毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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人はパンだけで生きるのではない ルカ4:1-13
イエスが公に宣教を始めるのは4:14以下からであり、荒野の誘惑は救い主として世に出るための最終試験であったといえます。
イエスが洗礼を受けると、「天が開け、聖霊が鳩のように…イエスの上に降ってき」(3:21,22)ました。それゆえ、「イエスは聖霊に満ち」(4:1)、この「聖霊に導かれて」(1)悪魔から誘惑を受けることになりました。悪魔ではなく、聖霊の支配のもとで与えられた試練であり訓練です。
また洗礼の後、天から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(3:22)との声が響きました。悪魔はこの呼びかけを使い、「神の子なら」(3,9)と語ってイエスを誘います。荒野において、本当にイエスが神の子にふさわしいのかどうかが試されているのだといえます。
以上のことから、荒野の誘惑は、イエスが洗礼を受けたことに直結しています。洗礼を受けてメシアの働きにまさに入らんとするのですが、それゆえの試練がイエスを襲ったのです。わたしたちにも、洗礼を受けたがゆえの試練があるはずです。
40日間の断食の後イエスが空腹であるとき、悪魔は「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」(3)と語りかけました。これが誘惑であるのは、永遠の神の子が本当に弱い人となったからに他なりません。そのうえで、イエスは「人はパンだけで生きるものではない」(4)と申命記8:3を引いて答えました。弱き人としてメシア職を果たす覚悟と、神の子としての力を自己都合のために使わない決意を示しました。
また、パンではなく何によって生きるのか、一人ひとり答えを見つけてください。
次に、悪魔は世界をイエスに見せ、わたしを拝めば世界の支配権を与えるぞと誘いました。支配権とは誰にとっても最も欲しいものです。罪と悪による支配権がイエスの目の前におかれました。しかし、イエスは、みことばを示し、神のみを拝み、神に仕えて世界の支配権を得ることの決意を語りました。すなわち、十字架の死を経て、永遠の命によって世界を支配することを選び取ったのです。
誘惑は、メシアの使命を確認し、決意を固める時になりました。