2026年03月19日「ここに希望がある 8 神が共にいて下さる 1」

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ここに希望がある 8 神が共にいて下さる 1

日付
説教
田村英典 牧師
聖書
詩編 23章1節~4節

聖句のアイコン聖書の言葉

23:1 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われます。
23:3 主は私の魂を生き返らせ、御名の故に、私を義の道に導かれます。
23:4 たとえ、幸せの陰の谷を歩むとしても、私は災いを恐れません。あなたが共におられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
詩編 23章1節~4節

原稿のアイコンメッセージ

神が信仰者に与えて下さる希望について続けて学んでいます。今日は、神が私たち信仰者と共にいて下さることによる希望を改めて心にとめたいと思います。

 今や携帯電話は生活の必需品であり、自転車に乗りながら携帯を見ている人もいます。これはやめてほしいですが、それはともかく、携帯メールは便利ですね。電話はその時に応じる必要がありますが、メールは後で落ち着いて対応できます。

 しかし便利だというだけでなく、携帯電話から離れられない人もいます。つまり、絶えず誰かとつながっていることで、自分を保てるのかも知れません。今もいじめが原因で若者の自殺が時々あります。そこで「今の若者は短絡的だ。命の大切さを知らない。死ねば苦しみから逃げられると安易に考えている」などと言う人もいます。しかし、もし彼らの話を親身に聞く人がいたなら、様子は随分変ると思います。「私は独りぼっち。話せる人がいない。誰も私のことを分ってくれない。」こういう孤独の問題の深刻さを改めて思います。

 緩和医療が専門の山崎章郎医師が30数年前に書かれた『病院で死ぬということ』という本があります。末期状態で、最後まで真実を知らされないまま亡くなる多くの病人に接して来られた山崎医師は、様々な実例を上げた後、「僕は偽りの説明と空しい希望の中で衰弱していく人たちの殆どが、精神的に荒廃していく姿をイヤというほど見てきている」と書かれました。「精神的に荒廃していく!」何と辛いことでしょう。そうなる最大の理由の一つは、「私は独り。本当のことを話せる相手がいない。誰も真実を話してくれない。誰を信じていいか分らない」という癒しがたい孤独感です。

 孤独の問題を思う時、詩篇23で歌われています、つまり、天地の造り主なる生ける真(まこと)の神が私たちと共にいて下さることの幸いを改めて思います。作者は、自分を羊に、神を羊飼いに喩え、自分の幸せを歌っています。詩篇23:1、2「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、憩いのみぎわに伴われます。」

 羊は目が悪いそうです。ですから、自分だけではうまく草原や水のある所を見つけられないこともあります。その上、パレスチナは厳しい気候風土であり、日中は太陽の照り付けが強烈で、羊は暑さと喉の渇きでグッタリします。

 しかし、羊飼いが共にいるなら安心です。羊飼いは、羊のことも土地のこともよく分っていますので、野原や水辺に羊を連れて行きます。弱っていた羊は癒されます。

 同じことが私たちにも言えます。人生には、私たちの魂をヘトヘトに疲れさせ、弱らせるものが沢山あります。聖書は、その根本原因が人類全体の神への背きの罪とそれが生み出した色々な歪(ひずみ)にあることを教えます。この世には、私たちの魂を疲労困憊(ひろうこんぱい)させ、滅ぼそうとするものがいっぱいあり、これは睡眠や栄養を摂れば済むものではありません。それに、魂が心底疲れますと、食事も睡眠も取れず、とても危険です。

 しかし、こんな弱い私たちでも、天地の造り主なる生ける真(まこと)の神が共にいて下さるなら安心です!神は、ご自分に頼る者の魂を決してお見捨てになりません。必ず魂を癒し、力付けて下さいます。すなわち、ご自分の御子イエスを羊飼いのような救い主として私たちにたまわり、主イエスは御言葉と御霊により、私たちの疲れた魂を、繰り返し癒して下さいます。

 24歳でようやく中学校の体育教師になった2カ月後、生徒に器械体操の模範演技をし、教えていて失敗し、首を骨折し、それ以来、首から下が不随となられた星野富弘さんは、2年前の4月に78歳で天に召されました。星野さんは、口にくわえた筆で素晴らしい絵と詩を書き続けて来られました。ベッドの上だけの辛く長い闘病生活の中で彼に神への信仰を与え、孤独で絶望的になっていた彼の魂を癒し、平安を与えたのは、「全て疲れた人、重荷を負っている人は私のもとに来なさい。私があなた方を休ませて上げます」という、マタイ福音書11:28の主イエスの御言葉でした。そうして彼は、彼と共にいて下さる永遠の救い主イエスを知ったのでした。

 聖書により語りかけられる神の御言葉を受けとめ、羊を愛する羊飼いのように信仰者と必ず共にいて下さる主イエスの臨在を覚える!その中で私たちの魂は確かに安らぎを与えられ、癒されます。阪神淡路大震災の1年後、被災した改革派教会の信徒たちの文集発行に携った私が知りましたのも、御言葉により、神がどんな時にも共にいて下さることを覚えることで、絶望的な状況にあっても、なお多くの方が神を見上げ、希望を持っておられたことでした。

 神が、主イエスが本当に私と共におられ、私を絶対に手放されない!これは何と大きな希望を私たちに与えることでしょう!この幸いをしっかり覚えたいと思います。

 もう一度、詩篇23:1~4を読みます。「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、憩いのみぎわに伴われます。主は私の魂を生き返らせ、御名の故に、私を義の道に導かれます。たとえ、幸せの陰の谷を歩むとしても、私は災いを恐れません。あなたが共におられますから。」

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