毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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信仰によって望み見る ヘブライ11:1-7
今年の年間聖句は「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(ヘブライへの手紙11章1節)です.
この聖句は、信仰について考えるときにしばしば引かれます。ハイデルベルクは問21において信仰を「認識」と「信頼」と定義しており、「認識」とは、誰をなぜ信頼するのかという信仰の内容に関わっています。この認識にもとづいて、イエスとその救いに信頼することがキリスト教信仰です。イワシの頭も信心からという日本的な信心とは違います。ヘブライ書の信仰も、認識と信頼からなっています。
ヘブライ書は11章にいたるまで繰り返し信仰について言及しながら、信仰の内容(認識)を教えています。
誰を、なぜ信じるのかについて、1:1-3にまとめられています。誰を、すなわち御子を信じるのですが、それは、今神は御子においてわたしたちに語っているのであり、御子は「神の本質の完全な現れ」であるからです。イエスは神自身です。
御子において神が語った内容は、イエスが「人々の罪を清められた後、天の高いところにおられる大いなる方の右にお着きに」(1:3)なったことです。「罪を清めた」にはイエスの地上での救いのみ業が、「大いなる方の右にお着きになった」にはイエスを信じる者の救いの確実さと希望が示されています。この2点について説明し、説得するのが1:5-10:18であり、ハイデルベルクの信仰論の「認識」に当たります。この2点を受け入れ、イエス(神)に信頼することがへブル書の信仰です。
「望んでいる」(11:1)とは、個々人の望みではなく、キリストを信じる者が等しく「公に言い表した希望」(10:23)です。御子が父の右に座していることを信じ、イエスを信頼しているので、約束されたことをまことの希望とすることができます。
「見えない事実」(2、7)も信仰により、確実に起こることとして受け入れることができます。
信仰には忍耐も必要ですが、神の約束は確実です。