聖書の言葉 10:43 あなた方の間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。10:44 あなた方の間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。10:45 人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖い(あがない)の代価として、自分の命を与えるために来たのですマルコによる福音書 10章43節~45節 メッセージ 今日は、私たちの生き方として、人に仕えることの大切さを学びたいと思います。 もう大分前のことですが、当時、私が働いていた淀川キリスト教病院の関係で親しくして頂いていました帰国中のアメリカ人宣教師ご夫妻から、アメリカでその頃起ったある事件に触れた熱いメールが何度も来ました。そして新聞切抜きとタイム誌のコピーまで送られてきました。そこで私も読みました。興味深い内容でしたので、今日はそれを少し紹介させて頂きます。 2005年3月半ばのある日の未明、女性1人を強姦し、男女4人を殺した凶悪犯ブライアン・ニコルが銃を持ち、26歳の女性アシュリー・スミスさんをアトランタの彼女のアパートに7時間監禁しました。彼女は縛られ、浴槽の中に入れられました。男は彼女に「言う通りにすれば、傷つけない」と言いましたが、どんなに怖かったことでしょう。 しかし、彼女は彼の中に傷付いた魂を見ました。実は彼女もこの時、夜中の2時ですのに煙草を買いに出て事件に遭遇したのであり、彼女自身の魂も傷を持っていました。 そこで、彼女は自分のことを彼に静かに話しました。夫を亡くした後、薬物に溺れ、猛スピードで飲酒運転をし、5歳の娘の養育権を叔母に譲ったことなど、人としての傷を彼に話しました。 それと共に、彼女は当時、米国でよく読まれ、日本語にも訳されていますリック・ウォレン牧師の本、『The Purpose Driven Life-What on earth am I here for?』(「目的ある人生-一体、何のために私はここにいるのか」、邦訳『人生を導く五つの目的-自分らしく生きるための40章』)という本の33章を彼に読み、朝食も作ってあげました。 彼は自首しました。彼は彼女を神から遣わされた天使またキリストにあっての姉妹であり、神が彼を彼女の所に導いたとまで言いました。 ごく普通の若い女性が一人で、それも聖書とキリスト教の本だけで凶悪犯を救ったということで、話は全米に伝わり、いつもはキリスト教に冷笑的なタイム誌までが論評を載せたのです。 では、その本の33章はどんな内容でしょうか。「まことのしもべはどのように行動するのか」という題の所で、「私たちは人に仕えることを通して神に仕える」という言葉から始まり、聖書の教えが分りやすく展開されています。抜粋してみます。 「この世では、人の偉大さは権力、所有物、名声、地位などによって決まる。…が主イエスは、人の偉大さはその人の社会的地位によってではなく、その人がどれだけ仕えているかという観点で測られるべきだと言われた。…リーダーシップに関する本なら数え切れないほど出回っているが、人に仕えることをテーマにした本は殆ど見当らない。…神はあなたを、自己中心的な生き方をするためにではなく、仕えるという目的のために造られたことを思い出してほしい。…しもべとしてのあなたの心構えが、あなたの成熟度を明らかにする。…神があなたの前に助けを必要としている人を置かれる時、神はあなたに成長の機会をお与えになっているのである。…人に仕えるという大切な機会は、いつまでもあるものではない。そのような機会はすぐ去って行き、二度と戻って来ないかも知れない。…だから、その機会を逃さないようにしなければならない。…偉大な働きをする機会は、しばしば小さな仕事を装って訪れる。…神はある目的をもってあなたを今いる所に導かれた。」 こうして見てみますと、彼女アシュリー・スミスさんは、この本の通り、神が目的をもって、すなわち、凶悪犯ブライアン・ニコルに仕えるために彼女をここに置かれたのだということを思い、時を逃さず彼に仕えたのでした。 また、今まで生きる目的を見出せなかった彼も、彼女の仕える姿とその本に教えられ、人に仕えるという神からの自分の本当の生きる目的を示され、救われて人生のやり直しをすることができたのでした。 イエスは言われます。マルコの福音書 10:43~45「あなた方の間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。あなた方の間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖い(あがない)の代価として、自分の命を与えるために来たのです。」 人に仕えるという大切な目的をもって神は私たちを造られ、私たちが実際にそう生きることを強く願っておられます。そして私たちが主イエスに倣い、愛とへりくだりをもって人に仕える時、神は私たちを通して具体的に人に働かれ、私たち自身も一層神に喜ばれる者にされ、霊的成長と成熟を許されます!何という幸いでしょう!改めてこの大切なことをしっかり覚えたいと思います。 関連する説教を探す 2026年の祈祷会 『マルコによる福音書』
今日は、私たちの生き方として、人に仕えることの大切さを学びたいと思います。
もう大分前のことですが、当時、私が働いていた淀川キリスト教病院の関係で親しくして頂いていました帰国中のアメリカ人宣教師ご夫妻から、アメリカでその頃起ったある事件に触れた熱いメールが何度も来ました。そして新聞切抜きとタイム誌のコピーまで送られてきました。そこで私も読みました。興味深い内容でしたので、今日はそれを少し紹介させて頂きます。
2005年3月半ばのある日の未明、女性1人を強姦し、男女4人を殺した凶悪犯ブライアン・ニコルが銃を持ち、26歳の女性アシュリー・スミスさんをアトランタの彼女のアパートに7時間監禁しました。彼女は縛られ、浴槽の中に入れられました。男は彼女に「言う通りにすれば、傷つけない」と言いましたが、どんなに怖かったことでしょう。
しかし、彼女は彼の中に傷付いた魂を見ました。実は彼女もこの時、夜中の2時ですのに煙草を買いに出て事件に遭遇したのであり、彼女自身の魂も傷を持っていました。
そこで、彼女は自分のことを彼に静かに話しました。夫を亡くした後、薬物に溺れ、猛スピードで飲酒運転をし、5歳の娘の養育権を叔母に譲ったことなど、人としての傷を彼に話しました。
それと共に、彼女は当時、米国でよく読まれ、日本語にも訳されていますリック・ウォレン牧師の本、『The Purpose Driven Life-What on earth am I here for?』(「目的ある人生-一体、何のために私はここにいるのか」、邦訳『人生を導く五つの目的-自分らしく生きるための40章』)という本の33章を彼に読み、朝食も作ってあげました。
彼は自首しました。彼は彼女を神から遣わされた天使またキリストにあっての姉妹であり、神が彼を彼女の所に導いたとまで言いました。
ごく普通の若い女性が一人で、それも聖書とキリスト教の本だけで凶悪犯を救ったということで、話は全米に伝わり、いつもはキリスト教に冷笑的なタイム誌までが論評を載せたのです。
では、その本の33章はどんな内容でしょうか。「まことのしもべはどのように行動するのか」という題の所で、「私たちは人に仕えることを通して神に仕える」という言葉から始まり、聖書の教えが分りやすく展開されています。抜粋してみます。
「この世では、人の偉大さは権力、所有物、名声、地位などによって決まる。…が主イエスは、人の偉大さはその人の社会的地位によってではなく、その人がどれだけ仕えているかという観点で測られるべきだと言われた。…リーダーシップに関する本なら数え切れないほど出回っているが、人に仕えることをテーマにした本は殆ど見当らない。…神はあなたを、自己中心的な生き方をするためにではなく、仕えるという目的のために造られたことを思い出してほしい。…しもべとしてのあなたの心構えが、あなたの成熟度を明らかにする。…神があなたの前に助けを必要としている人を置かれる時、神はあなたに成長の機会をお与えになっているのである。…人に仕えるという大切な機会は、いつまでもあるものではない。そのような機会はすぐ去って行き、二度と戻って来ないかも知れない。…だから、その機会を逃さないようにしなければならない。…偉大な働きをする機会は、しばしば小さな仕事を装って訪れる。…神はある目的をもってあなたを今いる所に導かれた。」
こうして見てみますと、彼女アシュリー・スミスさんは、この本の通り、神が目的をもって、すなわち、凶悪犯ブライアン・ニコルに仕えるために彼女をここに置かれたのだということを思い、時を逃さず彼に仕えたのでした。
また、今まで生きる目的を見出せなかった彼も、彼女の仕える姿とその本に教えられ、人に仕えるという神からの自分の本当の生きる目的を示され、救われて人生のやり直しをすることができたのでした。
イエスは言われます。マルコの福音書 10:43~45「あなた方の間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。あなた方の間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖い(あがない)の代価として、自分の命を与えるために来たのです。」
人に仕えるという大切な目的をもって神は私たちを造られ、私たちが実際にそう生きることを強く願っておられます。そして私たちが主イエスに倣い、愛とへりくだりをもって人に仕える時、神は私たちを通して具体的に人に働かれ、私たち自身も一層神に喜ばれる者にされ、霊的成長と成熟を許されます!何という幸いでしょう!改めてこの大切なことをしっかり覚えたいと思います。