毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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わたしの父の家 ルカ」2:39-52
誕生後、およそ30歳になって世に現れるまでのイエスについて記されている唯一の記事が今日の箇所です。
「たくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた」(2:40)、「知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」(52)と、人として成長している12歳のイエスの姿を見ることができます。
強調されていることは、知恵が進んでいくことです。有名なキリスト預言の箇所、イザヤ書11:2に、エッサイの株からひとつの若枝が育ち「その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊。思慮と勇気の霊。主を知り、恐れ敬う霊。」と記されているとおりです。
「神の知恵であるキリスト」(Ⅰコリ1:24)なのだから、生まれた時から知恵そのものであり賢かったというのではなく、イエスは体や心の成長と共に両親や先生に教えられて知恵深くなっていきました。「イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられる」(ルカ2:46)のは、学ぶことがうれしくて仕方のない様子をほうふつとさせます。
また、「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だ」(49)とのことばから、ただ貪欲に知恵を求めたのではなく、天の父に従うための知恵、すなわち十字架に向かうための知恵を養っていたことがわかります。
「両親」(41,42,43,48,50,51)ということばが繰り返し出てきます。「お父さんもわたしも心配して捜していたのです」(48)とのマリアのことばもあります。明らかに、マリアとヨセフを前提にしたうえでイエスは「自分の父の家」と語ったのであり、ここに天から遣わされたキリスト(メシア)であるとのイエスの自意識を読み取ることができます。
いつ、どのようにこの自意識を持ったのかわかりませんが、12歳のこの時点ですでに自覚していたことになります。
両親にはイエスが理解できず、もどかしかったかもしれませんが、そこに神の知恵と救いとがありました。イエスが人々に理解されないのは無理からぬことかもしれません。