2022年05月01日「あなたがたは宝の民」

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あなたがたは宝の民

日付
説教
木村恭子 牧師
聖書
出エジプト記 20章1節~21節

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聖句のアイコン聖書の言葉

神はこれらすべての言葉を告げられた。
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。
あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。
あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、
わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。
安息日を心に留め、これを聖別せよ。
六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。
六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。
あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人に関して偽証してはならない。
隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない。」
民全員は、雷鳴がとどろき、稲妻が光り、角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる有様を見た。民は見て恐れ、遠く離れて立ち、
モーセに言った。「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞きます。神がわたしたちにお語りにならないようにしてください。そうでないと、わたしたちは死んでしまいます。」
モーセは民に答えた。「恐れることはない。神が来られたのは、あなたたちを試すためであり、また、あなたたちの前に神を畏れる畏れをおいて、罪を犯させないようにするためである。」
民は遠く離れて立ち、モーセだけが神のおられる密雲に近づいて行った。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
出エジプト記 20章1節~21節

原稿のアイコンメッセージ

<説教要約> 十戒-1  
聖書  出エジプト記20:1-21
説教 「あなたがたは宝の民」   

今日からしばらくの間、十戒について学びます。
今朝は、
1.十戒が与えられた背景
2.誰が誰に与えたのか
3.イエス・キリストの十字架による罪の赦しと十戒の関係
4.私たちが十戒を生きる意味
について、お話しします。

1.十戒が与えられた背景 
十戒は、イスラエルの民がエジプトで、奴隷として苦しんでいたとき、神が彼らをその苦しみから救い出して約束の地、カナンへと導き入れるその途中で、民に与えた言葉です。
出エジプト記によれば、十戒が彼らに与えられたのは、彼らがエジプトを出て三月目、シナイの荒れ野に到着したときでした。彼らはシナイの荒れ野に天幕を張り宿営しました。
そして指導者モーセだけが、神の山シナイ山へ上りました。そこで神の約束を受けるためでした。
十戒が与えられる前に、神がモーセを通して民に語った言葉に注目しましょう。

出エジプト19:3-6
19:3 モーセが神のもとに登って行くと、山から主は彼に語りかけて言われた。「ヤコブの家にこのように語り/イスラエルの人々に告げなさい。
19:4 あなたたちは見た/わたしがエジプト人にしたこと/また、あなたたちを鷲の翼に乗せて/わたしのもとに連れて来たことを。
19:5 今、もしわたしの声に聞き従い/わたしの契約を守るならば/あなたたちはすべての民の間にあって/わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。
19:6 あなたたちは、わたしにとって/祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエルの人々に語るべき言葉である。」

神は、エジプトからイスラエルの民を救い出し、シナイの荒れ野まで彼らを導きました。
神が、エジプトで苦しんでいるイスラエルの民に目を留められたこと。十の災いによってエジプトを打たれ、イスラエルの民をエジプトから連れ出したこと。彼らをエジプトへ連れ戻そうと追ってくる、エジプトの軍隊から守られたこと。そこでは、海の水を分けるという、神の特別な働きもありました。
その後の荒野の旅でも、神が彼らに必要なもの、水を与え、マナを与え、危険や敵から守ってきたこと。
それが、
19:4 あなたたちは見た/わたしがエジプト人にしたこと/また、あなたたちを鷲の翼に乗せて/わたしのもとに連れて来たことを。
という言葉で語られています。神がイスラエルに対して、特別な保護を与え、特別に愛を注いでこられたことを思い出させています。
そして、神はイスラエルの民に
「もしわたしの声に聞き従い/わたしの契約を守るならば/あなたたちはすべての民の間にあって/わたしの宝となる。」と言われました。

神は、私との契約、私の言葉を守るなら、あなたがたは私にとって「宝の民となる」と言われたのです。
「宝」とは価値ある物、大切なもの、貴重なもの、ということです。
また、宝石は光輝きます。
ですから、
19:6 あなたたちは、わたしにとって/祭司の王国、聖なる国民となる。
多くの民族、国民がいる中で、あなたがたは特別に神の恵みを受ける民、神の言葉を受けて光り輝く民、また神の恵みを証する民となる。これが、モーセを通してイスラエルの民に語られた言葉でした。
モーセを通して神の言葉を聞いた民は「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」といいました。そしてこの後、神がお与えになったのが、十戒とそれに伴う細かな契約です。

2.誰が誰に与えたのか
20:1 神はこれらすべての言葉を告げられた。 とあります。
そして、十戒の序文に続いて十の戒め、十の言葉が記されています。
十戒は、神がご自身の民、愛する民に与えられた言葉。
神の民が、地上に在ってよく生きるため、幸いに生きるために与えられた言葉。
重要なことは、他の誰でもない、神が、ご自身の民に与えられた言葉です。人間が作った規則、法律、倫理道徳、あるいは世間の常識などとは違います。
そして、神の民がこの戒めに従って生きる時、民は神にとって宝となる、宝の民となる、と神が言われていることが重要です。

3.イエス・キリストの十字架による罪の赦しと十戒の関係
しかし十戒は、出エジプトの民だけに与えられたものではありません。
主イエスご自身、十戒の重要性を教えておられます。
イエスは、神の言葉である律法、その中心としての十戒を二つの教え、掟としてまとめて教えます。
第一の重要な掟は、『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
つまり、神への愛。
第二の重要な掟は、『隣人を自分のように愛しなさい。』隣人への愛。
これは、十戒の要約とも考えられます。

しかしまた、イエスは、律法は、十戒は、救いの手段、救いの規準ではないということも教えておられます。イエスの時代の律法学者たちが、律法を守ることで罪の赦しと救い、永遠の命が得られると考えたことを、イエスははっきり否定しておられます。救いの道は、イエスの十字架による罪の赦しを受け入れ、信じること。これに尽きます。
では、何で主イエスは十戒を重要視なさるのでしょうか?

4.私たちが十戒を生きる意味
主イエスを信じて、罪赦されて生きる私たちにとって、救いの道を歩んでいる私たちにとって、十戒はどんな意味があるのでしょうか。
一つのことは、十戒は、神に愛されている者、宝の民が、神と隣人と共に、平和に生きる道を教えている!! ということです。
イエス・キリストを通して罪赦された者が、今度は神の民として、十戒に従って生きる時、私たちは地上で神に愛され、神との良い関係で生きていくことができます。さらに、隣人を自分を愛するように愛することができるなら、隣人とも良い関係を築くことができるはずです。

しかし、十戒に従って生きようとするとき、私たちは、いったいどうなるでしょうか。
最初に、十戒に従えない自分に出会うはずです。神の言葉より自分の思いを優先する自分、隣人より自分を愛する私、そして自分の罪に打ちのめされることになります。それはもう、誰しもがそうです、確実に。
しかし、それでも私の罪は赦されている。私は既に神の民とされている。私も含めて多くの人は、そう考えて、そこで安心するのです。そして、考えます。罪赦されていれば、これ以上多くを望まなくてもいいではないか、と。

しかし、それは神の御心ではありません。
神は私たちをキリスト者として成長させるために、神は十戒を備えておられるのです。
十戒に目を留め、従って生きる努力を始める時、私たちの心は、日々新たにされ、造り変えられていきます。聖書はその歩みを、キリストに似る者、神の像へと変えられて行く、と表現します。神を愛する者、神の言葉を喜ぶ者へと少しずつ変えられていくのです。
救われているからそれでいい、十戒は横に置いておこう、という生き方は、地上でのさらなる祝福を自分で放棄し、手離しているのと同じです。

今、神と自分の関係の中で、心に平安がないと感じておられる方。
あるいは、自分はクリスチャンなのに、隣人とどうしてもうまくやっていくことができない。
隣人との付き合いがうまくいかないと感じている方。
そういう方は是非、十戒に立ち帰ってください。

私たちがクリスチャンとして神と、人、その両方と良い関係、平和の関係を作るために与えられた、神の戒め、指針が十戒です。
この言葉に従って生きる努力をする中で、神とも隣人とも、平和に過ごす歩みへと必ず導かれていくはずです。神は、私たちの地上人生の歩みに、さらなる祝福を与えてくださいます。

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