はじめに言(ことば)があった 2009年1月11日(日曜 朝の礼拝)

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はじめに言(ことば)があった

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
ヨハネによる福音書 1章1節~5節

聖句のアイコン聖書の言葉

1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
ヨハネによる福音書 1章1節~5節

原稿のアイコンメッセージ

 今朝から、ヨハネによる福音書を御一緒に学んでいきたいと思います。今朝は最初でありますので、ヨハネによる福音書そのものについてお話ししておきたいと思います。イエス・キリストの御生涯について記している福音書には、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネと4つの福音書があります。読んでいただければお分かりいただけますが、最初の3つのマタイ、マルコ、ルカは、似通っています。重なる記述も多いことから、マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書は、共に観ることのできる福音書、共観福音書と呼ばれているのです。もちろん、マタイ、マルコ、ルカにはそれぞれの強調点があり、編集者としての神学があるのでありますが、似通っていることは確かなことであります。その理由として考えられることは、マタイとルカが、マルコによる福音書を一つの資料として福音書を著したということであります。マルコによる福音書が一番早く、紀元70年頃に記されたと考えられています。そして、そのマルコによる福音書を一つの資料として、マタイとルカが、紀元80年頃にそれぞれの福音書を著したと考えられているのです。それでは、私たちがこれから学ぼうとしているヨハネによる福音書は何年頃に著されたのかと言えば、更にのちの90年頃と考えられているのです。ヨハネは、マタイ、マルコ、ルカの共観福音書とは、別の視点から、独自の福音書を著したのであります。

 この福音書は、「ヨハネによる福音書」と呼ばれておりますが、これは教会の伝統によるものであり、本文の中に必ずしも明記されているわけではありません。福音書自身が、著者について記しているのは、最後の第21章24節であります。

 これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。

 「この弟子」とは、20節にありますように、「イエスの愛しておられた弟子」のことであります。この弟子が誰であったのか、その名前は記されておりません。しかし、教会は、この弟子が、ゼベタイの子ヨハネであると理解してきたのです。「イエスの愛しておられた弟子」として考えられるのは、12弟子の中でも重んじられていた、ペトロとヤコブとヨハネの3人の名をあげることができます。ペトロは、この福音書の中で名前が出て来るので、当てはまりません。また、ヤコブもこの福音書が記されたときには、殉教の死を遂げていましたので当てはまりません(使徒12:1)。それで、この弟子はヨハネであると考えられるのです。このことは、古代教父の証言とも一致しています。2世紀の教父、イエレナイオスは、その著書『異端駁論』の中でこう記しております。「その後、主の弟子で、主の御胸によりかかったこともあるヨハネは、アジアのエフェソに在住中、自ら福音書を著した」。

 よって、私たちはこの福音書を、使徒ヨハネによって記された福音書として読んでいきたいと思います。しかし、それはヨハネ個人が記したというよりも、ヨハネが属する教会、ヨハネの共同体によって、最終的に編集されたとことを否定するものではありません。先程の第21章24節に、「わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている」とありましたように、明らかにこの福音書は、共同体によって担われてきたのです。

 また、この福音書の執筆の目的については、第20章31節に記されています。

 これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

 ここに、私たちが今朝からヨハネによる福音書を学び始める目的があります。まだイエスさまを信じていない人が信じて、命を受けるために。また、すでに信じている者たちが、いよいよ信仰を深められ、より豊かな命にあずかるために、私たちは今朝からヨハネによる福音書を学び始めるのです。

 

 前置きはこのぐらいにいたしまして、さっそく今朝の御言葉を見ていきましょう。先程は、第1章1節から18節までをお読みいただきましたが、今朝は1節から5節までを中心にお話ししたいと思います。

 1節から3節までをお読みします。

 初めにことば言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

 わたしが読むのを聞いていて気づかれた方もいらっしゃると思いますが、このところはあるリズムをもっています。この第1章1節から18節までは、もともとは讃美歌ではなかったかと考えられているのです。ヨハネは、当時の教会で歌われていた讃美歌を一つの資料として、このところを記していると考えられているのです。讃美歌は、信仰の告白でもありますから、ここにヨハネの教会の信仰告白が記されているとも読むことができます。ヨハネが最初に記した言葉、それは「初めに言があった」でありました。これは明らかに聖書の書き出しの言葉、創世記の冒頭を意識した言葉であります。創世記の第1章1節から5節までをお読みします。

 初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

 聖書は、「初めに、神は天地を創造された」と記しています。しかし、ヨハネが「初めに言があった」と記すとき、それは神さまが天地を創造された初めを遡る初めです。時間と空間からなるこの世界は、神さまの創造の御業によって始まりました。しかし、ヨハネは、その初めよりももっと初めに「言」があったと言うのです。つまり、時間を超越する永遠の次元において、「言」は存在していたのです。

 また、このヨハネの記述に大きな影響を与えたものとして、箴言の第8章に記されている知恵の賛歌があると考えられています。箴言の第8章22節から31節までをお読みします。

 主は、その道の初めにわたしを造られた。いにしえの御業になお、先立って。永遠の昔、わたしは祝別されていた。太初、大地に先立って。わたしは生み出されていた/深淵も水のみなぎる源も、まだ存在しないとき。山々の基も据えられてはおらず、丘もなかったが/わたしは生み出されていた。大地も野も、地上の最初の塵も/まだ造られていなかった。わたしはそこにいた/主が天をその位置に備え/深淵の面に輪を描いて境界とされたとき/主が上から雲に力をもたせ/深淵の源に勢いを与えられたとき/この原始の海に境界を定め/水が岸を越えないようにし/大地の基を定められたとき。御もとにあって、わたしは巧みな者となり/日々、主を楽しませる者となって/絶えず主の御前で楽を奏し/主の造られたこの地上の人々と共に楽を奏し/人の子らと共に楽しむ。 

 ここでの「わたし」は、12節にあるように、「知恵」のことであります。世界に先だって知恵が創造され、神さまは知恵によって、万物を創造されたと記されています。「知恵」が造られたのに対して、ヨハネが語る「言」は、はじめからあったわけでありますから、この点は明確に異なります。しかし、この箴言の御言葉から、ヨハネが影響を受けていたことは確かなことでありましょう。ヨハネによる福音書の冒頭の言葉は、創世記第1章の天地創造の記述と、箴言第8章の知恵の賛歌を背景としているのです。

 ヨハネによる福音書に戻ります。

 「初めに言があった」。この「初め」が天地創造の初めの初め、時間を超越する永遠の領域であることは分かりました。それでは、この「言」とは何でありましょうか。ここで「言」と訳されているギリシア語は、ロゴスという言葉です。ですから、このところはロゴス賛歌とも言われます。第1章1節から18節までが、ロゴス賛歌を一つの資料として用いていると考えられるのでありますけども、原文を見ますと、ロゴスという言葉は、ここで4回しか出てきません。1節に3回、14節に1回出てくるだけです。「いや、2節、3節、4節にも『言』とあるじゃないか」と思われるかも知れませんけども、元の言葉には、ロゴスという名詞は記されていないのです。2節の「この言」は、直訳すると「このお方」であり、3節、4節の「言」は直訳すると「彼」という代名詞なのです。なぜ、こんな細かいことを申し上げたかと言いますと、1節の「言」、ロゴスが、彼とも言い換えることのできる人格的な存在であることをはっきりさせたかったからです。ロゴスという言葉を、ギリシア語の辞典で調べてみますと、「言葉」の次に「理性」と記されています。そして、「理性」とも訳されるロゴスは、当時のギリシャ哲学において、世界を秩序をもって支配する原理や法則を意味していたのです。しかし、ヨハネは、初めにおられたのは原理や法則ではなく、人格的な存在としてのロゴスであったと語るのです。この「言」、ロゴスが誰を指しているのか。それは、17節に「律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである」とありますように、「イエス・キリスト」のことであります。福音書は、イエス・キリストの御生涯について記している書物であるとはじめに申し上げましたけども、4つの福音書は、その書き始めにおいてそれぞれ異なっております。一番最初に記されたマルコによる福音書は、洗礼者ヨハネの活動から書き始めました。またそのマルコによる福音書を一つの資料として用いたマタイとルカは、おとめマリアが、聖霊によって男の子を身ごもる、イエスさまの誕生から書き始めました。そして、ヨハネは、それをさらに遡って、天地創造の初めから存在しておられたお方として書き始めたのです。ただし、マタイやルカの記述を読んでも分かるように、聖霊によっておとめマリアの胎に宿った男の子が、イエスと名付けられたのは、生まれたのちのことであります。それまでは、イエスと名付けられていなかった。それでは、存在していなかったと言えば、そうではありません。人となり、イエスと名付けられたお方は、聖霊によっておとめマリアの胎に宿る前から、いや天地が創造される前からおられたお方なのです。そのお方を何と言い表せばよいか。ヨハネは、「言」、ロゴスと言い表したのです。この地上に人として生まれたイエス・キリストは、天地が創造される前からおられたお方である。それが、「初めに言があった」という御言葉の意味しているところであります。

 続いてヨハネは、「言は神と共にあった」と記しています。これはただ言と神さまが並んで存在しているというよりも、言と神さまが深い交わりのなかにあったということを表しています。18節に、「父のふところにいる独り子である神」とありますが、そのような父と子との親密な交わりにあったということです。このことをイエスさまは、第17章5節でこう仰せになっています。「父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を」。また、24節でもこう仰っています。「父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです」。

 このイエスさまのお言葉からも、天地創造の前から言と神さまの間に愛の交わりがあったことが分かります。そして、それは同じ栄光を持つ者としての交わりであったのです。ヨハネが「言は神であった」と言うとき、そのことを言い表しているのです。細かいことを言うようですが、「言は神であった」というとき、その神には冠詞がついておりません。その前の「言は神と共にあった」と言うときの神には定冠詞がついているのですが、「言は神であった」の神には冠詞がついていないのです。このことは何を意味するのかというと、言は神と区別される人格でありながら、神と同じ本質を持っているということです。「この言は、初めに神と共にあった。」ここに私たちは、神は父と子と聖霊なる三位一体の神であるという信仰告白の萌芽を見ることができるのです。

 先程、このロゴス賛歌に影響を与えたものとして、箴言第8章の知恵の賛歌があると申し上げました。それならば、「初めに言があった」ではなくて、「初めに知恵があった」と記してもよかったのではないかと思う方もおられるかもしれません。ロゴスではなくて、ソフィアと記した方がよかったのではないかそのようにも考えられるのです。けれども、ヨハネが、言、ロゴスを採用したのには、それなりの理由がありました。その一つが、「万物は言によって成った。成ったもので、言によらず成ったものは何一つなかった」という事実であります。この3節でヨハネが言い表していることは、創世記が教えるところの天地万物の由来であります。先程お読みしたように、神が「光あれ」と言われると光があったのです。このように万物は神の御言葉によって存在したのです。神の御言葉は、無から有を生じさせる力ある言葉なのです。出来事となる言葉、それが神の御言葉であります(イザヤ55:11)。けれども、ヨハネが「万物は言によって成った。成ったもので、言によらず成ったものは何一つなかった」と語るとき、ただ創世記に描かれている神の言葉について語っているのではありません。先程も申しましたように、3節の「言」は、元の言葉ですと「彼」という代名詞です。つまり、初めに神と共にあった言によって、万物は造られたということであります。永遠からおられるロゴスであるキリストは、創造の御業にも参与しておられたのです。創世記の神は言葉によって万物を創造されたという記述は、神がロゴスであるキリストによって万物を創造されたことを意味しているとヨハネは語るのです。神はキリストによって全てのものをお造りになりました(一コリント8:6、コロサイ1:16,17、ヘブライ1:2)。全てのもの、それは他ならぬわたしもということであります。わたしもロゴスであるキリストによって造られた。わたしだけではない、植物も昆虫も動物も全てのものがキリストによって造られたのです。創世記は神が造られた世界がはなはだ良い世界であったと記しておりますけども、それはロゴスであるキリストによって造られた世界であったからであると言えるのです。

 4節に、「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」とあります。このことは、「言」が神と同じ本質を持っていたことを考えれば当然のことと言えましょう。イエスさまが第5章23節で、「父は、御自身の内に命をもっておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである」と仰っているように、「言」そのものの内に命があるのです。私たち人間は、自分の内にも命があると考えるかも知れません。けれども、私たち自身の内には命はありません。私たちは命を内に持つ「言」に依存して生きているに過ぎないのです。神さまが霊を取り上げられれば塵に帰る、そのようなはかない、頼りない存在なのです。けれども、ロゴスであるキリストは、自分の内に命を持っておられるのであります。それゆえ、このロゴスであるキリストを通して造られた私たちも命にあずかるものとされているのです。ヨハネは、「命は人間を照らす光であった」と記しています。ここで「言」は、「命」さらには「光」と言い換えられています。この光は、何より神さまがどのようなお方であるかをあらわす啓示の光です。それゆえ、ある神学者は、「この4節は一般啓示について述べているのだ」と申しております。詩編の第19編に、「天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。昼は昼に語り伝え/夜は夜に知識を送る。話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても/その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう」とありますように、神さまがロゴスであるキリストを通して造られた世界は、神の栄光を現しているのです(ローマ1:18-23も参照)。ロゴスによって造られた世界は、その光にあずかり、神がどのようなお方かをあらわしています。そのように被造世界を通して、光であるキリストは人間を照らしているのです。そもそも、ロゴス、言葉とは、人格と人格との交わり、コミュニケーションに不可欠な手段であります。永遠からおられたキリストが、何より「言」と言われているのは、このお方が、神さまをあらわす啓示そのものであるからです。第14章9節で、イエスさまが「わたしを見た者は、父を見たのだ」と仰ったように、イエス・キリストこそ、神がどのようなお方であるかを啓示してくださった言葉そのものなのであります。

 5節で、ヨハネは「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」と記しています。ここでの「輝いている」は現在形で記されています。ですから、ここでの光は、永遠からおられるロゴスであるキリストのことだけを言っているのはありません。人となり、十字架につけられ、復活して、天へと上げられたイエス・キリストがここで重ねられて光と呼ばれているのです。今も光は暗闇の中で輝いている。ここで突然「暗闇」という言葉が出て来ます。どこから暗闇が出てきたのであろうか。その答えをヨハネは記しておりません。けれども、ある神学者は、「この5節は良き創造からの堕落を前提としている」と申しております。創世記の第3章に記されている、はじめの人間であるアダムの違反がこの背景にあると言うのです。全ての人は、ロゴスであるキリストを通して造られたのでありますから、この光を理解してもよさそうなものであります。けれども、ヨハネは、「暗闇は光を理解しなかった」と記すのです。いや、光を理解しないゆえに、暗闇であると言うのであります。

 ヨハネがこの福音書を記した時代、それは教会にとって、暗闇と呼べる時代でありました。第9章に、「生まれつきの盲人をいやす」というお話しが記されています。その第9章の22節にこういう言葉が記されているのです。「ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである」。ここに、この福音書が記された時代の教会の状況が反映されております。ヨハネによる福音書が書き記された時代、キリスト者は、ユダヤ人の会堂から追い出されて、独自の集まりを形成していたのです。そして、それはローマ帝国において、非公認の宗教となることでありました。つまり、キリストの教会は、迫害にさらされていたのです。イエスさまは第16章2節で、「人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る」と仰せになりましたが、これも当時の教会の状況を反映していると読むことができるのです。ヨハネの教会を取り巻く状況は、まさしく暗闇が光を理解しない、光を覆い隠してしまうような状況であったのであります。けれども、ヨハネは言うのです。光は暗闇の中で輝いている。その光をヨハネはどこで見たのか。それは何よりイエス・キリストの十字架においてであります。「暗闇は光を理解しなかった」。この言葉を、新改訳聖書は、「闇は光に打ち勝たなかった」と訳しています。元の言葉は、「とらえる」という意味です。理性でとらえると「理解する」となり、力でとらえると「打ち勝つ」となります。この新改訳聖書の「闇は光に打ち勝たなかった」という訳も覚えていてよい訳であると思います。暗闇は光に打ち勝たなかった。なぜなら、十字架につけられたイエス・キリストは、死から三日目によみがえられたからです。光は暗闇の中で輝いている。この光は、何より復活されたイエス・キリストの光であります。復活されたイエス・キリストが光として今も私たちを照らしてくださっている。それゆえ、私たちはヨハネと声を合わせて、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」と永遠からおられるキリストをほめたたえることができるのです。

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