市川康則より「愛はすべてを忍び、信じ、望み、耐える」

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愛はすべてを忍び、信じ、望み、耐える

愛はすべてを忍び、信じ、望み、耐える―年間教会標語に寄せて―(コリントの信徒への手紙 一 13章7節)牧師 市川康則

Ⅰ.最高の賜物である愛

 教会形成とそれに連なる信仰生活の前進は、ひとえに、神の賜物のふさわしい使用・活用によります。私たち自身に則して言えば、私たちみんなの能力・性格・働きなどが必要であり、また、それらが有効に作用する訳です。しかし、それらはすべて、本来神からの賜物に他なりません。決して、元々自分が持っているものを教会と兄弟姉妹たちのために使っている、というのではありません。神の目的に従ってふさわしく用い、良き実を結ぶべきもの、そのために預けられ委ねられたものに他なりません。

 この自覚をもって賜物を用いる上で、すなわち、あらゆる賜物を教会自体の発展とその中での自他の霊的成長のためにこそ用いる上で、最も重要なことは、神と人への愛こそその土台であるという信仰の自覚・認識です。そして、この愛も実に神の賜物なのです。それゆえ、私たちは何をしたとしても、教会と自分がどれほど成長し前進したとしても、何も誇るものはありません。

 当時のコリント教会では、他宗教・他思想の影響を受けた指導者たち・信徒たちが、自分たちが特別に持っている霊的な知識や、神の特別啓示のしるしである異言などを誇っていました。しかし、教会と他者に対する愛がなければ、他の賜物が多ければ多いほど、また、その使用結果が豊かになればなるほど、それらは自慢の種になるだけです。そうではなく、それらの能力と働きが教会と他のすべての信徒たちとの益になるためには、一所懸命働くことも、場合によってはそれを控えることも必要です。これを適切に判断できるのは、諸種の賜物の委託者である神を愛し、教会を構成している信徒たちを愛することによっています。すべての賜物が教会と信徒たちを建て上げて行くのに有益に作用するためには、神と人への愛が不可欠的に重要です。

Ⅱ.キリストの愛―すべてを忍び、信じ、望み、耐える

 そのような愛は、文字通り「すべてを」忍び、信じ、望み、耐えることができます。自分に都合のいいときにだけではありません。たとえ、自分に対する他者の応答が不適当と思えるときでも、また、物事が自分にとって不都合に思えるときでも、神に信頼し期待して、御心が成り、そしてそれが自分にベストであると信じ、期待して待つことができます。

 このことの最高例が主イエス・キリストの地上の生涯と御業でした。人々に誤解、曲解され、不当に逮捕、処刑され、弟子たちにさえ裏切られたにもかかわらず、主は神を愛し、神に信頼し、復活の命を確かに望み、そして人を愛し通されました。それによって、私たちは救われたのです。私たちはキリストの弟子として、またキリストの僕として、キリストが歩まれた死と命の道を信仰によって、希望をもって歩まなければなりません。

 神と人への愛―これは主ご自身が教えられた律法の要約・核心です(マタイ22:37-40)。律法とは、ご自身の民を真に生かせる神の愛の御心に他なりません。律法を与えられた神ご自身が、その律法の精神の通りに私たちを愛してくださったのです。それゆえに、私たちも―キリストにあって―神を愛し、人を愛するのです。キリストの御業のゆえに、私たちの愛は決して裏切られることはありません。神がキリストにあって私たちを愛してくださっているからです。

 パウロが教えている愛の特質は、主イエスご自身が体験、体得されたことであり、それゆえに確かなことです。神の愛の根本的な特質を既に受け入れ、それに生かされているがゆえに、私たちも主にあって、聖霊の神の恵み深い御導きの下に、そのような愛に生き、その愛を実践できるのです!この一年、神様の愛をさらに体験させていただき、私たちもそのような愛を一層実践させていただきたいと願います。

Ⅲ.主の2019年の教会と世界を展望して―神と人への愛から

 今年(主の2019年)がどのような年になるのか、予断を許しませんが、信仰と希望と愛(コリント 一 13:13)の眼差しをもって、教会と自分たち自身を、国家・社会と世界を、そして自然界をも見詰め、見定めて行きたいと思います。私たちの教会は「改革派」を自任していますが、御言葉によって絶えず改革され続ければこそ、この名をもって呼ばれることが正当化されます。そのためには、今、また今後、何が必要、有益であるかを常に考え、そして、これまでの習慣を変えてでも実行することです。

 教会の営みの中心は無論、主日礼拝ですが、私たちはまた、目を広く国や社会に向けることも不可欠です。神の国はこの地上の全領域に伸展して行くからです。政治機関は、神がこの世を支配するための器ですが、自らの領域と権限を踏み越え、全体的な支配を企てるときには、私たちはキリストへの信仰と従順から明確に「ノー」と言わなければなりません。さらに、自然災害の被災者の救援事業に直接、間接に参加すると共に、自然災害が人間の地球酷使に対する神の警告であることも、悟らなければなりません。教会内の営みはもちろん、日本と世界の事柄を、そして自然界の出来事をも、神と人への愛をもって見詰めるように努めましょう。人間も自然も神の創造の賜物で、神が真の所有者です。そこに既に神の愛があります。私たちも愛しましょう。

毎週日曜日は礼拝の日

千葉県の千城台教会では毎週日曜日、神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。

日曜日 朝の礼拝
10時30分~12時00分
必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
日曜日 夕の礼拝
16時00分~17時00分
こちらも必要な持ち物は特にありません。朝の礼拝に出席出来ない場合におすすめです。
水曜日 祈祷会
10時30分から11時30分
こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。お仕事などで日曜日に教会に通えない方におすすめです。

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