2026年01月25日「神の国を今ここに」
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神の国を今ここに
- 日付
- 説教
- 小宮山裕一 牧師
- 聖書
ルカによる福音書 12章22節~34節
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聖書の言葉
それから、イエスは弟子たちに言われた。「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。」ルカによる福音書 12章22節~34節
メッセージ
日本キリスト改革派教会は今年創立 80 周年を迎え、「神の国」をテーマとする80周
年宣言を発表した。執筆者によるとその目的は「教会を元気にすること」である。しかし
この掛け声が必要なほど、今の教会には元気がないという現実がある。コロナ禍で失われ
た交わり、止まらない少子高齢化、財政の縮小、そして世界を覆う戦争や閉塞感。私たち
はこうした時代の空気を無視することはできない。
ルカによる福音書 12 章で、主イエスは「何を食べようか、何を着ようかと思い悩むな」
と語られた。これは精神論ではない。当時のパレスチナの民衆にとって、明日の食べ物は
文字通りの死活問題であった。老後への不安、健康への不安、孤独への不安。それらは現
代の私たちと何ら変わらない。主イエスは、不浄とされる烏でさえ神が養い、明日には燃
やされる野の花でさえ神が美しく装われることを示された。ここにあるのは「価値の論理」
である。私たちは烏よりもはるかに価値がある。不安の根源は「自分で何とかしなければ
生きていけない」という思い込みにあるのではないだろうか。しかし父なる神は、私たち
が願うより先に必要を知っておられる。
現代の教会が直面するもう一つの深刻な課題がある。教会に求道者が減ったという現
実である。人々は宗教的関心を失ったわけではない。しかし多くの人はインターネットで
有名牧師のメッセージを聞いて満足し、教会という場所には来ようとしない。その背後に
あるのは「所属欲求を減らしたい」という現代人の心理である。「神様は好きだけど、教
会はしんどい」。そう感じる人が増えている。濃密な交わり、聖書が教える共同体性が敬
遠されている。
これを「最近の若い人は忍耐がない」と非難して済ませることはできない。人々が
「所属したくない」と考えるに至った背景には、教会側の責任がある。教会を本当に安ら
ぎの場として整えてきたか。ハラスメントの問題はなかったか。一方的な価値観の押し付
けや同調圧力で若い魂を傷つけてこなかったか。私たちは主が愛された教会を人間的な組
織にしてしまい、主の羊たちを遠ざけてしまった。このことを深く悔い改めなければなら
ない。
しかし悔い改めは絶望ではなく、新しい始まりへの門である。80 周年宣言の解説で吉
岡先生(神戸改革派神学校教授)は「神の国には『神様らしさ』が満ちる」と語られた。
ルカ 12 章 32 節に「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる」
とある。ここに神様らしさがある。小さな群れを軽んじない眼差し、喜んで与えてくださ
る一方的な恵み、そして神の国という贈り物。教会が人間の集まりにとどまるなら、人は
所属を避ける。しかし神様らしさで満ちているなら、そこは「帰りたい場所」となる。神
の国は死後の天国だけではない。今、私たちが神を信頼し、互いに赦し合うとき、この場
所に神様らしさが満ちる。それが「神の国を今ここに」という標語の意味である。