市川康則より「ヘブライ人への手紙について」

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ヘブライ人への手紙について

ヘブライ人への手紙について

                               牧師 市川康則

 去る7月30日より、主日夕礼拝では新たにヘブライ人への手紙から、神様の御言葉に聴くことしました(8月中は休会で、9月3日から再開されます)。それで、この手紙の主な特徴について少し記すことにします。夕礼拝に出席されない方々にとっても、参考になれば幸いです。

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 ヘブライ人への手紙は、キリストの十字架刑の躓き・迫害の恐怖・再臨の遅延感など、失望や背教の危険性に直面していた古代ギリシア・ローマ世界のキリスト者に、キリストの贖いの一回的、永遠的効力を力強く明快に論証し、終末的完成の希望の下に信仰によって生きるように、彼らを励まし慰めるために執筆されました。この書は、今日一般に理解されていますように、(手紙というより)説教に近いスタイルです。それは、キリストにある救いの事実についての優れた教理的論証・展開と、それに基づく信仰生活上の叱咤激励とが使信展開の各段階で交錯し反復されるようなスタイルで、この書が構成されているからです。本書は、キリストの人格と御業についての、高度に洗練された文体をまとった深い神学的省察を示しています。それは(今日の私たちも含めて)読者に、試練と誘惑の只中にありながらも福音の約束と希望に堅く立って信仰を全うするように励まし促す牧会的説教書です。

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 この書におけるキリストの描写・提示の主な特徴を知っておくことには、キリストをより正しく知り、より深く信じる上で有益です。第1に、一目瞭然ですが、キリストの人格と御業の卓越性・有効性を論証するために旧約聖書への言及(旧約聖書箇所の使用)がおびただしくあります(新約聖書の中で最も際立っています)。キリストの死と復活および再臨が旧約聖書全体の約束と預言の成就であることを強調する点では、全新約聖書は共通していますが、1)幕屋や祭司の務めを詳述し、それを背景とし、かつそれを遥かに凌ぐものとしてキリストの贖いの御業を解説すること、2)五書はもとより、歴史書・詩文書・預言書から多く引用することにより(特に詩編の引用がおびただしい)キリストの最終性・究極性を明示すること(1:1、2)、この二つの点で、他の新約文書に抜きん出ています。「キリストからの」(上からの)旧約理解はキリスト教会の旧約理解のための根本的な視点ですが、いわゆる救済史神学の登場は「旧約からの」(前からの)キリスト理解の重要性を強調しました。これは正しいキリスト理解のための不可欠の側面ですが、ヘブライ人への手紙はこのことを最も明瞭に教えてくれます。

 第2に、キリストはしばしば真の(預言者・王と並んで)「祭司」と言われますが、事実キリストは神と人との間の唯一の仲介者であられ、新約聖書で(内容は別として)表現上、この点を最も明示しているのは本書です(但し、共観福音書は、キリストの十字架の死と共に神殿の幕が二つに裂けたこと―キリストの祭司性―を記しています)。ヨハネ福音書17章のキリストの祈りが「大祭司的祈祷」と言われるのも、このヘブライ書に最も負っていると言えるでしょう。本書は4章14節以下、とりわけ7章以下で「キリスト=大祭司論」を展開します。したがって、本書を学ぶことによって、キリストが唯一の救い主であられることの深い意味と恵みがいっそうよく理解できます。

 第3に、この手紙はキリストの神的人格と性質を最大級に強調しながら、しかし同時に、キリストの真の人間性、さらにその最も低き様を同じく重視し、強調しています。キリストは旧約祭司に優り(7:26-28)、旧約最大の人物とも言うべきモーセに優り(3:2-6)、さらに天使に優り(1:13、14)、実に神ご自身と同質・同等であられます(1:3、8)。そのキリストが(罪の性質を別として)私たち罪人と同じ様において、私たちと同じ弱さと苦しみを担って、(しかし私たちと違って)神の前に完全な信仰と従順をもって生き抜かれました(2:17、18、4:15、5:7、8、12:2)。それゆえにこそ、キリストは、敵対関係にある神と罪人を真に執り成し、仲介することがおできになるのです。

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 一般論ですが、日本の福音主義的なクリスチャンは新約聖書に比べて旧約聖書をあまり読まないと言われますが、旧約聖書の的確な知識なしにはヘブライ人への手紙を十分に理解することはできません。その意味で、逆に、本書は旧約聖書の取組みへの良き材料となり、また、聖書全体をキリストにあって統一的に読み、その深まりにおいて味わうための最適な新約文書であると言ってもよいでしょう。特にそこに示されるキリストは、全能で恵み深い真の神であられ、同時に、苦しみ悩み、恐れおののく真の人間であられました(5:7)。そのような方こそ、真実な救い主なのであります。

(※『新実用聖書注解』[いのちのことば社、2008年]所収の拙論からの引用。字句・文言の若干の変更あり。)

毎週日曜日は礼拝の日

千葉県の千城台教会では毎週日曜日、神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。

日曜日 朝の礼拝
10時30分~12時00分
必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
日曜日 夕の礼拝
16時00分~17時00分
こちらも必要な持ち物は特にありません。朝の礼拝に出席出来ない場合におすすめです。
水曜日 祈祷会
10時30分から11時30分
こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。お仕事などで日曜日に教会に通えない方におすすめです。

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