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今日の御言葉377 2026.4.1(水) 主の僕は苦しみの実りを見て満足される

イザヤ書 53章11節

「彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。

 わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために

 彼らの罪を自ら負った。」 イザヤ書 53章11節

 イザヤ書52:13から53:12までは「苦難の僕(しもべ)の歌」と呼ばれ、イザヤ書にある四つの「主の僕の歌」の最後のものです。苦しみを受けるある僕のことを歌っています。ここを読んだエチオピアの高官はそれが誰のことなのかわかりませんでした(使徒8:34)。しかしフィリポが説き明かした通り、他でもない神の御子イエスの受難を描き出しています(今日の御言葉333、359)。

 この箇所の主語は52:13~14が「わたし」、53:1~10は「わたしたち」、そして53:11,12は再び「わたし」となります。この「わたし」は「主」です。新改訳2017は、分かり易く「わたし」が語る節を「」で括っています。ただし8節にも「わたし」とありますが、「わたしたち」の代表者が言っているようにも読めます。

 この僕は、実りがあることを知っていて敢えて苦しみを受けます。その実りとは、彼の取り分としての「多くの人」を正しい者とすることで、そのためには苦しみを受けることを厭われず、その者たちの罪を担われ、実りを見て満足されるのです。

 ここには、十字架で苦しまれた主イエスが映し出されています。主は、私たちを罪から救うために死ぬだけではなく、その実り、取り分、戦利品とされます(12節)。私たちの罪を償ってくださるので、神の目から見ても正しい者としていただけます。

 十字架の主イエスを自分の主と信じる人は、主イエスが罪を償ってくださった「多くの人」の中に自分を見出せるのです。

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