問27.キリストのへり下りは、どの点にありまし…

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Q.27

問い
キリストのへり下りは、どの点にありましたか。
答え
キリストのへり下りは、次の点にありました。キリストが生まれられたこと、それも低い状態であられたこと、律法のもとに置かれたこと、この世の悲惨と神の怒りと十字架ののろいの死とを忍ばれたこと、葬られたこと、しばらく死の力のもとに留まられたことです。

解説

聖書 マタイによる福音書27章32~61節(新約 56ページ)

問27 キリストの謙卑(けんぴ)はどの点にありましたか。

答 キリストの謙卑は、かれが生まれられたこと、それも低い状態であられたこと(1)、律法の下(もと)に置かれたこと(2)、この世の悲惨(3)と神の怒り(4)と十字架の呪われた死(5)を忍ばれたこと、そして葬られたこと(6)、しばらく間(あいだ)死の力の下(もと)にとどまられたこと(7)にありました。

Q.27. Wherein did Christ’s humiliation consist?

A.Christ’s humiliation consisted in his being born, and that in a low condition, made under the law, undergoing the miseries of this life, the wrath of God, and the coursed death of the cross; in being buried, and continuing under the power of death for a time.

(1)ルカ2:7 初子の男子を産み、産着にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる所がなかったからである。

(2)ガラテヤ4:4 しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から生まれた者、律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。

(3)ヘブライ12:2-3 信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。この方は、ご自分の前にある喜びのゆえに、恥をもいとわないで、十字架を忍び、神の王座の右にお座りになったのです。あなたがたは、気力を失い、弱り果ててしまわないように、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを、よく考えなさい。

 イザヤ53:2-3 この人は主の前で若枝のように/乾いた地から出た根のように育った。/彼には見るべき麗しさも輝きもなく/望ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/痛みの人で、病を知っていた。/人々から顔を背けられるほど軽蔑され/私たちも彼を尊ばなかった。

(4)ルカ22:44 イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。〕

 マタイ27:46 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という意味である。

(5)フィリピ2:8 へりくだって、死に至るまで/それも十字架の死に至るまで/従順でした。

(6)一コリント15:4 葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、

(7)使徒2:24-27 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。ダビデは、イエスについてこう言っています。/『私は絶えず目の前に主を見ていた。/主が私の右におられるので/私は揺らぐことがない。それゆえ、私の心は喜び/私の舌は喜び躍った。/私の肉体もまた希望のうちに安らう。あなたは私の魂を陰府に捨て置かず/あなたの聖なる者を朽ち果てさせない。

 使徒2:31 そして、キリストの復活について予見して、/『彼は陰府に捨て置かれず/その肉体は朽ち果てなかった』と語りました。

【解説】

①小教理は、問23で「キリストは、わたしたちの贖い主として、謙卑と高挙のいずれの状態においても、預言者と祭司と王の職務を遂行されます」と告白しました。問27は、キリストの謙卑(低い状態)について告白しています。「キリストの謙卑は、かれが生まれられたこと、それも低い状態であられたこと、律法の下に置かれたこと、この世の悲惨と神の怒りと十字架の呪われた死を忍ばれたこと、そして葬られたこと、しばらく間死の力の下にとどまられたことにありました」。

②キリストの謙卑(低い状態)については、キリストが神の永遠の御子であることを考えると、よく分かります。キリストは神の永遠の御子でありつつ、人となられたお方であります(問21参照)。そのキリストの神の永遠の御子としての御人格と神の性質に思いを向けるとき、キリストの謙卑(低い状態)が浮き彫りになります。

③神の永遠の御子であるキリストは、天地万物をお造りになった創造主でありながら、被造物である人となってくださいました。ここにキリストの謙卑があります。それもキリストは、貧しいヨセフとマリアの息子として、家畜小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされました。キリストは人としても低い状態で生まれてくださったのです。

④また、神の永遠の御子であるキリストは、律法の授与者、裁き主でありながら、律法の下に置かれました。神の永遠の御子であるキリストは律法の上におられるお方でありながら、人として生まれることにより、律法の下に置かれたのです。そして、律法に従って地上の生涯を歩まれたのです。それは私たちの救い主として、律法の義を完全に満たすためであったのです。

⑤また、神の永遠の御子であるキリストは、聖霊によっておとめマリアから罪のないお方として生まれ、その生涯においても何一つ罪を犯さなかったにもかかわらず、この世の悲惨と神の怒りと十字架の呪いの死を忍ばれました。この世の悲惨と神の怒りと十字架の呪いの死は、罪人が受けるべきものです。しかし、キリストは罪の無いお方、罪を犯したことがないお方でありながら、私たちの救い主として、これらのことを忍ばれたのです。

⑥また、神の永遠の御子であるキリストは、御自分の内に永遠の命をもっておられるにもかかわらず、人として死んで葬られ、しばらく死の力の下に留まりました。キリストがしばらく死の力のもとに留まったことは、キリストが確かに死んだことを示しているのです。キリストの救いは墓の中にも届いているのです。

【参考】

①ウェストミンスター大教理問答

問46 キリストの謙卑の状態とは、どのようなものでしたか。

答 キリストの謙卑の状態とは、キリストがわたしたちのために、御自身の栄光を空しくし、その受胎と誕生、生涯、死において、さらに死後は復活まで、自らにしもべの形を取られた、あの低い状態のことです(1)。

(1)フィリ2:6−8、ルカ1:31、Ⅱコリ8:9、使2:24

②ウェストミンスター信仰告白 第8章「仲介者キリストについて」

[4]この職務を主イエスはじっさい心から喜んで引き受けられた(1)。そしてそれを遂行するために、律法の下に置かれ(2)、じっさい律法を完全に履行された(3)。最も苛酷な責め苦を直接霊魂において(4)、そして最もひどい苦痛を肉体において(5)、耐え忍ばれた。十字架につけられて、死に(6)、葬られて、死の力の下にとどまられたが、それでも朽ち果てることはなかった(7)。三日目に、苦難を受けたその同じ体をもって(8)死人の中からよみがえり(9)、またその体をもって天に昇り、そこで御父の右に座して(10)執り成しておられるが(11)、世の終わりに、人間と天使たちを裁くために、戻って来られるのである(12)。

(1)詩編40:7、8[40:8、9]、さらにヘブライ10:5~10も参照、ヨハネ10:18、フィリピ2:8、(2)ガラテヤ4:4、(3)マタイ3:15、マタイ5:17、(4)マタイ26:37、38、ルカ22:44、マタイ27:46、(5)マタイ26章、27章、(6)フィリピ2:8、(7)使徒2:23、24、27、使徒13:37、ローマ6:9、(8)ヨハネ20:25、27、(9)Ⅰコリント15:3、4、(10)マルコ16:19、(11)ローマ8:34、ヘブライ9:24、ヘブライ7:25、(12)ローマ14:9、10、使徒1:11、使徒10:42、マタイ13:40~42、ユダ6、Ⅱペトロ2:4

キリストは/神の形でありながら/神と等しくあることに固執しようとは思わず/かえって自分を無にして/僕の形をとり/人間と同じ者になられました。/人間の姿で現れ/へりくだって、死に至るまで/それも十字架の死に至るまで/従順でした。フィリピの信徒への手紙 2章6節~8節 
村田寿和 牧師