2026年05月17日「人間に対する特別な摂理」

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人間に対する特別な摂理

日付
説教
金原堅二 牧師
聖書
創世記 2章1節~17節

聖句のアイコン聖書の言葉

1天地万物は完成された。 2第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。 3この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。
4これが天地創造の由来である。主なる神が地と天を造られたとき、 5地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。また土を耕す人もいなかった。
6しかし、水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した。 7主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。 8主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。 9主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。
10エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。 11第一の川の名はピションで、金を産出するハビラ地方全域を巡っていた。 12その金は良質であり、そこではまた、琥珀の類やラピス・ラズリも産出した。 13第二の川の名はギホンで、クシュ地方全域を巡っていた。 14第三の川の名はチグリスで、アシュルの東の方を流れており、第四の川はユーフラテスであった。
15主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。 16主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。 17ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」
創世記 2章1節~17節

原稿のアイコンメッセージ

<ウェストミンスター小教理問答>*ウェストミンスター小教理問答に基づく教理説教です。

問11 神の摂理の御業とは何ですか。

答 神の摂理の御業とは、神がその全被造物とそれらのすべての行動とを、最も聖く、賢く、力強く、保ち、治めておられることです。

問12 創造された状態にあった人に対して、神は、どのような特別な摂理の行為をされましたか。

答 神は人を創造されたとき、完全な服従を条件として、人と命の契約に入られ、死を罰として、善悪の知識の木から食べることを禁じられました。

 

 今日の小教理問答は、神様の「摂理」の御業がどのようなものであるかを語っています。その中心は「神様がこの世界を、保ち、治めておられる」ということです。神様は私たち人間と、その生きる舞台であるこの世界を、造って終わりにはなさいません。造られたこの世界をこれまでも、今も、そしてこれからも保ち、治めておられるのです。

 神様は創造された状態にある最初の人アダムに、ある特別な摂理の御業をなさいました。そのことを述べたのが問12です。問12が語っていることは、本日の御言葉、創世記2章の16節と17節の内容です。「主なる神は人に命じて言われた。『園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。』」

 小教理は、この神様の御業を指差して「命の契約」と呼んでいます。今日お読みした御言葉の中に「契約」という言葉そのものは出てきませんので、違和感をもたれるかもしれません。けれどもここには契約の内容が豊かに備わっている、ということで、昔からここは「命の契約」を語る箇所として読まれてきました。契約の当事者は、主である神様と人間です。契約の条件は、完全な服従であり、要するに「善悪の知識の木から食べてはならない」というご命令に従うことです。契約を破った際の罰則は、「食べると必ず死ぬ」ということです。そして、その背後には、人が契約に従って歩むならば「命に生きる」という約束が含まれています。

 神様は「園のどの木からも取って食べなさい」と仰いましたが、ひとつだけ例外を備えられました。「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」。このような一つの例外を備えることで、人が積極的に、神様に従うことを選び取るようにされました。これは、神様が人間を、人格的に生きる者としてお造りになったということです。私たちを意思を持たないロボットのように何でも思い通りに動かせる存在ではなくて、自分の意思をもって、自分の意思で神様を愛する者としてお造りになったわけです。

 神様は罪によって堕落した私たちをなお愛してくださいました。人間が神様との交わりを破った後も、神様は救いの御手を差し伸べてくださいました。ここに、神様の愛が示されています。神様は、そもそも私たちと人格的な交わりをもつことを望んでくださり、へりくだって命の契約を結んでくださいました。それだけでなく、その御言葉に背いた私たちをなお愛し、御子イエス・キリストを与えてまで、私たちをご自分との交わりへと取り戻そうとしてくださるお方です。そうしてまで、私たちと愛の交わりをもとうとしてくださる。ここに、神様の、私たちに対する特別な御心があります。