今日の御言葉6 2020.5.7(木) すべてを主イエスの名によって
コロサイの信徒への手紙 3章17節
「何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。」 コロサイの信徒への手紙3章17節
この聖句を最初に目にした時だったと思いますが、「そんなことは無理じゃないの」と思った記憶があります。
使徒パウロは、いろいろな教えや勧めを書いていますが、「すべて」「何をするにも」「何事も」「一切」「どんなことについても」という言い方をすることがあります。私たちは「できる範囲で」「なるべく」などと言われた方が助かりますが、「すべて」と言われると初めから白旗を上げたくなります。
私たちが「すべて」教えられたとおりに実行できたなら救われるのというのなら、それは無理な話です。しかし、主イエスが恵みによって救いを与えてくださったので、「すべて」と言い切ってパウロは私たちに勧めるのです。
自分が生きていることも、一日を始めることも、仕事や勉強を始めることも、楽しい時を過ごせるのも、もちろん福音のために労することも、すべては主イエスの恵みによって救われ、生かされているからだということです。だから主イエスの御名のもとにないことは何一つない、と言えるわけです。
昔、宗教改革者マルチン・ルターの書物を読み始めた時、冒頭に「イエス」と書いてあるものがあるのに気がつきました。主イエスについて初めに何か書くのかと思ったのですがそういうわけでもありませんでした。訳注を見て、ルターはこの聖句への従順を表わすものとして論文の冒頭に書いたのだということを知りました。
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