2026年07月05日「神が共にいて行われたこと」

問い合わせ

日本キリスト改革派 滋賀摂理教会のホームページへ戻る

神が共にいて行われたこと

日付
説教
金原堅二 牧師
聖書
使徒言行録 14章19節~28節

聖句のアイコン聖書の言葉

19ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。 20しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。
21二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にしてから、リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返しながら、 22弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。 23また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に任せた。 24それから、二人はピシディア州を通り、パンフィリア州に至り、 25ペルゲで御言葉を語った後、アタリアに下り、 26そこからアンティオキアへ向かって船出した。そこは、二人が今成し遂げた働きのために神の恵みにゆだねられて送り出された所である。 27到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。 28そして、しばらくの間、弟子たちと共に過ごした。使徒言行録 14章19節~28節

原稿のアイコンメッセージ

 今日の箇所でパウロたちが行(おこな)ったことは、母教会であるアンティオキア教会の人々を集めて、活動報告をしたということです。パウロとバルナバによるこの宣教旅行には、喜ばしいことも、また苦難としか言えないようなことも起こりました。福音の説教を語った際に、主イエス・キリストを信じて受け入れる人々が起こされました。そうして福音宣教の実りをいただいて、さらにその福音の中にとどまるようにと力強く励ます。そういう関係性もまたそこで育まれたわけです。

 しかし他方で、パウロが福音を語った際に、激しい反対の声も上がりました。遠くの町に旅立ってもなお、追いかけてまで石を打ちつける者たちもありました。また、この旅路の最初の段階で、何らかのトラブルがあって、ヨハネ・マルコが離脱してしまったということも記されていました。

 以上のように喜ばしいことも、また苦難と言えるようなことも含めて、色々なことが起こりました。いずれにしてもそれは、究極的には「神が彼らと共におられて行われたこと」だと受け止められているわけです。神様が主語であるのです。「私がこうした」「私がこうした」ということではなくて「神様がこのようにしてくださった」ということです。

 私たちもまた、現代の日本という、この異教社会の中で、それぞれ1週間の旅路に遣わされていきます。礼拝の最後にする祝祷は、派遣という意味をももっているわけです。そして、その旅路を終えて、この場所でまた御言葉をいただき、力を受けて、また派遣されていく。キリスト者の信仰生活は、基本的にそのサイクルです。

 そのときに、私たちもまた、1週間の中で経験した、神様の御業を語り合う言葉が与えられます。そこには、喜ばしいこともあれば、それだけではなくて、苦しくてたまらないという労苦もあるでしょう。いずれにしても私たちは、神様の恵みを共に喜び、その労苦を励まし合う信仰共同体の中で歩んでいます。互いに語り合い、そして励まし合い、祈りあって歩んでいくところに、教会共同体は豊かに成長していくのだということを覚えたいと思います。

 パウロたちが報告したことは、27節によりますと「神が自分たちと共にいて行われたこと」であり、「異邦人に信仰の門を開いてくださったこと」でした。神様が成し遂げてくださることの中心は、「信仰の門を開いてくださる」ことです。信仰についてもう少し具体的に言いますと、主イエス・キリストを信じる信仰のことです。ユダヤ人であっても、異邦人であっても、ただイエス・キリストを信じる信仰によって救われる。罪の虜とされ、痛みや苦しみの中に支配されている人を解放し、自由にするために、イエス様は十字架の苦しみを忍ばれて、救いの道を開いてくださいました。このイエス・キリストを信じるところに、私たちの幸いがあります。