2026年04月16日「ここに希望がある10 神が共にいて下さる 3」

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ここに希望がある10 神が共にいて下さる 3

日付
説教
田村英典 牧師
聖書
詩編 23章1節~4節

聖句のアイコン聖書の言葉

23:1 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。
23:3 主は私の魂を生き返らせ、御名の故に、私を義の道に導かれます。
23:4 たとえ、幸せの陰の谷を歩むとしても、私は災いを恐れません。あなたが共におられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。詩編 23章1節~4節

原稿のアイコンメッセージ

 「ここに希望がある」という主題で9回お話して来ましたが、ここ2回は、神が私たちと共にいて下さることに伴う希望を見ました。

 人間の孤独の問題は何と深刻で重いでしょうか。絶望的になりやすいです。しかし詩篇23から、主なる神がそんな私たちと共にいて下さることの幸い、つまり、神はご自分の信仰者たちの、第一に、時にひどく傷つき疲れ切った魂を慰め癒し、第二に、その魂をどんな危機的状況にあっても必ず守り支えて下さることを見て来ました。

 今日は、三つ目の点に進みます。幸いな希望の三つ目は、主イエス・キリストを心から自分の救い主と信じ、受け入れ、寄り頼む人には、主が共にいて下さり、最後は永遠の御国へ必ず導き入れて下さることです!

 良い羊飼いは、羊を「緑の牧場に伏させ、憩いのみぎわに伴われ」(2節)、そうやって最後には目指す場所に至らせる「義の道」(3節)、正しい道に必ず導きます。

 同様に、天の父なる神が私たちの救い主として遣わされた主イエスは、私たち信仰者の命が終る地上の旅路の最後に、神の国という究極の祝福に必ず導き入れて下さいます!これは私たちに何と大きな力と安心、そして希望を与えることでしょう!私たちの人生の途上の色々な時に、それこそ、危機的な死の陰の谷を歩む時に守られるだけでも大変感謝なことです。しかし、主の恵みはそれに留まりません。更に感謝なのは、その先にあるゴールに入れることです。

 主イエスは、ご自分を救い主として心から信じ、受け入れ、寄り頼む信仰者の、ある時は分りつつ、ある時は分らずに犯す思いと言葉と行いにおけるあらゆる罪と不信仰を全て赦し、また信仰者を徐々にきよめて下さいます。そして地上の命が終る時、主は永遠のご計画によって信仰者を御国に入れるようにしっかりお守り下さいます!

 私たちはいつか死を迎えます。主は私たちの人生の途上においてだけでなく、まさに死の時も私たちの傍ら(かたわら)におられ、手をギュッと握り、それどころか、私たちの存在そのものをイザヤ書46:4が言いますように背負って下さるのです。

 ご承知のように、羊は目が悪く、そして決して強い動物ではありません。その意味では、常に死の危険と隣り合わせです。しかし、羊飼いの声に耳を傾け、声の聞こえる所に留まっているなら、羊飼いが羊を目的地まで、つまり最後の安らぎの場所に導き入れてくれます。

 私たちにも同じことが言えます。私たちも先々のことはよく分らず、明日のことさえ分りません。その上、弱くて心配性で不安症です。いつも何か心配事や不安があり、心に重い物がないでしょうか。

 でも、心配はいりません。私たちに答は分らなくても、聖書を通して語りかけておられる主の御声に心の耳をよく傾け、そこに留まっているなら、私たちの今後のことも皆ご存じの御子イエス、すなわち、私たちの罪を全部背負い、十字架で命を捧げ、しかし三日目にお約束通り甦り、ご自分が永遠の命をお持ちであり、それをご自分の民にお与え下さる主イエスが共におられ、私たちを導き、背負い、終に最終ゴール、天の御国へ確実に入れて下さるからです。

 主なる神はイザヤ書46:4でハッキリこう約束しておられました。「あなた方が年をとっても、私は同じようにする。あなた方が白髪になっても、私は背負う。私はそうしてきたのだ。私は運ぶ。背負って救い出す。」

 ですから私たちは、先のことは全部神に委ね、主の教えの内に留まってさえいれば良いのです。そうすれば、主ご自身が私たちを最後まで背負い、持ち運び、主がご用意下さっている最終ゴール、永遠の御国に入れて下さいます!

 パソコンや携帯電話によるメールは、孤独感の増している多くの現代人の連絡やコミュニケーション、連帯意識を強める上で、良い役割を果たしていると思います。

 しかし、御言葉と祈り、また造り主なる全知全能の父なる神、そして御子イエスとの御霊による親密で豊かな交わり、すなわち、三位一体の神と私たちが絶えず共におらせて頂くことは、様々な痛みや苦しみ、悲しみ、涙、不安の絶えない私たちの一生をも必ず真(しん)に意味のある、そして感謝できるものにする「憩いのみぎわ」ならぬ、天の御国、永遠の安息へ私たちを入れます。一体、これ以上の幸い、希望が、どこにあるでしょう。

 愛と憐れみ、力と真実に満ちた神が私たちと共にいて下さることによる希望を、詩篇23を通して見て来ました。この詩篇作者のように、私たちも父と御子イエスへの従順な信仰により、地上の命の終った後、慰めに満ちた永遠の安息に必ず入れられるこの希望に立ち、困難はあっても、日々神をほめ讃え、神を喜び、また救いの喜びを力強く、かつ丁寧に証ししながら、最後まで生きることを、是非許されたいと思います。

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