聖書に基づいて 2007年11月04日(日曜 朝の礼拝)

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聖書に基づいて

日付
説教
村田寿和 牧師
聖書
使徒言行録 17章1節~15節

聖句のアイコン聖書の言葉

17:1 パウロとシラスは、アンフィポリスとアポロニアを経てテサロニケに着いた。ここにはユダヤ人の会堂があった。
17:2 パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、
17:3 「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。
17:4 それで、彼らのうちのある者は信じて、パウロとシラスに従った。神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦人たちも同じように二人に従った。
17:5 しかし、ユダヤ人たちはそれをねたみ、広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうとして捜した。
17:6 しかし、二人が見つからなかったので、ヤソンと数人の兄弟を町の当局者たちのところへ引き立てて行って、大声で言った。「世界中を騒がせてきた連中が、ここにも来ています。
17:7 ヤソンは彼らをかくまっているのです。彼らは皇帝の勅令に背いて、『イエスという別の王がいる』と言っています。」
17:8 これを聞いた群衆と町の当局者たちは動揺した。
17:9 当局者たちは、ヤソンやほかの者たちから保証金を取ったうえで彼らを釈放した。
17:10 兄弟たちは、直ちに夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出した。二人はそこへ到着すると、ユダヤ人の会堂に入った。
17:11 ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。
17:12 そこで、そのうちの多くの人が信じ、ギリシア人の上流婦人や男たちも少なからず信仰に入った。
17:13 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、ベレアでもパウロによって神の言葉が宣べ伝えられていることを知ると、そこへも押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせた。
17:14 それで、兄弟たちは直ちにパウロを送り出して、海岸の地方へ行かせたが、シラスとテモテはベレアに残った。
17:15 パウロに付き添った人々は、彼をアテネまで連れて行った。そしてできるだけ早く来るようにという、シラスとテモテに対するパウロの指示を受けて帰って行った。使徒言行録 17章1節~15節

原稿のアイコンメッセージ

 今日の御言葉には、テサロニケとベレアでの宣教の様子が記されています。フィリピを出発したパウロとシラスが目指したのは、マケドニア州の首都テサロニケでありました。テサロニケには良い港があり、陸路においてもエグナティア街道に面していたため、商業によって栄えていたと言われています。アンフィポリスとアポロニアを経てとありますが、これは一日でテサロニケに着くことができなかったからであります。フィリピからアンフィポリスまで、48キロメートル離れていたと言われます。また、アンフィポリスからアポロニアまでは46キロメートル離れていたと言われます。さらに、アポロニアからテサロニケまでは57キロメートル離れていたと言われます。ですから、一日に移動できる距離は50キロメートルから60キロメートルであったようです。パウロは、マケドニア州の首都テサロニケを目指して、2泊3日の道のりを進んで行ったのです。そして、このとき、パウロたちはローマの重要な軍事道路であったエグナティア街道を通っていたと考えられるのです。キリスト教が短時間でローマ帝国の隅々にまで広がっていたのは、「すべての道はローマに通ず」と言われる、ローマ帝国によって整備された交通網のおかげであったのです。なぜ、パウロはテサロニケに向かったのか。それはテサロニケが都市であったばかりでなく、そこにユダヤ人の会堂があったからです。テサロニケは、ローマの総督府が置かれておりましたけども、市民による自治が認められた自由都市でありました。ですから、そこにはユダヤ人の会堂も建てられていたのです。

 2節にこう記されています。「パウロはいつものようにユダヤ人の集まっているところへ行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、『メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた』と、また、『このメシアはわたしが伝えているイエスである』と説明し、論証した。」ここで「いつものように」とありますように、パウロの伝道方針、伝道戦略は、まずユダヤ人の会堂において、福音を宣べ伝えるということでありました。なぜ、パウロは、ユダヤ人の会堂を訪れ、安息日の集まりにおいて、福音を告げ知らせたのか。それは、ユダヤ人なら誰もが聖書を神の言葉として受け入れていたからです。そして、聖書こそ、神が遣わされるメシア、救い主の到来を預言する書物であったからです。ここでの「聖書」は、私たちが旧約聖書と呼んでいるものであります。まだこの時代、新約聖書はありませんから、新約聖書における「聖書」は、旧約聖書を指すわけです。聖書、旧約聖書が預言しているメシアは、どのようなメシアであったのか。それは、「必ず苦しみを受け、死者の中から復活するメシアである」とパウロは告げるのです。この3節の言葉は、パウロが語ったことを一言で要約したものと考えられます。13章を見ますと、パウロがピシディア州のアンティオキアでした説教が記されています。私たちは、それを三回の主の日に渡って学んだわけです。そのパウロの説教の要約、それが「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」ということであり、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」ということであったのです。また、この旧約聖書の要約は、主イエスの見解でもありました。ルカによる福音書の24章44節以下にこう記されています。

 イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。」

 復活の主イエスによって、心の目を開かれた弟子たちは、旧約聖書の使信が「メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる」ことであると教えられました。それと同じことをパウロもここで告げているのです。そもそも、聖書にもとづいてイエス・キリストを宣べ伝えるということは、主イエスが取られた方法でありました。ルカによる福音書の4章16節以下に、イエス様がナザレの会堂で説教された場面が記されています。そこでイエス様は、預言者イザヤの巻物をお読みになり、こう言われたのです。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。」イザヤ書に預言されていた主に油注がれた者こそ、わたしであるとイエス様は宣言されたのです。このようにして、イエス様御自身が、旧約聖書に基づき自分が何者であるのかを明らかにされたのであります。

 ヘブライ人への手紙の冒頭に、次のような言葉があります。「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。」

 この言葉を読んで、なぜ、神ははじめから御子によって語られなかったのだろうかと不思議に思うのではないでしょうか。なぜ、神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたのか。それは、十字架に死に復活されたイエスこそが、メシア、救い主であることを証しするためであったのです。創世記の3章において、エデンの園でアダムとエバが罪を犯し、良き創造の状態から堕落いたします。そのとき神は、いわゆる原福音と呼ばれる救いの約束を与えられました。「女の子孫が悪魔の頭を砕く」というあの約束です。けれども、その約束はすぐには実現しませんでした。それが実現したのは、ノア、アブラハム、モーセ、ダビデを経て、何千年も後のことです。なぜ、それほどの時間が必要だったのでしょうか。それは、神がお遣わしになるイエスこそが、キリストであることを人々が信じ、受け入れるためです。そのことを人々が受け入れるために、旧約聖書が必要だったのであります。私たちは、イエス・キリストを多くの人に信じ受け入れてもらいたいと願っています。そのためには、どうすればよいのか。それは聖書を説き明かすということによるのです。なぜ、教会には説教者がいるのか。いやもっと言えば、なぜ、今も神は説教者を召し、立てられるのか。それは、聖書を説き明かすことこそが、神様が備えてくださった主イエスを信じる道であるからです。もちろん、私たちが聖書を説き明かすというとき、それは旧約聖書だけではなく、新約聖書を合わせた。旧新約の66巻からなる聖書であります。メシアの到来を預言する書である旧約と、メシアの到来を証言する新約、この二つの方向性からイエスこそ、キリスト、救い主であると告げるのが説教であります。「このメシアはわたしが伝えているイエスである。」このパウロの言葉は、新約聖書の要約であるとも言えるのです。必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていたメシアの到来を告げる旧約聖書の使信と、そのメシアこそイエスであるという新約聖書の使信が一つとなるとき、そこにイエス・キリストへの信仰が生まれるのであります。

 パウロの話を聞いて、幾人かのユダヤ人と、神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦人たちは信じ、二人に従いました。ここで「従った」と訳されている言葉は、直訳すると「くじで割り当てられた」となります。旧約聖書において「くじ」は神様の御意志を表すものでありました。ですから、これは神様の御意志によって、この人々がパウロの言葉を信じたということを表しています。神様がパウロとシラスに、この人々を割り当てられたそのようにも言えるのです。使徒言行録の13章38節に「永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。」という言葉がありましたが、それと近い意味合いを持っているのではないかと思います。つまり、イエスをメシアであると信じるということは、自分の力を越えた神様のお働き、聖霊のお働きによることがこの言葉によって表されているのです。

 この「従った」という言葉には、ユダヤ人の会堂ではなく、主イエスの教会に連なる者となったという意味が込められているようです。5節に「ユダヤ人たちはそれをねたみ、広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうと捜した。」とあります。このヤソンの家が、おそらく家の教会として用いられていたと考えられるのです。また、パウロとシラスはヤソンの家を宿としていたようであります。このユダヤ人のねたみはよく分かることではないかと思います。パウロとシラスに従った者の中には、神をあがめる多くのギリシア人やかなりの数のおもだった婦人たちがおりました。この「神をあがめる人々」とは、割礼を受けてユダヤ教に改宗してはいないが、聖書の神を畏れ、その教えに同調する者たちでありました。いわばユダヤ教の求道者であったのです。その求道者たちが、パウロの方に行ってしまったわけです。パウロに従った人々は、もはや安息日に会堂で礼拝をささげるのではなく、主の日に教会で礼拝をささげるようになっていた。それをユダヤ人たちがねたんだのは当然のことであったと言えるのです。ねたみに燃えたユダヤ人たちはどうしたのか。彼らは広場にたむろしているならず者を抱き込んで、ヤソンの家を襲いパウロたちを捕らえようとした。暴力に訴えて、さらには、権力に訴えて二人にひどい仕打ちをしようとしたのです。けれども、二人は見つかりませんでした。そこで、ヤソンと数人の兄弟たち、主イエスを信じる者たちを町の当局者たちのところへ引き立てていき、大声でこう訴えたのです。「世界中を騒がせてきた連中が、ここにも来ています。ヤソンは彼らをかくまっているのです。彼らは皇帝の勅令に背いて、『イエスという別の王がいる』と言っています。」

 このユダヤ人たちの訴えはいささか大げさにも聞こえますけども、この当時、すでにキリストの福音が首都ローマまで届いていたことを考えるならば、あながち誇張ではないのかも知れません。この訴えを読むとき、私たちが思い起こすのは、主イエスをローマの総督ピラトに訴えたユダヤ人たちの手口と同じであるということです。主イエスはどのようにしてピラトに訴えられたのか。ルカによる福音書の23章1節、2節にこう記されています。「そこで、全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。そして、イエスをこう訴え始めた。『この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。』」

 イエス様が訴えられたのも、「自分が王たるメシアだと言っている」ということでありました。ユダヤ人たちは、このようにローマ皇帝への反逆罪として主イエスを訴えたのです。しかし、この訴えはすべてがでたらめということではなく、そこにはある真理が含まれています。もちろん、イエス様が民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じるというように、民衆を扇動したことはありませんでした。けれども、イエス様が王であり、メシアであることは真実なのです。では、それは皇帝と対立する王、メシアなのか。そのような政治的、地上的なメシアなのかと言えばそうではありません。むしろ、皇帝の権力を遥かにしのぐ、王の王、主の主であられるのです。マタイによる福音書の言葉を用いれば、天と地の一切の権能を授けられた王であられるのです。ローマの皇帝であろうと、この主イエスによって与えられた権能において働いているに過ぎないのです。ですから「イエスという別の王がいる」というのは、私たちにおいても真実であります。しかし、それが皇帝と対立しないのは、その王が皇帝を遥かに越える神の権威を持っているからです。皇帝であろうと王であろうと、それは人間に過ぎません。けれども、私たちの王イエスは、死者の中から復活することによって神の右に上げられた神の御子であられるのです。「皇帝か、イエスか」私たちはこれを遠い昔の問いであると聞き流すことはできません。日本においても、60数年前に、教会は「天皇か、イエスか」を命懸けの問いとして問われたのです。「皇帝か、イエスか」そのような問いに私たちはどのように答えるべきか。それは、皇帝の命令が主イエスの命令に背くものでない限り、従うということであります。ローマの信徒への手紙の13章には次のように記しています。「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。従って権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。実際、支配者は善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。」

 支配者に従うこと、それは神に従うことと矛盾することではない。なぜなら、神に由来しない権威はないからだとパウロは語っています。しかし、このことは、支配者になんでも従うことを教えているのではありません。神に背くことを支配者が求めるとき、それにはっきりと否、ノーと言わなければならないのです。そして支配者ではなく、神の御意志に従わなくてはならないのです。後に、ローマ皇帝は、自らを神格化するようになります。皇帝は自分を神として崇めよと命じるようになる。そのとき、キリストの教会はどうしたか。十戒は、「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。あなたはわたしの他に何者をも神としてはならない」と明確に教えています。その教えに従って、教会は皇帝礼拝を拒否した。それゆえに迫害を受けることをよしとしたのであります。そのことはヨハネの黙示録を読めばよく分かります。イエス・キリストは主である。そのように私たちは現代においても、この世界には真の王がおられる。それは王の王、主の主イエス・キリストであると告白しているのです。イエス・キリストは主である。この告白は、そのような戦闘的な告白でもあるのです。

 少し話しが脇道にそれたようですが、今日の御言葉で「『イエスという別の王がいる』と言っています」と訴えられているのは、パウロとシラスであって、ヤソンではありません。ヤソンは二人をかくまったことで訴えられているのでありまして、そのことについてヤソンが問いただされたということはなかったようであります。町の当局者たちは、ヤソンや他の者たちから保証金を取ったうえで彼らを釈放しました。

 兄弟たちは、パウロとシラスの身を案じ、直ちに夜のうちにベレアへと送り出しました。ベレアは、エグナティア街道からそれて、テサロニケから南西約75キロメートルほど離れた町であります。このようにして、思わぬ形でベレア伝道が始められたのです。ベレアにも会堂があり、パウロは早速そこで、福音を宣べ伝えました。おそらく、テサロニケで語ったことと同じ内容のことを語ったのだと思います。けれども、ベレアでは多くのユダヤ人たちが信じ信仰に入りました。なぜ、同じ内容のことを語ってもテサロニケでは幾人かの人しか信じず、ベレアでは多くの人が信じたのか。それはパウロの説教を聞く側、聞き手に違いがあったのです。11節にこう記されています。「ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。」

 ベレアのユダヤ人が、テサロニケのユダヤ人よりも素直であったと言うとき、それはパウロたちの話しを偏見を持たず聞いたということです。はじめから、そんなことあるものかと自分の理性で結論を出してしまうのではなくて、神の言葉から本当かどうかを知ろうとする柔らかな心、開かれた心を持っていたということです。そして、彼らは、パウロの教えが、確かに聖書の教えと一致していることを知り、それによって確信を与えられて信仰から信仰へと成長することができたのです。ベレアのユダヤ人たちは、安息日だけではなくて、毎日、聖書を調べていたのであります。そのように、説教を聞く側にも、ふさわしい備えが求められるのです。また、この熱心は、主イエスによって与えられた熱心とも言えます。エマオの途上において、主イエスと歩んだ弟子たちは、その時のことを振り返って、「聖書を説き明かさしてくださったとき、私たちの心は燃えていた」と言いました。主なる神が、その約束に従ってメシアを遣わしてくださった。そのことを聞いたならば、本当かどうかを調べるのが、むしろ神の民として当然の反応ではないでしょうか。それはパウロの言葉を疑ったということではなくて、自分の目で確かめて見たいという信仰から生じる欲求であります。さらに詳しく知りたい。もっと知りたい。そのような熱心がベレアのユダヤ人に毎日聖書を調べさせたのです。このようなベレアのユダヤ人たちの多くが主イエスを信じたということ。それは裏を返せば、聖書を熱心に調べるならば、旧約聖書が預言してきたメシアこそ、イエスであるというパウロの言葉を受け入れられるということであります。ですから、パウロはテモテへの手紙二で、聖書についてこう書き記しているのです。「この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。御言葉を宣べ伝えなさい。折りが良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。」

 私たちは、この聖書自身の証言に基づいて、聖書を説き明かし、イエス・キリストを宣べ伝えているのです。

 古代の教父アウグスティヌスは「新約が旧約のうちに秘められ、旧約が新約のうちに明かとなる」と言いました。「新約が旧約のうちに秘められ、旧約が新約のうちに明かとなる。」ベレアの人々は、パウロが宣べ伝えたイエス・キリストの復活の光の中で、新しい思いで旧約聖書を読んだのではないでしょうか。それこそ、無我夢中で読んだのだと思います。わたし自身のことを思い起こしてみても、聖書そのものを一番読んだのは入信の時ではなかったかと思います。御言葉を通して、神様を、イエス様を知っていく。それは単に知識だけではなくて、人格的に知っていくということです。そこに喜びが生まれる。真の神様を知ることができた喜び、命を捨てるほどに私たちを愛してくださったイエス・キリストを知る喜びに溢れるのです。そして、それは入信の時だけではない、毎日味わうことのできる喜びのなのです。

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