問20.神は全人類を、罪と悲惨の状態のうちに滅…

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Q.20

問い
神は全人類を、罪と悲惨の状態のうちに滅びるままにされましたか。
答え
神は、全くの御好意によって、永遠の昔から、ある人々を永遠の命に選んでおられたので、彼らと恵みの契約を結ばれました。それは、ひとりのあがない主によって、彼らを罪と悲惨の状態から救助して、救いの状態に入れるためです。

解説

 アダムの最初の違反によって、全人類は罪と悲惨の状態に堕落してしまいました(問16、17参照)。では、神様は、全人類を罪と悲惨の状態のうちに滅びるままにされたでしょうか。小教理は、問20でこう告白しています。「神は、全くの御好意によって、永遠の昔から、ある人々を永遠の命に選んでおられたので、彼らと恵みの契約を結ばれました。それは、ひとりのあがない主によって彼らを罪と悲惨の状態から救助して、救いの状態に入れるためです」。

 全人類はアダムにあって罪を犯し、また自らも罪を犯し続けているのですから、神様が全人類を罪と悲惨の状態のままにしておかれても、誰も文句は言えません。しかし、神様は全くの御好意(good pleasure)によって、永遠の昔から、ある人々を永遠の命に選んでおられたので、彼らと恵みの契約を結ばれたのです。神様は、天地創造の前から、ある人々を「ひとりの贖い主」イエス・キリストにあってお選びになりました(問21参照)。エフェソの信徒への手紙1章4節、5節にこう記されています。「天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって、神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです」。

 神様は、天地創造の前に、ある人々をイエス・キリストにおいてお選びになりました。神様は、イエス・キリストにおいて彼らと恵みの契約を結ばれたのです。「恵みの契約」という言葉は、神様がアダムにとられた特別の摂理の行為である「業(わざ)の契約」との対比で用いられています。

 問12で告白したように「人を創造された時、神は人に、完全な服従を条件として命を契約されました」。この契約は、与えられるはずであった報酬から「命の契約」と呼ばれます。また、完全な服従を条件としていたことから「業の契約」とも呼ばれます。命の契約も、業の契約も、神様がアダムに取られた特別な摂理の行為を指しています。その「業の契約」と対比して「恵みの契約」と言われているのです。

 業の契約は、完全な服従という自分の行いによって、命を得る契約でした。しかし、恵みの契約は、イエス・キリストを信じるだけで命が与えられるという契約であるのです。しかも、イエス・キリストを信じる信仰さえも、聖霊なる神様が与えてくださるのです。

 しかし、ここで注意したいことは、私たちにとっては恵みの契約であっても、イエス・キリストにとっては業の契約であったということです。イエス・キリストは最後のアダムとして、神様に完全に従われました(一コリント15:45参照)。イエス・キリストは、十字架の死に至るまで、父なる神様に完全に従われたのです(フィリピ2:8参照)。それゆえ、私たちはイエス・キリストを信じるだけで、罪と悲惨の状態から救助され、救いの状態に入れられるのです。

 神様は、永遠の昔(天地創造の前)から、ある人々をイエス・キリストにあって永遠の命に選び、イエス・キリストにあって彼らと恵みの契約を結ばれました。恵みの契約の締結者はイエス・キリストです。イエス・キリストにあって、彼らは恵みの契約の祝福にあずかることができるのです。ですから「ある人々」とは、イエス・キリストを信じる私たちのことです。イエス・キリストを信じているならば、あなたは「わたしは神様の選びの民である」と信じてよいのです。しかし、それはあなたに何か良いところがあるからではなく、自由で一方的な神様の御好意(恵み)によるのです。エフェソの信徒への手紙2章8節にこう記されているとおりです。「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物(たまもの)です」。

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって、神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのですエフェソの信徒への手紙 1章4節~5節
村田寿和 牧師