今日の御言葉380 2026.4.22(水) だれでもわたしのもとに来なさい
マタイによる福音書 11章28節
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 マタイによる福音書 11章28節
これは、主イエス・キリストがお語りになった御言葉の中でも特にその恵みと慈しみが溢れ出ているものと言えます。ところがこれが語られる前に主イエスは、多くの奇跡が行われたにも拘わらず悔い改めなかった町々に対して、大変厳しい審判を語られ、そしてそのとき(25節)、この一連の御言葉を語られたのです。
主イエスは、誰か厳しい審判をする者が別にいて、それに対して御自分は柔和な(29節)優しい者として私たちを休ませると言っておられるのではないわけです。御自分に逆らう者たちへの厳しい審判の権限を持っておられますが、その方が一方では実に憐れみに満ちておられ、私たちを迎え入れようとしておられます。
この世にいる限り、私たちは様々なものに悩まされ、疲れ、重荷につぶされそうにさえなるかもしれません。現代は、紀元一世紀とはずいぶん時代状況が違っていますが、どんなに時代や習慣や生活環境が異なっているとしても、主イエスは神の御子として、誰でも迎え入れ、休ませることができる力を持っておられます。
それは単なる一時的な気休めではなく、私たちの魂の真の安らぎと罪からの救い、他の者が決して奪えない平安と祝福をもたらすものです。主イエスは、「わたしのもとに来る人を決して追い出さない」と言われました(ヨハネ6:37=聖餐式の招きの言葉)。
この約束を信じて主イエスのもとに来た人は、それが決して口先だけのものではなかったと味わうことになります。主は十字架の死と復活により、それが真実であると証ししてくださいました。
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