週報コラム 2026.1.4
十戒が命じられている理由 ウェストミンスター小料理問答44
「無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、召し出してくださった聖なる方に倣って、あなた方自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。『あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである』と書いてあるからです。」 ペトロの手紙一 1:14~16
大会では、ウェストミンスター・リーディングプロジェクトを行っています。中会や各教会でウェストミンスター信条を読み、学ぶことに力を入れようというものです。昨年はウェストミンスター信条(信仰告白・大・小教理問答)の合本も発行されました。このところ礼拝での信仰告白はずっとウェストミンスター小教理問答ですが、ハイデルベルク信仰問答の関連する個所を読んでみると、詳しく書かれているところなどもありますので、時に開いてみることをお勧めします。
ウェストミンスター小教理問答の問44は、「十戒の序言は、私たちに何を教えていますか」と問います。そして、私たちは神のすべての戒めを守らなければならないことを教えている、と答えています。その理由は、「神は主であり、さらに、わたしたちの神また贖い主でもあられる」からです。
これは、十戒の戒めをキリスト教会でも朗読したり学んだりする理由でもあります。主は厳しく戒めを守りなさいと命じて、私たちを厳格な掟で縛ろうとしているわけではありません。
救い主イエス・キリストが私たちのためにしてくださったことの大いなることを思えば、私たちに何が命じられたとしても、それは決して厳し過ぎるものではありません。私たちが何をもってその恵みに応えたとしても、救いの大きさに比べれば、いくら私たちが善い業を積み重ねたとしても、まったく及ばないからです。
守らなければ神の家から追い出すということではありません。神が私たちの神となり贖い主であるということは、もう決して追い出されないという意味です(ヨハネ6:37)。神の子どもとしての身分を獲得するために厳しく戒めを守らねばならないのなら、大変なことで、一生かかっても無理な話です。しかし、神の御子キリストが神の子どもとなれる資格をくださいました(ヨハネ1:12)。それをいただいて感謝している者の、神の子どもとしての相応しい歩み方を教えているのが十戒の教えです
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