今日の御言葉393 2026.7.29(水) 神に願ったことは既にかなえられている
ヨハネの手紙一 5章15節
「わたしたちは、願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。」 ヨハネの手紙一 5章15節
この直前にヨハネは書いています。「何事でも神の御心にかなうことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる」と。それを踏まえないで15節だけ読んだとしたら、実際そんなことはないではないか、という人が出てくるかもしれません。しかしそれは、神を知らず信じない人の感想だということになります。
私たちが求めるべきことは、主イエスが主の祈りで示してくださいました。天の父の御名が崇められること、御国が来ること、罪の赦しが与えられること、悪から救い出されること、など。それらは完全に神の御心にかなっていることです。ということは、私たちが主の日には礼拝で、またそれぞれの生活の中で主の祈りを祈ることによって、この祈りは既に聞かれ、かなえられている、ということです。だからもう祈らなくても良いということではなく、目を覚まして常に祈りなさい、とも主は言われました。
高校生の頃、通学路で前を歩いていた生徒が「神様に祈ったけれど聞いてもらえていないから、もう願うのはやめた」と話している声が聞こえてきたことがありました。神様を信じるって、そんなことではないんじゃないかなあ、と思った覚えがあります。その人は漠然と自分の知らない「神様」に願っていたのでしょう。
翻って私たちも、主の祈りで願っていることは既にかなえられている、という信仰をもって祈っているかを省みさせられます。完成を目の当たりにする時が、ずっと後に待機しているわけです。
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