を楽しんで、主の為に一杯生きなさい。今日、この日は神から頂いた賜物です。この日はもう一度来ないので、大切にして神の交わりのうちに生きましょう。また、主イエスの教えを自分の行動を通して生かして下さい。例えば、

「隣人を自分のように愛しなさい」


と言うイエスの戒めを実行しなさい。また、

「敵を愛し、自分を迫害する者の為に祈りなさい」


という主の教えに従いなさい。そうすると、主イエスの道と主イエス御自身をだんだん知るようになり、再びいらっしゃる時、主はあなたを御自分の者として認めて下さいます。この主のお話を覚えていると思います。

「私に向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。私の天の父の御心を行う者だけが入るのである」


と主が言われました。(マタイ7:21)
 
ですから、イエス・キリストを信じる私達は恐れなくても主の日を待ち望んでいます。実は私達は主と隣人に仕えながら希望と喜びと安心を持って待ち望みます。

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れをしめ出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、恐れる者には愛がまっとうされていないからです」


とヨハネの手紙一に記されています(4:18)
 
イエス・キリストは私達を愛し、私達の罰を御自分の身に受けて下さいましたので、主の再臨を恐れなくても良いのです。逆に、楽しみに待つ事が出来ます。
 
【主の再臨を迎える準備】
前に言いましたように、父なる神以外に、誰も主の再臨の時刻が分かりません。

「盗人が夜やって来るように、主の日は来る」


(テサロニケ一5:2)と記されています。ですから、今日来るか、後何千年来るかは知りません。恐らく、私達のそれぞれの死は再臨よりももっと速く来るかもしれません。人間には限られた寿命が与えられています。そして決して人生の年月(としつき)は何百年もありません。実は、イエスを信じる者は死を主の再臨と同じように迎える事が出来ます。つまり、大きな希望と安心を持って両方を待ち望んでいます。両方とも主イエスは、

「私の父に祝福された人達、天地創造の時からお前達の為に用意されている国を受け継ぎなさい」


と迎えて下さいます。主は私達にこのように言います。

「あなたの本当の家はこの世ではなく、私のいる所、天国です。いつか私はあなたを天に召します。私はあなたの手をとって私の永遠の家まで案内するので、恐れなくても良いのです。その時まで私の平安をあなたに残します。」

 

皆さん、今日、アドベントの第二の主の日に、またこの世で残された毎日に、一つの質問に答えるべきです。それは、

「準備が出来ましたか。」


そして聖霊の力によってこのように答えます。

「主よ、あなたの恵みによって準備が出来ました。主イエスよ、速く来て下さい。」

2006年12月10日 | カテゴリー: テサロニケの信徒への手紙一 , マタイによる福音書 , ヨハネの手紙一 , 新約聖書

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