後ろを振り返ってはいけない 2012年9月09日(日曜 夕方の礼拝)

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後ろを振り返ってはいけない

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
創世記 19章14節~38節

聖句のアイコン聖書の言葉

19:14 ロトは嫁いだ娘たちの婿のところへ行き、「さあ早く、ここから逃げるのだ。主がこの町を滅ぼされるからだ」と促したが、婿たちは冗談だと思った。
19:15 夜が明けるころ、御使いたちはロトをせきたてて言った。「さあ早く、あなたの妻とここにいる二人の娘を連れて行きなさい。さもないと、この町に下る罰の巻き添えになって滅ぼされてしまう。」
19:16 ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手をとらせて町の外へ避難するようにされた。
19:17 彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」19:18 ロトは言った。「主よ、できません。
19:19 あなたは僕に目を留め、慈しみを豊かに示し、命を救おうとしてくださいます。しかし、わたしは山まで逃げ延びることはできません。恐らく、災害に巻き込まれて、死んでしまうでしょう。
19:20 御覧ください、あの町を。あそこなら近いので、逃げて行けると思います。あれは小さな町です。あそこへ逃げさせてください。あれはほんの小さな町です。どうか、そこでわたしの命を救ってください。」
19:21 主は言われた。「よろしい。そのこともあなたの願いを聞き届け、あなたの言うその町は滅ぼさないことにしよう。
19:22 急いで逃げなさい。あなたがあの町に着くまでは、わたしは何も行わないから。」そこで、その町はツォアル(小さい)と名付けられた。
19:23 太陽が地上に昇ったとき、ロトはツォアルに着いた。
19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、
19:25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。
19:26 ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。
19:27 アブラハムは、その朝早く起きて、さきに主と対面した場所へ行き、
19:28 ソドムとゴモラ、および低地一帯を見下ろすと、炉の煙のように地面から煙が立ち上っていた。
19:29 こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された。
19:30 ロトはツォアルを出て、二人の娘と山の中に住んだ。ツォアルに住むのを恐れたからである。彼は洞穴に二人の娘と住んだ。
19:31 姉は妹に言った。「父も年老いてきました。この辺りには、世のしきたりに従って、わたしたちのところへ来てくれる男の人はいません。
19:32 さあ、父にぶどう酒を飲ませ、床を共にし、父から子種を受けましょう。」
19:33 娘たちはその夜、父親にぶどう酒を飲ませ、姉がまず、父親のところへ入って寝た。父親は、娘が寝に来たのも立ち去ったのも気がつかなかった。
19:34 あくる日、姉は妹に言った。「わたしは夕べ父と寝ました。今晩も父にぶどう酒を飲ませて、あなたが行って父と床を共にし、父から子種をいただきましょう。」
19:35 娘たちはその夜もまた、父親にぶどう酒を飲ませ、妹が父親のところへ行って寝た。父親は、娘が寝に来たのも立ち去ったのも気がつかなかった。
19:36 このようにして、ロトの二人の娘は父の子を身ごもり、
19:37 やがて、姉は男の子を産み、モアブ(父親より)と名付けた。彼は今日のモアブ人の先祖である。
19:38 妹もまた男の子を産み、ベン・アミ(わたしの肉親の子)と名付けた。彼は今日のアンモンの人々の先祖である。
創世記 19章14節~38節

原稿のアイコンメッセージ

 今夕は創世記の第19章14節から38節より、御言葉の恵みにあずかりたいと願います。

 前回学びました12節、13節に、「二人の客はロトに言った。『ほかに、あなたの身内の人がいますか。あなたの婿や息子や娘などを皆連れてここから逃げなさい。実は、わたしたちはこの町を滅ぼしに来たのです。大きな叫び声が主のもとに届いたので、主はこの町を滅ぼすためにわたしたちを遣わされたのです。』」とありましたように、ロトは「嫁いだ娘たちの婿のところ」へ行きました。8節で、ロトは「わたしにはまだ嫁がせていない娘が二人おります」と言っておりますので、娘たちは婚約はしていても、まだ婿たちと生活は共にしていなかったようです。ロトは、婿たちのところへ行き、「さあ、早く、ここから逃げるのだ。主がこの町を滅ぼされるからだ」と促しますが、婿たちは冗談だと思って取り合おうとはしませんでした。ロトの娘たちの婿は、主を信じる者ではなかったのです。

 夜が明けるころ、二人の客である御使いたちは、ロトをせきたてて言いました。「さあ早く、あなたの妻とここにいる二人の娘を連れて行きなさい。さもないと、この町に下る罰の巻き添えになって滅んでしまう」。しかし、ロトはためらっておりました。それは婿たちが一緒に来ないことには、将来を描くことができなかったからだと思います。しかし、主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手を取らせて町の外へ避難するようにされました。決断がつかずもたもたしていたロトとその家族を、主は憐れんでくださり、御使いを通して、町の外へ避難させてくださったのです。そして、主は御使いを通してこう言われるのです。「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる」。しかし、ロトは次のように言います。「主よ、できません。あなたは僕に目を留め、慈しみを豊かに示し、命を救おうとしてくださいます。しかし、わたしは山まで逃げ延びることはできません。恐らく、災害に巻き込まれて、死んでしまうでしょう。ご覧ください。あの町を。あそこなら近いので逃げて行けると思います。あれは小さな町です。あそこへ逃げさせてください。あれはほんの小さな町です。どうか、そこでわたしの命を救ってください」。

 主はロトに「山へ逃げなさい」と言われましたが、ロトは、「わたしは山まで逃げ延びることはできません」と答えます。どうやら山は遠くにあったようであります。ロトは自分に示してくださった主の豊かな慈しみを認めつつも、近くの小さな町へと逃がれさせてくださるように願います。ロトは小さな町で命を救っていただきたいと願うのです。それに対して主は言われました。「よろしい。そのこともあなたの願いを聞き届け、あなたの言うその町は滅ぼさないことにしよう。急いで逃げなさい。あなたがあの町に着くまでは、わたしは何も行わないから」。憐れんでロトの手をとってくださった主は、ここでもロトを憐れまれます。ロトの願いどおり、その町を滅ぼすことなく、さらにはロトがその町に着くまで何も行わないと言われるのです。この町はツォアルと言われるのですが、ここには、なぜ、ツォアルが滅ぼされなかったかの理由が記されています。ロトがツォアルに避難したゆえに、ツォアルは滅ぼされなかったのです。

 太陽が地上に昇ったころ、ロトはツォアルに着きました。そして、主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼされたのです。「硫黄の火」は、火山の爆発とも、雷と地震による地下資源の引火とも言われますが、主の裁きを表す伝統的な表現であります。主は大洪水の後で、ノアとその子孫との間に契約を立て、「二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない」と言われました。主は全世界を滅ぼすような裁きはなさらないと言われたのです。しかし、それは主が裁きを一切なさらないということではありません。主は局地的に、主に対して多くの罪を犯していたソドムとゴモラを滅ぼされたのです。そのようにして、主は正しい裁きを訴える者たちの叫びに応え、御自分の義を示されたのです。

 主がソドムとゴモラを滅ぼされたとき、ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になりました。主は17節で、「後ろを振り返ってはいけない」と言われていましたが、ロトの妻は後ろを振り返ってしまったのです。それはおそらく、ソドムの生活に対する未練のためであったと思います。ソドムでの生活を懐かしむ思いが、ロトの妻を振り向かせたのです。死海の南岸には、今でも岩塩の柱を見ることができますが、これはロトの妻であると言われています。

 アブラハムは、その朝早く起きて、主と対面した場所へ行きました。ソドムがどのようになったかを確かめに行ったのでしょう。アブラハムは「十人の正しい人がいれば、ソドムを滅ぼさない」との言葉を主からいただきましたが、彼が目にしたものは、炉の煙のように地面から煙が立ち上がっている光景でありました。ソドムには十人の正しい人もいなかったのです。しかし、主はアブラハムを御心に留めて、ロトを破滅のただ中から救い出されたのであります。主は町を滅ぼされましたが、アブラハムを御心に留めて、甥のロトをソドムの滅亡から救い出されたのです。しかし、このことをアブラハムが後に知ったかどうかは分かりません。なぜなら、ロトは、ツァアルを出て、二人の娘と山の中に移り住んだからです。「ツァアルに住むのを恐れたからである」とありますが、ロトは、ツォアルにも「硫黄の火が降ってくる」ことを恐れたのでしょうか?もし、そうなら、ロトの恐れは主の御言葉に対する不信仰から生じたものであると言えます。なぜなら、主はロトの願いを聞き届け、「あなたの言うその町を滅ぼさないことにしよう」と言われたからです。しかし、ロトはソドムのように、ツォアルにも硫黄と火が降ってくることを恐れて、結局は、主がはじめに逃げるように指示した山の中へ移り住むのです。そして、ロトは二人の娘と洞穴に住んだのであります。

 姉は妹に言いました。「父も年老いてきました。この辺りには、世のしきたりに従って、わたしたちのところへ来てくれる男の人はいません。さあ、父にぶどう酒を飲ませ、床を共にし、父から子種を受けましょう」。そして、娘たちはその夜、父親にぶどう酒を飲ませ、姉がまず、父親のところへ入って寝ました。しかし父親は、娘が寝に来たのも立ち去ったのも気がつかなかったのです。また、妹も同じようにいたしました。ここにあるのは、後に律法が明確に禁じる近親相姦の罪です。しかし、私たちは単純に彼女たちを汚らわしいと言ってはならないと思います。ここには、何とかして子孫を残そうとするぎりぎりの決断があるのです。彼女たちは、快楽を求めて父親と床を共にしたのではありません。彼女たちは、子孫を残すために、やむなく父親を酔わせて、床を共にしたのです。

 このようにして、ロトの二人の娘は父の子を身ごもり、やがて、姉は男の子を産み、モアブ(父親より)と名付けました。また、妹も男の子を産み、ベン・アミ(わたしの肉親の子)と名付けました。こうして、モアブ人の先祖と、アンモン人の先祖が生まれたのです。ここには、イスラエル人のモアブ人と、アンモン人に対する軽蔑の思いが込められています。モアブ人とアンモン人の間では、性的に汚れた関係が持たれていましたが、それはその出生からのものであるというわけです。しかし、ここで見落としてはならないのは、モアブ人もアンモン人もロトの子孫であり、アブラハムと血縁関係にあるということです。モアブ人もアンモン人も、その出生に倫理的な問題があったにせよ、イスラエル人と血縁関係にあるのです。

 説教題を「後ろを振り返ってはいけない」としましたが、今夕は最後にこのことを教えられたいと思います。主イエスは、ルカによる福音書第9章62節で、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われました。また、同じルカ福音書の第17章32節で、ロトの妻に言及してこう言われています。「その日(人の子が現れる日)には屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである」。また、「後ろを振り返ってはいけない」という御言葉で思い起こすのは、フィリピ書の第3章13節、14節の使徒パウロの言葉です。「兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へと召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです」。

 私たちも滅びから、主イエスに手と取られて救われた者たちであります。それゆえ、私たちもかつての罪の生活を懐かしむことなく、ひたすら復活の主を見上げて、前のものに全身を向けつつ歩んでいきたいと願います。

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