國安光牧師からのメッセージ

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メッセージ

ラジオ放送「東北あさのことば」で語られたメッセージを公開しています。

毎週土曜日 午前5:55~6:00 TBC東北放送で放送されているラジオ番組「東北あさのことば」で放送された國安牧師のメッセージを公開しています。

國安光牧師からのメッセージ

イエスに出会った女性たち -神に信頼する母マリア

ルカによる福音書 1章38節

おはようございます。仙台カナン教会の國安光です。今月はイエスに出会った女性たちについてお話をします。今朝はイエス・キリストの母マリアのお話です(ルカ1:26以下参照)。私たちの人生には「どうしてこんなこと…

喪失は祝福に変えられる

ヨブ記 1章21節

先日、教会で大切な兄弟の葬儀がありました。その兄弟が大事に読んでいた聖書の言葉がありました。「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が取られたのだ。主のみ名はほむべきかな。」…

神様によって生かされる「命」

ヨハネの手紙一 4章9節

3月に一人の男性が人生の最後に病床洗礼を受けられました。洗礼の直前にその男性は、こういうことをおっしゃいました。「神様が独り子イエスを遣わされたこの世には試練がある、苦しみがある。しかしこの世に、神…

「死」で終わらない「命」がある

ヨハネによる福音書 11章25節

昨年、一人の女性が病床洗礼を受けられました。女性がイエス様を信じるきっかけとなった聖書の言葉があります。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる」力強いイエス様のお言葉です。…

「死」を見据えて生きる

詩編 139篇16節

『終活』という言葉を耳にします。『死』をどのようにして迎えるか、世間ではそういう関心が高まっているように感じます。『死』について、どう考えるか、向き合うか、それ次第で私たちの人生は変わってくると思い…

雨ニモ負ケズ - 涙の谷間で祈りを注ぎ出す

詩編 56章9節

宮沢賢治作「雨ニモ負ケズ」からお話をします。賢治は、生涯農民として歩んだ人として知られます。だからこそ、賢治は自然の力の驚異を知っていました。人間の力では自然を支配することはできません、天候の変化ひ…

雨ニモ負ケズ - キリストの香り

コリントの信徒への手紙二 2章14節~15節

宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」からキリスト教について、お話していきたいと思います。「雨ニモ負ケズ」は、東北の私たちにとっては、魂の歌といってもよい詩でしょう。震災後、この詩はラジオやテレビでたびたび読ま…

私の好きなイエス様の教えベスト5 迷子を探し出す

マタイによる福音書 18章10節~14節

私は小さい頃、ディズニーランドで迷子になったことがあります。わくわくして、あちこち見ているうちに、家族とはぐれてしまい、泣きたくても泣けずに、ひらすら歩きました。ディズニーランドは、小さな私にとって…

私の好きなイエス様の教えベスト5 パンのようにふくらむ神の国

マタイによる福音書 13章33節

私は、かつてイタリヤ料理のお店でアルバイトしていました。私はピザの担当で、一日分のピザ生地を朝一番で仕込みました。5キロくらいの小麦粉を水と混ぜて、一気に生地に変えます。そのときに生地がふくらむよう…

私の好きなイエス様の教えベスト5 幼子のような者

ルカによる福音書 18章16節

最近、娘が生まれました。娘は乳飲み子ですので、できることといったら、泣くか、寝るか、お乳を飲むかです。娘は知恵も力もありませんので、親に頼らなければ生きていけません。娘の寝顔を見ていると、本当に親を…

私の好きなイエス様の教えベスト5 家と土台

マタイによる福音書 7章24節

私の家の近所に新しい家が建とうとしています。散歩をしながら、工事の様子を見ていると、なかなか建物の姿があらわれません。何日もかけてやっと土台ができました。それからあっという間に、その土台の上に建物が…

私の好きなイエス様の教えベスト5 わたしはお医者

マタイによる福音書 9章12節

先日、体調が悪くなって、近くのお医者さんに診てもらいました。高熱と頭痛がひどくて、どうなってしまうんだろうととても心配になりました。「もうだめかもしれない」一瞬頭をよぎりました。でもお医者さんはいい…

教会への架け橋④-賛美

詩編 149章1節

教会の礼拝で、讃美歌を歌います。なぜ讃美歌を歌うのでしょうか?それは、目には見えない神様を賛美するためです。では賛美とは何でしょうか?賛美は、神様への感謝のささげものです。神様を見上げ、神様の下さる…

教会への架け橋③-説教

コリントの信徒への手紙一 2章7節

教会の礼拝には、必ず説教があります。説教とは何でしょうか?説教は、目には見えない神様が、人の口を通して、愛の語りかけをなさることです。聖書には、こういう言葉があります。「わたしたちが語るのは、隠され…

教会への架け橋②-礼拝

ヨハネによる福音書 4章24節

教会では礼拝をささげます。では礼拝とは何でしょうか?礼拝は、目には見えない神様の御前で、自分を小さくすることです。聖書を学ぶことによって神様の大きさを知ることができます。神様の大きさを知れば知るほど…

教会への架け橋①-キリスト

エフェソの信徒への手紙 5章23節

どんな建物にも、必ずオーナーと呼ばれる人がいます。オーナーが建物の所有者です。教会にもオーナーがいます。聖書にはこういう言葉があります。「キリストが教会の頭である」(エフェソ5:23)頭というのは、オー…

実りは神様の祝福

詩編 67章7節

秋は大地にたくさんの作物が実ります。教会ではよく芋掘りが行われます。そして採れたお芋で芋煮会をします。芋煮は本当に美味しくて、わたしは大好きです。 そんな秋の収穫は、神様が私たちに与えてくださった祝…

大地のめぐみは神様からの贈り物

創世記 1章29節

紅葉の秋を迎えました。秋にはたくさんの収穫が与えられます。その収穫によって、私たちの命が支えられます。 聖書にはこういう言葉があります。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべ…

朽ちないもの

コリントの信徒への手紙二 4章16節

季節は移り変わります。季節の変化とともに、目に見えるものも変わります。種は芽を出し、花を咲かせ、やがて散っていきます。 私たちの人生も野に咲く草花に似ています。時が経てば、目に見える部分は、やがて老…

復活の命の希望

コリントの信徒への手紙一 15章20節

先日、私は教会で葬儀をいたしましたときに、ある方がこういうことをおっしゃいました。「私たちは死で終わりではないんですね、復活の希望は本当に慰めです。」 目に見えるものは、私たちに慰めを与えてくれます…

「東北あさのことば」とは?

「東北あさのことば」とは「ふくいんのなみ」が運営するラジオ番組です。毎週土曜日 朝の5:55~6:00に、TBC東北放送で放送中。

過去の番組はホームページからも聴取できます。