毎週日曜は礼拝の日
日本キリスト改革派 仙台カナン教会は、毎週日曜日に神様への感謝と祈りをささげる礼拝を開いています。この礼拝はキリスト教に興味のある方でしたら、どなたでも自由に参加できます。お仕事などで都合のつかない方は、水曜日の祈祷会(お祈りの会)がおすすめです。
- 日曜礼拝
- 毎週日曜日 午前10時30分~12時00分
- 必要な持ち物は特にありません。聖書や讃美歌などは教会でお貸します。
- 祈祷会
- 毎週水曜日 14時00分から15時30分
- こちらも必要なものは特にありません。聖書について学び、皆で神様にお祈りを捧げます。
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イエスの国 ヨハネ18:28-38
本日からピラトによるイエスの裁判です。
他の福音書ではピラトは席に座ってユダヤ人の訴えを聞き、イエスかバラバかと問いかけたりしています。ヨハネ福音書においては、ユダヤ人がけがれを恐れて官邸に入らないため、ピラト自身が官邸内に置かれたイエスと官邸外のユダヤ人の間を行ったり来たり、すなわち使い走りすることになりました(18:29、33、38、19:1、4、8、13)。
神の計画により、神のみ子でありメシアであるイエスの運命をゆだねられたピラトの戸惑いを表しているように見えます。
ピラトはユダヤ人に「自分たちの律法にしたがって裁け」(31)と言い、ユダヤ人が「わたしたちには、人を死刑にする権限がない」(31)と答えるのは、み子が十字架で死ぬという神の定めが実現するためです。ユダヤ人に認められていたのは、石打ちの刑だけでしたから。
ピラトとイエスの間で、イエスの国とは何かについてのやり取りが記されています。イエスは、「わたしの国」(36)と明言しますが、「わたしの国は、この世に属していない」(36、36)と語りました。
ここでの国とは、これまでも何度か説明したように、国境で線引きされた「国」ではなく、王が持っている「支配」の意味です。また、この支配は国土とうい土地についてではなく、人々の上に及んでいる支配です。
イエスの国・支配は、地上に属しておらず、天に属しています。なぜなら、王であるイエスは、地上において信仰の戦いを死に至るまで戦って、復活し、今は神の右におられます。天こそイエスの王座であるからです。わたしたちも、今は地上に生きていますが、イエスのおられる天を見上げて生き、天に本当の国籍があることを信じ、希望を持ち、挙げられる時を待っています。
この世の国は力と恐怖や飴で人々を強制的に支配しようとしますが、イエスの国は愛・命・希望などで自発的に人々を集め、人々が喜んでイエスに従うようにします。