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2026年05月24日「神の子とする霊」

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日本聖書協会『聖書 新共同訳』
ローマの信徒への手紙 8章14節~17節

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今日はペンテコステです。イエス様は十字架で死なれた後、三日目に復活されました。そして40日の間この地上におられた後、天に昇られました。主は昇天される前に、弟子たちにエルサレムを離れず、父が約束された聖霊を待つようにと命じられました。弟子たちは主の命令に従い、エルサレムを離れず、一同が一つになって集まり、熱心に祈りました。五旬節になったとき、聖霊が弟子たちの祈っていた場所に臨まれました。弟子たちは聖霊に満たされ、聖霊の導きによって生きるようになりました。そして、聖霊が臨まれたことによって教会が始まりました。ですから、教会は聖霊の共同体でなければなりません。
聖霊の導きを受ける共同体でなければなりません。私たちがペンテコステを守る目的は、聖霊の働きがこの時代にも起こっていることを再確認し、今の教会が初代教会のように聖霊に導かれる教会となることにあります。今日、このことをもう一度心に留め、常に覚えていてくださるよう願います。

私たちの罪のために十字架で死なれ、三日目に復活された救い主イエス・キリストを受け入れ、信じる人は、神様の霊によって導かれ、神様の子どもとなります。
15節を見ると、イエス様を信じる私たちは、[人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊をうけたのです。] ですから、私たちは神様を[アッパ、父よ]と呼ぶのです。
イエス様は、弟子たちに祈りを教えられたとき、「天にまします我らの父よ。」と言われました。このように、主が教えてくださった祈りは、「父よ」と呼びかけて始まります。祈りというのは、父に呼びかけることです。そして、父と語り合い、願い求めることなのです。
ローマの信徒への手紙が書かれた当時、養子は実子、つまり自分の子どもと何ら変わりがありませんでした。当時のローマ社会では、養子制度がよく整えられていたそうです。当時、養子は親が生んだ子どもと同じものと見なされていました。私たちが神様の養子、すなわち神様の子であるということは、神様が私たちを独り子イエス・キリストと同じ立場に置いてくださるという意味です。これは、あまりにも大きく、驚くべき恵みです。

今日の御言葉をよく見ると、神様の子となるとどのようなことが起こるのかが分かります。それは何でしょうか。
まず、聖霊の助けを受けるのです。
神様は、神様の子となった私たちを助けてくださいます。今日は読みませんでしたが、8章1‐2節を見ると、聖霊は私たちを罪と死との法則から解放してくださいます。また9節を見ると、聖霊が私たちの内に宿っておられる限り、私たちは肉ではなく聖霊の支配の下に生きるように、すなわち、キリスト者として生きるようにしてくださいます。また11節を見ると、聖霊がイエス様を復活させられましたが、私たちの死ぬべき体も生かしてくださいます。14節を見ると、聖霊は私たちを導いてくださいます。16節を見ると、私たちが神の子どもであることを、私たちの霊と一緒に証ししてくださると書いてあります。
27節を見てください。[人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです]と書いてあります。
神様は罪深い私たちを救ってくださり、また、救われた人がどのように生きるべきかを教えるために、聖書を与えてくださいました。それでもなお十分ではないため、神様は聖霊を送ってくださり、私たちを導き、助けてくださいます。私たちは真理の御言葉を聞き、聖霊の導きを受けなければなりません。そのような人生こそ、神様がご覧になるとき最も美しい人生であり、神様の前で成功した人生なのです。それでは、私たちは聖霊の助けを受けるために何をすべきでしょうか。
それは、祈りの生活です。ルカの福音書11章13節です。
「このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子どもには良いものを与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」神様は、求める者に聖霊を与えてくださいます。私たちは、聖霊に満たされるために祈らなければなりません。

二つ目に、神様の子となると、私たちは神様に祈ることができるということが分かります。もう一度15節を見てください。
[あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊をうけたのです。この霊によって私たちは、[アッパ、父よ]と呼ぶのです。] 神様を「アッバ、父よ」と呼ぶということは、神様と親密な関係になったという意味です。ここで「呼ぶ」という言葉は、単に呼びかけるという意味ではなく、切に助けを求めるという意味の言葉です。キリスト者は、幼い子どもが優しい父親に願い求めるように、そのように祈るべきです。普通の父親は、愛する子どもが何かを求めるなら、それが悪いものでない限り、できるだけ聞いてあげようとします。もちろん、人間の父親には限界があります。それにもかかわらず、できるだけ愛する子どものために、すべてをしてあげようと努力します。
天地万物を創造され、治めておられる神様が、私たちの父です。私たちを神様の子とならせてくださった神様が、私たちに必要なすべてを満たしてくださいます。父なる神様は、神様の子どもである私たちが祈るなら、最も良いものを与えてくださるお方です。

三つ目に、神様の子となると、私たちは神様の相続人となるということが分かります。17節を見てください。
[もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです]
皆様はご両親からどれほどの遺産を受けておられるでしょうか。ご両親がご健在の皆様は、どれほどの遺産を受けることになるでしょうか。
私は両親の遺産について考えたことがありません。日本で宣教をしている関係で、現在一人で暮らしている母のことは、弟や姉たちが世話をしてくれています。ですから、私は遺産を受けることについては、あまり考えていないのです。もちろん、私の家には受け継ぐような遺産も多くはありません。しかし、何よりも感謝すべきことは、イエス様を信じて神の子どもとなるならば、神様の相続人とされるということです。もう一度17節を見てください。[もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです]  神様の子どもである私たちは神様の相続人であり、非常に尊い身分にある者です。しかもキリストと共同の相続人です。
ある牧師先生は、キリスト者が神の子どもとして神様から受ける相続について、七つにまとめておられます。①救いの相続人 ②天国の相続人 ③アブラハムのように祝福の源となる相続人 ④栄光の相続人 ⑤義の相続人 ⑥恵みの相続人 ⑦勝利の相続人です。このように神様の子どもは、神様の相続人です。
しかし最後に、神様の子どもとされるならば、私たちはキリストの苦しみにあずかる者ともなるのです。17節に[キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです]  韓国語の聖書では、このように翻訳されています。「キリストとともに栄光を受けるために、苦難もまた共に受けなければなりません。」
苦難にはさまざまな種類がありますが、ここで語られている苦難は、主のための苦難を指しています。信仰によって生きるなら、すべてが順調であればよいのですが、実際には信仰の道には必ず苦難が伴います。そのため、信仰の道で途中であきらめてしまう人もいるのです。マタイによる福音書10章22節に[また、私の名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。] 最後の時にキリスト者はすべての人に憎まれます。今、小さな非難さえも耐えられないとすれば、終わりの時にどうして耐えることができるでしょうか。信仰によって生きるとき、良いことだけではなく、必ず苦難が伴います。私たちはどんな困難にあっても、信仰を手放すことなく、最後まで主にすがり続けるべきです。私たちはどんな困難にあっても、主から離れてはなりません。キリストとともに栄光を受けるために、苦難もまた共に受けなければなりません。
善通寺に近いところに住んでいる知り合いの韓国人の宣教師が、結婚前に交際していた姉妹に、三つのことを準備して来るようにお願いしたそうです。一つ目は苦しみを受ける備え、二つ目は孤独に耐える備え、三つ目は苦難を受ける備えをするように求めたそうです。私はその宣教師の信仰がとても大きく感じられ、またそれを受け入れて結婚された奥様の信仰も、本当にすばらしいと思いました。いずれにしても、苦難なしに信仰生活を送ることはできない、ということです。十字架がなければ冠もありません。神様の子どもとなれば祝福も受けますが、苦難もあります。私と皆様が信仰生活の中で苦難に打ち勝ち、永遠の天の御国の栄光を味わうことができるよう、願います。
私たちは神様の御霊に導かれてイエス・キリストを受け入れ、神様の子どもとなりました。神様の子どもとなった私たちは、聖霊の助けを受けます。さらに、神様の子どもとなった私たちは、父なる神様に祈り、その祈りは聞き届けられます。しかも、私たちは神様の相続人でもあります。しかし、キリストの栄光にあずかるためには、苦難もまた共に受けなければなりません。これが、神様の子とする霊を受けた者たちの姿です。お祈りいたします。

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