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2026年06月07日「香油の香りで満ちた家」

香油の香りで満ちた家

日付
説教
川栄智章牧師
聖書
ヨハネによる福音書 12章1節~11節

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聖句のアイコン聖書の言葉

12:1過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。
12:2イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。
12:3そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
12:4弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。
12:5「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」
12:6彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。
12:7イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。
12:8貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」
12:9イエスがそこにおられるのを知って、ユダヤ人の大群衆がやって来た。それはイエスだけが目当てではなく、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。
12:10祭司長たちはラザロをも殺そうと謀った。
12:11多くのユダヤ人がラザロのことで離れて行って、イエスを信じるようになったからである。日本聖書協会『聖書 新共同訳』
ヨハネによる福音書 12章1節~11節

原稿のアイコンメッセージ

【序】
ヨハネによる福音書は11章で前半が終了します。本日の箇所から後半に入るのですが、前半部分はイエス様のなされた数々の「しるし」について書かれていました。後半部分はイエス様の「十字架の御業」について書かれています。つまりイエス様の公生涯における最後の一週間を描写するのに、ヨハネ福音書は実に半分を費やしているということです。三年半というイエス様の公生涯がありますが、最後の一週間がヨハネ福音書の後半部分に書かれているということです。その後半部分の冒頭に、マリアのイエス様に対する感謝と献身の業が描写されていて、光を放つようにされています。本日もヨハネ福音書12章に耳を傾けながら共に御言葉の恵みに与りたいと願います。1-2節をご覧ください。

【1】. 主の僕
“過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。”
過越し祭が近づくと、多くの群衆がエルサレムに訪れて祭りの備えを致します。ディアスポラと呼ばれる外国に散らされたユダヤ人たちも巡礼に訪れるため、訪れた者たち全員がエルサレムに宿を取ることは不可能でありました。そのため3キロほど離れた隣町のベタニアに宿を取る者たちもいましたが、イエス様一行もこの過越しの祭りの期間、ベタニアに滞在していたと思われます。そこでイエス様は食事をもてなされ、その食事の席にはマルタとマリアの兄弟のラザロも一緒に招かれていました。この食事は実はイエス様にとって大変緊張感の伴う食事であったかもしれません。と言いますのは、死んでから四日も経過したラザロを復活させたというセンセーショナルな奇跡が引き金となり、ユダヤ当局はイエス様の命を奪おうと企てていたからです。11章の最後の節に書かれていますように「イエスの居どころが分かれば届出よ」と、命令が出された直後の事でありました。復活の奇跡の張本人であるラザロが、この食事の席に共にいるということは、当局者たちを大いに挑発にしたことでしょう。そんな、イエス様のお心を察する者は、弟子たちの内に誰もいませんでした。人々が喜んで祝宴を催しているのとは裏腹に、イエス様は独り、孤独な時を過ごされていたに違いないのであります。そのような時、思いがけず、イエス様に慰めの事件が訪れます。マリアが高価な香油をイエス様に注ぐという事件です。因みにユダヤ人の女性の中で、「マリア」という名前はよく出てくる名前です。イエス様のお母さまもマリアでした。ルカによる福音書7章にはマグダラのマリアがイエス様に香油を注ぐという出来事が描写されていますが、本日の記事は、あのルカ福音書の7章とは別であります。マタイ福音書26章と、マルコ福音書14章が、平行個所とあり、同じ出来事について語られているということを抑えておいてください。それから、2節の後半に「食事の席に着く」という言葉があります。この言葉のギリシア語の写本を見ますと、アナケイマイἀνάκειμαι という動詞が使われていまして、本来の意味は「横たわる」、「もたれかかる」という意味です。古代ローマの映画などを見ると分かりますが、当時の祝宴での食卓のスタイルは、横に寝そべって左肘をつきながら上半身を起こして右手で食べるというスタイルでありました。「席に着く」とありますので、椅子に座ってテーブルを囲んでいる情景を思い浮かべるかもしれませんが、当時、祝宴に招かれた客は、横になって上半身を起こしながら食事をしていたと考えられます。続いて12:3節をご覧ください。
“そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。”
ナルドの香油とは、インド産の輸入品であり、植物の根から抽出した大変高価な香油でありました。私自身、その香りをかいだことはありませんが、恐らく一滴だけでも心を落ち着かせるような、大変良い香りであったに違いありません。ところが、マリアはそれを、1リトラ全て注ぎかけ、イエス様の足元を自分の髪の毛でぬぐいました。新共同訳聖書の巻末にあります度量衡の表によりますと、1リトラとは326グラムと書かれています。すなわちコップで二杯分に当たります。このナルドの香油1リトラの価値は、300デナリオンを下りませんでした。1デナリオンが一日の労賃と言われていますから、300デナリオンとは当時の平均、或いは平均以上の賃金を得ている人の年収に相当したということです。恐らく、このナルドの香油は彼女の持っていた全財産だったのではないでしょうか。その高価な香油を一気にイエス様に注いだのです。平行個所のマタイ福音書(26:7)と、マルコ福音書(14:3)には、「イエス様の頭に注いだ」となっていますが、ヨハネ福音書では足に塗ったとなっています。これは一体どういう事かと言いますと、マリアはイエス様の頭から足まで全身に香油を注いだと考えられます。その根拠は、マタイ福音書にしてもマルコ福音書にしても、注がれた香油を指して、イエス様は「わたしのからだに注がれた」と語っているからです。マタイ福音書26:12を調べてみましょう。
“この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。”
マルコ福音書でも同じように語られています。マルコ福音書14:8を調べてみましょう。
“この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。”
頭に注がれたはずの香油に対し、イエス様は「わたしの体に注がれた」と語っています。ですから本日のヨハネ福音書では、とりわけイエス様の足の部分に塗られた香油に着目して、それをマリアが自分の髪の毛で拭ったと報告していると考えられる訳です。聖書の中でベタニアのマリアは、常にイエス様の足元にいる者として描写されています。例えばルカ福音書10:39を調べてみましょう。
“彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。”
続いてヨハネ11:32を調べてみましょう。
“マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。”
いつもイエス様の足元にいたという、このマリアの描写は、マリアが「自分は主の僕である」ということをはっきり自覚していたということを表しているように見えます。自分は「主の僕である。」私たちもマリアのように信仰の告白をはっきりと持って主に仕える者とならせていただきたいと願います。

【2】. 感謝と献身の業
香油が注がれると、家一杯にその香りが満ちました。その豊かな香りは、まさにマリアのイエス様に対する言い尽くせない感謝と献身の思いが込められていると思います。しかし、それを見たイスカリオテのユダは「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか」と咎めました。マリアが高価な香油を何の惜しげもなく使ったことに腹を立て、マリアの尋常ではない行いに対し、何と愚かなことをしたのかと咎めているのです。ユダの言葉は至極当然な考え方だと思います。旧約時代においても、或いはこの福音書が書かれた初代教会の時から今日に至るまで、教会は常に貧しい人々を覚え、とりわけ寄留者、孤児、寡婦など、社会的弱者に対して施しをすることを忘れませんでした。ユダの言葉はとても理に適っています。ただ表面的には正しい主張でありますが、著者ヨハネは、この時のユダの心の動機について、6節で説明を加えています。ご覧ください。
“彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。”
つまり、この時のユダの関心は、香油を売って得たお金を自分の懐に入れることだったと言うのであります。彼は普段から主の金入れから、こっそり横領していました。主の金庫から、盗みを働いていたということです。これは何と畏れ多いことでしょうか。私たちはイスカリオテのユダが、魔が差して突然裏切りを働いたと考えがちですが、彼は普段からイエス様に仕えていたのではなく、この世の主人に仕えていたのです。ユダの言葉を受けて、イエス様はマリアの行いを弁護されました。7~8節をご覧ください。
“イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」”
「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。」イエス様は六日の後に、御自身が十字架に架けられることを御存知でありました。そのような孤独と緊張の中で、マリアの行いは本当に心が慰められ、有難かったのだと思います。ただ、当人のマリア自身は、決してイエス様の死が近づいていたことを察知して、葬りのための備えをしたのではないと思います。そして、この時のイエス様の苦しい心の内を、全て理解していたということでもないと思います。食事に招かれた来賓の足を水で洗うのは奴隷の仕事でありました。その仕事を買って出るかのようにマリアはナルドの香油をイエス様の足に塗り、自らの髪で拭ったのです。また、女性は人前では髪を覆いで隠したり、髪を結うのが、節度あるふるまいであり、慎み深さを表すものでありました。しかしマリアは人目をはばからず、髪をほどき、その髪でイエス様の足を拭いました。それを見た人々は何とふしだらな女だろうと感じたかもしれません。しかしマリアは人目を恐れず、ただイエス様への言い尽くせない感謝と献身の思いを表そうとして、このような尋常ではないことを行ったのです。「私たち家族のために、これほどまでに愛してくださったイエス様に、私は自分の持てる最高のものをもって応答したい!」そんな願いを無骨な行動に移したのであります。結果的にこのマリアの行いが、孤独と緊張と不安の中にあったイエス様を、どれほど励まし、勇気づけたことでしょうか。その行いは人々の目には尋常ではない行いに見えましたが、主の目には大変美しい業に見えたのです。マルコによる福音書では、マリアの行いに対しイエス様の次のようにお言葉が記録されています。マルコ14:9を調べてみましょう。
“はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。”
マリアの行いは、良い業として世界中どこでも記念として語り伝えられると言われました。イエス様のこのお言葉は、本日のヨハネ福音書12:3節の「家は香油の香りでいっぱいになった」という言葉と同じ意味を持っていると思われます。と言いますのは、聖書の中で「香り」とは、「良い名声」、「記念としての語り草」という意味を持っているからです。例えば2コリント2:15bを調べてみましょう。
“わたしたちはキリストによって神に献げられる良い香りです。”
福音を宣べ伝えている私たちが、良い香りだと言っています。続いて雅歌1:3 b(聖書協会共同訳)を調べてみましょう。
“あなたの名は注がれた香油。”
あなたの名前、それ自体が香油、すなわち「名声」であり、「記念として語り継がれるもの」だと言っています。マリアの行いによって、家の中に香りが満ち満ちたように、彼女の行いは名声となり、記念となり、世界中でどこででも語り伝えられるだろうと言っているのです。これは、マリアの業だけに限ったことではありません。今日に生きる私たちのイエス様に対する愛の献身の業が、イエス様をこれほどまでに感動させることが出来るということをも意味しているのです。私たちの献身の業が、それがいくら無骨なものであっても、イエス様は聖めて受け入れてくださるのです。
以前、宇都宮教会の牧師をしておられ、天に召された金田知郎先生という方がおられました。私は韓国から戻ってきて、神戸の神学校に編入した時にちょうど同級生となりました。金田先生は中学校の教員をしておられ、教会では執事として奉仕しておられました。50代後半になり教員を辞職され、神学校に献身されたのです。普通、神学生には学費と寮費が無料になるところでしたが、金田先生は奥様が未信者だったため、教師候補者としては認められず、学費も寮費も自費で払っておられました。さらに神学校在籍期間中に、たくさんの本を購入したため、その色々とかかった費用が一千万円もかかったと私に話してくれました。先生は神学校を卒業してもすぐに牧師にはなれず、しばらくの間、キングスガーデンという介護施設で仕事をしておられました。しばらくして、東部中会で、たとえ配偶者が未信者であっても教師候補者になることが認められることになり、ようやく金田先生は教師候補者として認められ、そして晴れて宇都宮教会に赴任されました。しかし、牧会を始められて五年後に天に召されてしまいました。先生に対する評価は色々あるかと思いますけれども、金田先生の献身は、神様の目に、大変美しいものに見えたに違いありません。

【適用】
私たちのイエス様に対する献身とは、どのような形ででも表現することができると思いますが、とりわけ改革派教会の中でよく教えられてきたこととして、「時間」と「賜物」と「お金」を捧げるということを挙げることができると思います。「時間」と「賜物」と「お金」です。時間というのは、私たちは神様から等しく時間を与えられていますが、この時間をすべて自分自身のために使うのではなく、神様のために、取り分けて主日には礼拝を捧げること、或いは兄弟姉妹と交わりを持ったり、共に祈るために時間を捧げるということです。第二に賜物です。賜物は一人ひとりそれぞれ異なりますが、それを持って神と教会に奉仕すると言うことです。神様の教会を建て上げるために、自分自身の賜物を積極的に捧げるようにいたしましょう。最後にお金です。私たちは神様の恵みによってそれぞれ収入が与えられています。どのような形であれ、それは神様から頂いたものであることを信じ、収入の十分の一を、恵みの応答として、そして神様への献身のしるしとして、献げるようにいたしましょう。イエス様は私たちの命を贖い、すべての罪を赦してくださいました。私たちをこのように愛してくださったお方に、私たちの感謝と献身をささげる時に、それがどんなに無骨なものであれ、イエス様はそれを清めて受け入れてくださり、十字架の福音を飾る香りとして、喜んでくださるのです。

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