週報コラム 2026.1.25
神の栄光の反映であるキリスト
「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。天にあるものも地にある者も、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。」コロサイの信徒への手紙1:15,16
神の御子イエス・キリストは、「神の栄光の反映」です(ヘブライ1:3)。本来、神という方を人は見ることができません。神は、「唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です」(Ⅰテモテ6:16)。ここでは、光の中に、とありますが、被造物がある場所で存在するというように、神もある場所に縛られて存在すると考える必要はありません。どこか宇宙の果てのような所に神の住まいがあって、そこに行かないと会えないというようなことではないわけです。旧約聖書では、神を見た者は死ぬ、とも言われています(出エジプト33:20)。
通常、人が見ることのできない神を現わしてくださったのが神の御子イエス・キリストです。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」(ヨハネ1:18)。
主イエスも自ら言われました。「わたしを見た者は、父を見たのだ」(同14:9)。
この方が万物の創造者で、神の本質の完全な現れであり、ご自分の御言葉によって万物を支えておられます。永遠からおられ、万物を創造する力をお持ちの方が、あえて人となられて十字架で死なれ、「人々の罪を清められた後」、父なる神の右の座にお着きになりました(ヘブライ1:2,3)。
私たちは空を見上げると、宇宙の広大さを思い知らされます。それに対して人間は何と小さなものでしょうか。しかしその人間を、神はご自身のかたちに似せて造られました。そして御子は人となってこの世にお生まれになり、地上を歩まれました。神は私たちを宇宙の中のちっぽけな、塵に等しいものとして造られましたが、同時にその人間に深く御心を留めてくださっています。果てしない夜空と星々ではなく、それを見上げる人間に呼びかけ、召し出されます。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい」(創世記12:5)。ここでは無限に広がる宇宙と巨大な星たちも、神の民が増え広がることを示すための道具なのです。
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