愛の中で真理を語ろう キリストに至るまで
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- 千禎鎬牧師 牧師
- 聖書 エフェソの信徒への手紙 4章15節~16節
日本聖書協会『聖書 新共同訳』
エフェソの信徒への手紙 4章15節~16節
新しい2025年を迎えました。過ぎ去った2024年度は、それぞれに言葉で言えないほど多くのことがあったでしょう。それにもかかわらず、2024年度を守ってくださった神様に感謝し、新しく迎えた2025年度もより大きな神様の恵みと祝福が私たち善通寺教会と聖徒の皆様と皆様の家族の上に豊かにありますように願います。説教を準備するのは、本当に大変です。その中で個人的に主題説教を準備する事がとても大変だと感じています。しかし、今日は教会標語を主題として御言葉を伝えます。
人は、生まれてから時が経ちますと、心も体も考えも成長します。成長ができないと非正常であり、何かの病気にかかっているでしょう。これは、イエス様を信じる私たちの聖徒らも同じです。神様の愛とイエスキリストの恵みによって神様の子どもとして、聖徒として新しく生まれました。そうだとしたら、時間が経つと、神様の子どもとして、聖なる神様の聖徒として、信仰や人格、色々なことが、また姿が成長するべきです。もし、何の成長もなく、イエス様を信じる前、そのままならば、私たちの信仰など。それらは非正常であり、霊的な病気にかかっているのかもしれません。イエスキリストが教会を立ててくださり、聖徒たちに仕える賜物、タラントンを与えてくださいました。なぜでしょうか。今日の箇所4章12節を見ますと、キリストの体を造り上げて行くためです。キリストの体を造り上げて行くというのは、何でしょうか。13節を見ますと、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ち溢れる豊かさになるまで成長することなのです。このように成長しなければならない理由は、14節に書いてあります。[こうして、私たちは、もはや未熟な者ではなく、人々を誤りに導こうとする悪賢い人間の、風のように変わりやすい教えに、もてあそばれたり、引き回されたりすることなく] と書いてあります。
今日、読みました御言葉を通してキリスト人の成長と目標について考えましょう。この成長は、ただ教会の建物の大きさや財政など。目に見える教会の規模を言うのではありません。どのような成長を意味しますでしょうか。
15節を見てください。
[むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます] キリスト人の成長の理由と成長の目標について説明している御言葉です。キリスト人になり、単純に倫理や道徳(どうとく)をよく守る生活をしようとすることではありません。もちろんこのようなこともよく守らなければなりません。しかし、キリスト人となった私たちは、愛に根ざして真理を語る生活をしなければなりません。真理というのは、何でしょうか。 [私は道であり、真理であり、命である]と主は言われました。すなわち、イエス様を信じ、生まれ変わった聖徒らは、愛に根ざして真理であるイエス様のことを語り、頭であるキリストに向かって成長しなければならないということです。
私たち教会は、愛という言葉ですべてを赦してはなりません。正しい基準があるべきです。基準がなければ、教会が混乱となり、イエスキリストの体を造り上げて行くことができません。その基準は何でしょうか。真理である主イエスキリストであります。ですので、成長できる方法は、愛に根ざして真理であるイエスキリストとイエスキリストのすべての教えを語らなければなりません。一言で言いますと、真理である御言葉です。聖書です。
私たち善通寺教会のようなすべての改革派教会は、真理である御言葉、聖書を信じます。聖徒らの信仰、また生きる唯一の基準であります。御言葉である聖書以外には、もう神様の啓示はないということです。
テモテへの手紙一6章3-5節にこのように書いてあります。[異(こと)なる教えを説(と)き、私たちの主イエスキリストの健全な言葉にも、信心(しんじん)に基づく教えにも従わない者がいれば、その者は高慢で、何も分からず、議論や口論(こうろん)に病(や)みつきになっています。そこから、ねたみ、争い、中傷(ちゅうしょう)、邪推(じゃすい)、絶え間ない言い争いが生じるのです。これらは、精神が腐(くさ)り、真理に背を向け、信心(しんじん)を利得(りとく)の道と考える者の間で起こるものです。最も、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。] 真理である御言葉をはっきり知らないと、子どものように誘惑に負けてしまいます。ですので、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で頭であるキリストに向かって成長しなければなりません。
私たちが成長して行く過程は、愛と真理です。その目標は、私たちの頭であるキリストです。私自身が人生の主人ではなく、イエスキリストが人生の主人となるということです。これこそ、創造の秩序です。しかし、罪によって腐敗された人間は、このことを忘れ、自分自身がすべての頭だと錯覚して生きています。聖書の真理というのは、主イエスキリストが頭であることを知り、イエスキリストに従うことです。主イエスキリストがすべてのものの頭であることを知るところは、キリストの体である教会です。ですので、教会の聖徒らは、正しい真理の中にいる人であれば、主イエスキリストが自分の主人であることを告白します。これが愛に根ざして真理を語ることであります。このように私たち聖徒らは、イエスキリストに向かって成長して行く人であり、正しく成長するならば、キリストの体を造り上げて行くことができるのです。
16節を見てください。
[キリストにより、体全体は、あらゆる節々(ふしぶし)が補(おぎな)い合うことによってしっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて働いて体を成長させ、自ら愛によって造り上げられてゆくのです]
神様が成長させる方法は、体全体が頭であるイエスキリストを通してすべてを供給され、成長するようにします。主の教会は、世の会社や利益を求める共同体の方法ではなく、愛に根ざして真理を語り、真理によって成長した聖徒らが、頭である主につながり、頭であるキリストによって立てられて行くのです。私たち聖徒らは、私たち善通寺教会は、このように成長しているのでしょうか。
私たちがキリストの体として正しく成長しているのかをどのようにして知ることができるのでしょうか。それは、私たちの中に真理に対する熱心、熱情があり、また目標を持って生きるようになります。真理である主イエスキリストと神様の御言葉を愛し、それに従い、忠実に守ろうと最善を尽くして生きるようになります。また、神様の愛とイエスキリストの愛の中で真理を語ろうと最善を尽くします。時には、愚かな人に見える時も、様々な損害がある時もあります。寂しく孤独を感じる時もあります。しかし、そのように生きても私たちを救ってくださり、永遠の命を与えてくださった主イエスキリストの愛に根ざして真理を語り、与えられた環境の中で、与えられた賜物を持って最善を尽くして真理である主を伝えます。このような姿が私たちに見られるならば、私たちはキリストの体として正しく成長しているということが分かります。
聖徒の皆様。
私たちは、すべての頭である主イエスキリストの体としてキリストの教会を造り上げて行く人です。新しく迎えた2025年度は、[愛の中で真理を語ろう キリストに至るまで]という教会標語に決めました。標語のように毎日成長する人生を生きましょう。