今日の御言葉388 2026.6.24(水) 主の計らいはいかに貴いことか
詩編 139編17、18節
「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴いことか。
神よ、いかにそれは数多いことか。数えようとしても、
砂の粒より多く、その果てを極めたと思っても
わたしはなお、あなたの中にいる。」 詩編 139編17、18節
作者は、この詩の冒頭で主が自分のことを究め、知っておられる、とまず告白します。主は人の日頃の立ち居振る舞いも知り、心の中での計らいも悟っておられます(1,2節)。人はいろいろ計らいますが、あらゆることをすべて見通せる人などいません。どれほど知恵のある賢い人が計らったとしても、想定外のことがしばしば起こります。しかし人にとっては暗闇だとしても、主の前では闇とは言えないとも言います(12節)。
そして主の計らいは貴く、砂粒よりも数多いと作者は言います。作者は人間の体のことを述べていますが、人体の仕組みの複雑さは驚くべきものです。取り込んだ食物の養分を分解し、吸収し、血液が酸素を体中に運ぶ。それだけを考えても、何と深い計らいに満ちていることでしょう。
人類の歴史と世界の国々の興亡をみても、そこには主の深い計らいがあります。救い主が一世紀のユダヤの国にお生まれになったこともまた主の最大のお計らいと言えるでしょう。
一人一人への主の計らいを私たちは手に取るようには計れません。しかし数え切れず、計り切れなくても、その計らいは慈しみ深い主の御手によっています。天地の主なる神を主と仰ぎ、その計らいに身をゆだねる者は幸いです。
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