今日の御言葉376 2026.3.25(水) 私たちが主と共に生きるために
テサロニケの信徒への手紙一 5章10節
「主は、わたしたちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。」テサロニケの信徒への手紙一 5章10節
主イエス・キリストが私たちのために十字架にかかって死んでくださったのは、私たちの罪を償うためであり、それは私たちを罪と死と滅びから救うためでした。
更に突き詰めると、私たちが主と共に生きるためです。主イエスは、永遠に生きておられますが、そこに共に生きる者としてご自分の者たちが一緒にいることを望んでおられるのです。私たちも、愛する者がいなくなったら悲しみます。人の死はその悲しみをもたらすもので、人の力ではそれはどうにもできません。
人間は、産めよ、増えよ、と命じられましたが(創世記1:28)、神に逆らって堕落し、死なねばならなくなりました。もしも主が人の罪をそのままにしておかれたら、やがてすべての人は死に絶え、滅び、主と共に生きる人間はただの一人もいなくなります。
天使はいるとしても、主はご自身のかたちに似せて造られた人間の罪を取り除き、そして共に生きる者となることを望まれたのです。そのために主イエスは十字架で死んでくださいました。
辱めと死の苦しみを受けてでも、私たちを罪から救い、まずこの世で私たちが目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるために、罪なき主は罪と死の力に打ち勝って復活されました。それだけではなく私たちも復活させ(4:16,17)、もはや堕落しない状態にして、この世でだけではなく永遠に主と共にいるようにしたいという主の愛が私たちに向けられていたのです。
この記事に添付ファイルはありません
