2021年12月19日「あなたのためのクリスマス」

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あなたのためのクリスマス

日付
日曜朝の礼拝
説教
藤井真 牧師
聖書
ルカによる福音書 2章1節~7節

音声ファイル

聖書の言葉

1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。ルカによる福音書 2章1節~7節

メッセージ

 本日はクリスマス記念礼拝としてささげています。今では、教会だけでなく、多くの場所でクリスマスが祝われるようになりました。キリスト者でなくても、なくてはならない年間行事の一つ、お祝い事の一つと言ってもいいでしょう。それゆえに、クリスマスの思い出というものを、誰もがいくつかは持っているのではないでしょうか。教会のクリスマスはもちろんのこと、家族や友人、恋人などと共に過ごした忘れがたいクリスマスの思い出というものをいくつか持っているものだと思います。クリスマスは、天使が羊飼いたちに告げたように、「大きな喜び」の出来事です。クリスマスの意味をよく知っているという人も、まだあまり分からないという人も、とにかくクリスマスは、なるべく親しい人たちと集まって、喜び楽しみたいと願うのではないでしょうか。

 しかし、過去のクリスマスを振り返ります時に、必ずしもすべての年において、クリスマスが楽しかったわけではなかった。そういう方もおられることでしょう。過去においてだけではなく、今年も苦しいこと悲しいことがあった。その心の痛みが完全に癒えているわけではない。また、自分一人だけならば、いくらでも孤独に耐えることができるかもしれませんが、クリスマスのように周りの人たちが皆楽しそうにしていると、本当に自分一人だけが取り残されたような気持ちになり、ますます憂鬱な気持ちになってしまうということもあるでしょう。しかし、今日はクリスマスだから何としてでも神様の前に立ちたいと思って、ここに来られたという方もおられると思います。

 現在91歳になられる引退されたある牧師の方が、以前、このようなことをおっしゃっていました。あるキリスト教の雑誌に、戦後最初のクリスマスについて文章を書いてほしいと頼まれたそうです。他にも戦争を経験された何人かの牧師に同じ内容で文章を依頼されたそうです。しかし、皆があまりにも昔のことなので覚えていない。だから書けないと言って、執筆を断られたそうです。それは単に昔の話だから記憶にないということではありません。キリスト者であっても、多くの者が敗戦後の虚無感の中にありました。だから何も覚えていないのです。「やっと戦争が終わった。戦争がもたらす悲惨と苦しみからついに解放された。さあ、喜び祝おう!」キリスト者だからと言って皆、戦後最初のクリスマスを祝ったわけではないのだと言うのです。幸いにも、その先生は当時16歳でしたけれども、戦後の深い虚無感、喪失感の中でささげたクリスマスのことをよく覚えておられました。何の記憶も残っていないという事実が何を意味したのか、改めて自分の言葉にして記されたのです。そして、敗戦後、最初のクリスマスが、今の私にとってのクリスマスの原点になったと、その先生はおっしゃっています。

 その中でこのようなお話をされています。その先生が通っていた教会の牧師夫人はアメリカ人でした。アイナさんという夫人です。当時、日本が敵としていた国の人でもありました。クリスマスが近づいた頃、ある男性の教会員が鉢植えのモミの木を「やっと手に入れた」と言って、持ってきます。アイナ夫人も故国アメリカから持ってきたデコレーションが入った箱を持ってきて、皆で飾り付けを始めるのです。戦時中は、ツリーに飾り付けができる雰囲気ではなかったため、皆喜んだのだそうです。ただ立派で華やかな飾りではありませんでした。古びた金銀の古いモール、地味な色をした古いモールでしたが、それでも皆喜んで、小さなもみの木に飾りを付けていきます。他に華やかな飾りは何もありません。でも、最後にアイナ夫人は、英語で、「これが大事なの」と言って、箱の中からもう一つの飾りを取り出しました。誰もが期待したのはツリーの一番上に飾る金色の大きな星です。しかし、アイナ夫人が取り出したのは、木で出来た褐色の小さな十字架でした。その十字架を静かに木の根元に置いたのだそうです。ほんの一瞬の出来事ですが、皆、黙り込んでしまったのだそうです。当時16歳だった青年にとって、「その時の心の衝撃は忘れられない」とはっきりとおっしゃっています。その先生は、戦時中に信仰を言い表し、キリスト者になりました。それだけで、たいへんなことだったと思いますが、虚しさが支配していた戦後最初のクリスマスの出来事をとおして、また、木の一番下の根元に置かれた小さな十字架をとおして、私が信じている神とはどのようなお方であるのか。そのことを改めて心に深く刻んだ出来事であったと言います。私は戦争を経験したわけではありませんが、この話を思い起こす度に胸が熱くなる思いがいたします。

 戦争もそうですが、私どももまたそれぞれに悲しみの体験を知っています。虚しさの虜になることがあります。また、一年を振り返って、もちろん多くの恵みが与えられてきたことを嬉しく思うのですが、その一方で、どうして思うようにいかなったのだろうか。どうしてもっと頑張れなかったのだろうか。どうして私の思いが、あの人の心に届かなかったのだろうか。目に見えることがすべてではないことは分かっているつもりだけれども、どうしても目に見えるはっきりとした実りや結果を気にしてしまうことがあります。自分はこの一年何をしてきたのか。もっと突き詰めれば、私は何のために今まで生きてきたのか。そのような思いに捕らわれてしまうこともあるのではないでしょうか。

 その時、私どもはどこを見たらいいのでしょうか。「心を高く上げよう」(讃美歌第二編1番)という讃美歌があるように、天におられる神に心を向けることも大事でありましょう。地上のことばかりに心奪われていては、何も解決しないからです。しかし、クリスマスの時にいつも思わされるのは、「心を下に向けよう」と言って、歌うことができるということです。そのような讃美歌は聞いたことはありませんけれども、私どもはクリスマスのこと時、心を下に向けることがゆるされているのではないでしょうか。それは、ますます暗い思いに支配されるということではありません。うつむくように下を向きながら歩むようなことがあっても、真っ暗な闇の中で自分を見失うことがあっても、一番下に、一番底辺にキリストの十字架があるからです。クリスマスツリーの一番下に、小さな十字架が置かれていたように、私どもの歩みのその底辺に十字架があるのです。犯罪人を死刑にするための十字架、いやそれ以上に神の裁きと呪いを示す十字架が一番下にあります。私どもの罪を贖い、私どもを虚しさや悲しみから救い出し、人生の喜びへと導くキリストの十字架が一番低いところに置かれています。救いの光は上から射し込むだだけではなく、下からも私どもを照らし出すのです。主イエス・キリストが2千年前、この世界にお生まれくださったからです。

 先程、ルカによる福音書第2章の御言葉を共に聞きました。主イエス・キリストの誕生を告げる場面です。その6節、7節に次のような御言葉がありました。「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」特に心惹かれますのは、7節後半の「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」という言葉です。「彼ら」というのは、主イエスと父ヨセフ・母マリアです。「泊まる場所」というのは、要するに、「居場所」ということです。クリスマスにお生まれになった主イエスは、この世界にお生まれになったその一番初めから御自分の居場所を持っておられませんでした。居場所はあるにはあったのですが、そこは飼い葉桶の中でした。飼い葉桶の中にしか、主イエスは御自分の居場所を見つけることができませんでした。まるで周りから締め出され、追い出されるようにして、最後に行き着いた場所が飼い葉桶の中だったのです。

 それは主イエスだけではありません。主イエスの両親となったヨセフとマリアも同じでした。宿屋には、ヨセフとマリアの居場所もありませんでした。クリスマスにお生まれになった主イエスと共に生きる人生というのはどういう人生でしょうか。もちろんそれは、10節で天使が羊飼いたちに「大きな喜びを告げる」と言っていますように、私たちは喜びと平安に満ちた人生へと導かれて行きます。しかし、その喜びは、私どもが地上で経験するあらゆる苦難と関係ないところで与えられるものではありません。主イエスを「救い主」として信じて生きる歩みの中にも、苦しいことや悲しいことはたくさんあります。自分自身を見失い、やっと見つけたと思っても、自分としては不本意だと思うことがたくさんあります。もっと違う自分を生きたと思ってしまうのです。しかし、大きな喜びをもたらすイエス・キリストの福音は、何者にも奪われることはありません。どんな大きな力が襲ってきたとしても、決して消えることはありません。どのような時も私どもを根底から支え生かすのです。

 ところで、この福音書を書いたルカという人は、イエス・キリストの誕生を描く場面をとても簡潔に記しています。ルカは文学者としても評価できる人物で、福音書の中でもルカにしか記されていない物語がたくさんあります。いずれも一度聞いたら忘れられない物語ばかりです。また、先週、先々週、共に聞いたザカリアの物語もとても興味深いものがありました。また、今年は読みませんでしたけれども、母マリアの受胎告知やマリアが歌った賛歌の場面もとても生き生きとしていました。そして、マリアもザカリアも賛美歌を歌ったということもありますが、実にたくさんの言葉を口にしています。しかし、主イエス誕生の場面においては、ヨセフもマリアも何も話していません。ただ、ルカはその当時の歴史背景を簡潔に記し、それに従って行動した二人の様子を淡々と記します。おそらく、ヨセフもマリアも思うところはいくらでもあったと思いますが、夫婦で会話している場面もありませんし、神様に祈っている場面、賛美している場面もありません。むしろ、それは8節以降の天使と羊飼いたちの場面に表れていると言ってもいいでしょう。しかし、ルカは世界で最初のクリスマスの様子を淡々と記しつつも、そのことをとおして、私どもに大切なメッセージを伝えようとしているのではないでしょうか。

 1節に、「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た」とあります。これは当時の歴史背景です。アウグストゥスという人は、ローマの初代皇帝です。世界史の授業にも出てくる人物で、そこでは、「オクタヴィアヌス」という名前で出てきているかと思います。当時、ローマ国内の内乱を治め、勝利者となったのがアウグストゥスでした。それゆえに、人々からたいへん尊敬される人物となりまして、アウグストゥスのことを「救い主」と呼んでいたのです。「神」と呼ぶ人さえもいました。また、アウグストゥスの誕生日のことを「福音」(良い知らせ)と言って、喜び祝っていたというのです。「救い主」であるとか、「福音」という言葉は、キリスト教会の中だけで聞くような言葉だと思っているところがあります。しかし、実はそうではありません。ローマ皇帝といった世の支配者、権力者をほめたたえる言葉として、主イエスがお生まれになる頃、実際に使われていたということです。

 そして、皇帝アウグストゥスの時代は、「パックス・ロマーナ」と言われました。「ローマの平和」という意味です。そのローマの平和が200年ほど続きました。その間、ローマの国は商業も文化もたいへん盛んになり、人々の生活が安定し、豊かになりました。また、人々の不平不満を抑えるために、その時代の皇帝はあらゆる娯楽施設を造りました。有名なのは「コロセウム」と呼ばれる円形の闘技場です。剣闘士同士の戦い、剣闘士と猛獣との戦いが見世物とされました。他にも浴場や美味しいグルメを提供する場所をたくさん造ったのです。また、キリスト教伝道の歴史を考える際にも、ローマの平和があったからこそ、福音がヨーロッパに広がったという面も確かにあるのです。交通網が整っていたり、伝道者パウロがローマの市民権を持っていたからこそ、その恩恵によって、予想以上に大きな働きができたと言われています。キリスト者も、そうでない者もこのローマの平和によって多くの恩恵を受けました。

 しかしながら、ローマにおける世の支配者たちの思いとは、いったいどのようなものだったのでしょうか。それは結局のところ、この世界を支配したいという思いです。自分の思いどおりにこの世界を手中に収めたいということです。このことが実は、本日の御言葉の中で何度も語られています「住民登録」ということと深く結び付いてくるのです。何のために、わざわざ住民登録をせよという勅令を出したのでしょうか。それはローマの支配下の中にある人々の色んなデーターを把握することによって、政策を立てて、国を平和に導くという面もあるのですけれども、では具体的にどのようにしてローマの平和を築き上げようとしたかということです。住民登録を命じることによって、まず税金を集めるという目的があります。そして、もう一つ大事なのは徴兵する目的です。要するに、経済力と軍事力を駆使して、平和を築こうとしたということです。人々から不満が出れば、力を持って支配することもできますし、先程のように、娯楽を与えることによって不満を抑えようとしたのです。そして、実際に、「本当にローマは平和になった」と言って、人々はローマ皇帝をたたえたのです。200年も平和が続いたのです。

 しかしながら、見方を変えれば、200年しか持たなかったということでもあります。永遠の喜びや幸せを人々は手に入れることはできませんでした。国はいつまでも人々に喜びと楽しみを提供することなどできませんでした。次第に人々の倫理も生活も腐敗し、崩壊していくのです。最後は何が残ったのでしょうか。それは今もありますように、遺跡だけが残るわけです。廃墟と言ってもいいかもしれません。ひと時の喜びを手に入れることができたとしても、結局、最後には虚しさしか残らないということです。

 クリスマスに主イエスがお生まれになった時代というのは、まだローマ帝国が力を持ち、世界を支配していた時代でした。ローマ皇帝によってもたらされた平和と繁栄を人々が謳歌していた時代です。そのような華やかな時代に、そのまったく正反対の場所に位置するダビデの町ベツレヘムで主イエスはお生まれになりました。絶大な力を持つ権力者が支配する世界と歴史、その片隅で静かに主イエスはお生まれになりました。しかも、新しい王として、まことの救い主としてこの世界にお生まれくださったのです。家畜小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされた主イエスは、この世にある高みとは真逆にある低さと貧しさの中に生まれてくださったことを示しています。

 また、「マリアは月が満ちて、初めての子を産み」とありましたが、月が「満ちる」というのは十月十日経ったということよりも、神様の時が満ちたということです。神が「今がこの時だ」と言って、時を満たしてくださり、新しい救いの時代が到来しました。敢えて、ローマ帝国が支配するこの時代に、神様は御子イエス・キリストをこの世界にお遣わしになりました。また、ダビデの町ベツレヘムで救い主がお生まれになったという事実も、旧約聖書が預言していたことです。ミカ書第5章1節に次のようにあります。「エフラタのベツレヘムよ/お前はユダの氏族の中でいと小さき者。お前の中から、わたしのために/イスラエルを治める者が出る。彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。」神様の御言葉どおり、御計画にどおりに新しい救いの出来事が始まったのです。

 そして、クリスマスの出来事が2千年経った今も私どもに問い掛けていることがあります。それは、あなたにとってまことの王とは誰か?ということです。あなたにとってまことの救い主は誰か?ということです。あるいは、天使が羊飼いたち告げましたように、あなたにとって大きな喜びとは何か?ということです。皇帝アウグストゥスか?イエス・キリストか?という問いです。この世が与える喜びか?イエス・キリストが与えてくださる喜びか?という問いです。そして、神様はこの問いに答えることを求めておられるのです。「分りません」という答えは通じないのです。なぜなら、あなたの存在、あなたのいのちがこの問い掛かっているからです。あなたにとって救い主とは誰ですか?あなたにとって大きな喜びとは何ですか?私どもはどう答えることができるでしょうか。

 ヨセフとマリアは、住民登録の命令に従い、ナザレの町からヨセフの故郷であるベツレヘムの町に向かいます。距離で言うと140キロ程、3日〜4日程掛かったのではないかと言われます。ヨセフもマリアもまだ十代の若い夫婦です。それにマリアはもう出産間近でした。体力的にも精神的にも疲れを覚え、不安を抱えながらの旅であったと思います。「住民登録」という制度が、妻も一緒に同伴しなければいけないという強制力を持っていたかどうかはよく分かりません。夫だけが行けば、それで十分だったのではないかと考える人もいます。だから、マリアがたいへんな思いをしてまでして、ヨセフと一緒にベツレヘムに上ったのは別の理由があったのではないか。つまり、マリアがナザレの町に居づらくなったのではないかと推測するのです。普通、出産間近の妊婦が長旅などしません。親や親族のもとで出産の日まで静かに過ごすものです。しかし、危険な思いをしてまで旅立ったのは、マリアが婚約中に身ごもったという良からぬ噂が小さな町中に広がり、疑いの目で見られ、肩身の狭い思いをしていたからではないかというのです。マリアは家族や親しい人とも一緒に居られなくなったのです。ローマ皇帝の支配にしろ、町の人々の冷たい視線にしろ、ヨセフとマリアは住み慣れたナザレの町から離れなければいけませんでした。しかし、このことも先程の旧約聖書の御言葉にありましたように、すべてが神様の御手の中で導かれていくことになります。時代の波に翻弄されながらも、確かな御手の中でヨセフとマリアは、目的地ベツレヘムに到着します。

 そして、月が満ちたマリアは主イエスを産むのです。もう一度、7節をお読みします。「初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」ベツレヘムという町は小さな町ですから、「宿屋」と言えるような場所、つまり、ホテルのようなちゃんとした場所はなかったのではないかと言われています。「宿屋」と訳されている言葉は、「人が泊まる場所」という意味です。つまり、当時、住民登録で人々が多く押し寄せたため、急遽仮の宿をつくったということです。そこには、家畜小屋が併設されていました。日本でも田舎に行くと、人が住む所と家畜がいる小屋がすぐ近くにあるという光景を見ることができるでしょう。当時は、人々が馬などの家畜に乗って旅をしていましたから、宿をとる際は、家畜を小屋に停めていたのです。今で言うならば、家畜小屋というのは、ホテルの地下駐車場のような場所です。そこでマリアは主イエスを産んだというのです。

 しかし、主イエスは家畜小屋に置かれた飼い葉桶を御自分の居場所としてくださいました。貧しくて低くて、無防備で無力で、惨めでみすぼらしい、そのような飼い葉桶の中から、主イエスは救い主としての歩みを始めてくださいました。飼い葉桶にしか居場所がなかったというのは、要するに、人々から拒絶されているという意味でもあります。このことはルカだけでなく、他の福音書においても語られていることです。マタイによる福音書では、ユダヤの王ヘロデが新しい王であるイエスの誕生を恐れ、イエスのいのちを奪うために、ベツレヘムとその周辺一帯の2歳以下の男の子を皆殺しにしました。ヨハネによる福音書の第1章10節、11節にはこうあります。「言(主イエス)は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」とあります。そして、人々が主イエスを受け入れなかったその先に何があるのか。それが主の十字架です。だから、主イエスはこの世界に来てくださったその初めの時から、飼い葉桶の中に寝かされた時から十字架の死に至る道を歩み始めておられたのです。

 また、「飼い葉桶」という言葉は、お読みしませんでしたけれども、同じ第2章の12節、16節でも用いられています。天使は羊飼いたちに告げるのです。12節「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」天使が羊飼いに示した「しるし」こそが「飼い葉桶」でした。ですから、飼い葉桶というのは生まれたばかりの主イエスが寝かされているだけのベッドではありません。主イエスが、誰のための救い主であるかを示す大切なしるしです。羊飼いたちのように、当時この世にあって、社会から軽んじられ、居場所を持たない自分たちを救うために、主イエスが来てくださった。そのしるしが飼い葉桶に寝ておられる主イエスです。天使をとおして告げられた神の言葉を聞き、それを信じ、イエス・キリストを探し当てることができたならば、クリスマスの意味を理解することができます。クリスマスはこの私のためのクリスマスであるということが分かるようになるのです。そして、私どもも飼い葉桶に寝ておられる主イエスの中に、神の救いを見ることができるならば、私どもの歩みも明るくなります。暗い世の中にあっても、まことの光である主イエスが共にいてくださるがゆえに、自分を見失うことなく、神を見つめ真っ直ぐ歩んで行くことができるようになるのです。

 主イエスが家畜小屋でお生まれになり、飼い葉桶に寝かされたのは、神様の御心です。しかし、そこには神の御心を拒み、主イエスを飼い葉桶に追いやった人間の問題がありました。クリスマスの季節には、アドヴェントカレンダーと言って、一日ごとに小さな扉を開けながら25日のクリスマスの日を待つ習慣があります。一日ごとの小さな扉を開けると、その小さな部屋の中にはお菓子が入っているものもあり、子どもたちにとってはクリスマスまでの一日一日が楽しみでもあります。我が家でも、今年、アドヴェントカレンダーを2つ用意してクリスマスに備えていました。もちろん肝心なことは、お菓子なんかよりももっと大事なイエス様を待ち望むこと。いや、待ち望んでいるイエス様は、もう既にこの世界に来てくださったのだということを心に留めながら、思いを天におられる神様に向けることです。アドヴェントカレンダーにはいくつもの部屋がありますが、私どもの人間の心の中にもいくつもの部屋があることを、同時に思い起こします。そして、その心の部屋には様々な感情が渦巻いています。あるいは、部屋の扉を完全に閉じてしまっているということもあるかもしれません。なかなか、それらの交錯する思いを自分で整理することができないのです。自分のことで心がいっぱいになり、神様さえも、クリスマスにお生まれくださった主イエスさえも迎え入れる場所がない。そういうことが私どもの中にもないでしょうか。飼い葉桶は、まさに神を無視した人間の罪の表れでもあります。

 しかし、主イエスはそのような罪の現実の中に宿ってくださり、御自分の住まいとしてくださいました。しばらくしたら、またどこかに行くという仮の宿ではなく、私どもと共に、そして、永遠に生きるために主イエスは来てくださったのです。人間が抱える最も暗い所、恥ずかしくて誰にも見られたくないと思う所、そのような自分の中でマイナスだと思ってしまうような所に主は来てくださり、私どもと出会ってくださるのです。主イエス・キリストとの真実な出会いは、深い闇の中に来てくださった主イエスの救いの光に照らされ、心打ち砕かれることによって、初めて与えられるものだと、私は思います。だからこそ主イエスと出会い、「このお方こそ私の救い主」と告白して生きていくならば、どのような貧しさや孤独、虚しさや恥辱の中にあっても、イエス・キリストのゆえに、生きる力が与えられていきます。キリスト者はそのことを信じて生きていくことができるのです。なぜなら、飼い葉桶に寝かされた主イエスが十字架の道を歩み抜いてくださったからです。神などこの世界にいらない、主イエスなど私の人生に必要ないと言って、神の愛を拒もうとする私どもの罪に対して勝利してくださったからです。だから、私どもは「主よ、来てください」「私が抱えている闇と醜さの中に来てください」と大胆に祈ることができます。その祈りに答え、あなたの救い主であるわたしがここに居るということを明らかにしてくださいます。

 今から共に聖餐を祝います。天使はここにいる私どもにも、神の言葉を告げてくれます。「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」パンとぶどう酒の中に、クリスマスにお生まれになった御子イエス・キリストのお姿を見てほしい。飼い葉桶に寝かされている主イエスを見てほしい。ここに神の愛のしるしがある!あなたのために生まれくださった救い主がここにおられる!私どもは下を向いたままでもいいのです。悲しみを引きずったままでもいいのです。虚しさに包まれる中、クリスマスマスツリーの根元に小さな十字架を置いたように、私どもも自分のまなざしの下にある十字架を見つめることができるのではないでしょうか。飼い葉桶に寝かされ、最後には十字架についてくださった主イエスの光に照らされながら、私どもの神がどのような神であるかを知り、共に神を賛美しましょう。お祈りをいたします。

 主イエス・キリストよ、あなたは居場所なきところを居場所としてくださり、十字架の死に至るまで、従順に歩んでくださいました。私どもは、今生きている場所を愛することができず、それゆえに、自分だけでなく、隣人をも、そして神をも外に追いやってしまう闇があることを思います。しかし、クリスマスのこの時、主よ、あなたがこのような世界の中に、そして、この私の中に降りて来てくださった恵みを、改めて心に留めることができますように。神をほめたたえると同時に、救い光が多くの者に届きますように。喜びの福音を、私ども教会がこれからも語り伝えていくことができるように強めてください。主イエス・キリストの御名によって感謝し、祈り願います。アーメン。