2026年02月05日「ここに希望がある 3 永遠の命」

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聖句のアイコン聖書の言葉

6:23 罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命です。ローマの信徒への手紙 6章23節

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 ここ2回ほど希望について学んで来ました。希望が人間にとって如何に大切かということ、しかし、究極の希望は万物の造り主なる真(まこと)の神にのみあり、また神の恵みにより御子イエスを通して与えられる色々な希望の中で、前回は罪の赦しについて学びました。

 人は死後、神の裁きの座に立つことを多くの人は知ろうとしませんし、考えようともしません。確かにこれをまともに考えると、私たちは絶望的にならざるを得ないでしょう。今まで一度も罪を犯さなかった人など、一人もいないからです。まして、私たちが口にした悪い言葉も心の中の思いも皆ご存じの神の前に大丈夫な人など、どこにいるでしょう。

 しかし、救いを心底望んでいるなら、私たちは決して絶望する必要はありません。神の御子イエスがおられ、御子を遣わされた真の神には赦しがあるからです。詩篇130:3、4は言います。「主よ、あなたがもし、不義に目を留められるなら、主よ、誰が御前に立てるでしょう。しかし、あなたが赦して下さるゆえに、あなたは人に恐れられます。」

 主イエスを救い主として心から信じ、受け入れ寄り頼む者には、神御自身による罪の赦しの確かな希望があります。

 さて、神による二つ目の希望に進みます。それは永遠の命です。

 人は何故死ななければならないのでしょうか。ローマ人への手紙6:23はその理由を言います。「罪の報酬は死です」と。つまり、人類が造り主なる神に背き、命の源なる神との関係が絶たれたため、人は皆、誕生の瞬間から死を背負って生きる者になりました。遅いか早いかの違いはありますが、皆いつか必ず死にます。

 このことは、私たちの人生観に大きな影響を与えていると思います。ですから、人間には本当の所、何をやっても空しさや虚無感が付きまとい、また死への深い恐れが常に心の底にあるのだと思います。死ねば何もかも終りなら、私たちが一生懸命生きることに何の意味や目的があるでしょう。空しいです。しかし、だからといって、死ぬのはイヤですし、怖い!これが人間の偽らざる姿だと思います。

 しかし感謝なことに、聖書は私たちにハッキリ希望のあることを示します。絶望する必要はありません。ご自分の御子を賜ったほどに私たちを愛して下さっている天の父なる神からの永遠の命の約束があるからです。すなわち、御子イエスを自分の救い主として只々心から信じ、依り頼む人には、イエスが復活によって示された最高の贈り物、永遠の命を、神が御子イエスを通して与えて下さるからです。

 いつか私たちは世を去ります。しかし、神は御子イエスを信じる者に永遠の命をお与え下さいます。ローマ人への手紙6:23は言います。「神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命です!」

 今までの私たちがどんな人間であり、どんなことをしてきた者であっても、自分の罪と不信仰を心底悔い改め、御子イエスを自分の救い主として心から信じ、依り頼むなら、私たちは罪を全て赦されることに加え、神の子供とされ、いつ、どこで死んでも、愛に満ちた神と共に、また神の愛の内に永遠に生きることを許されます。

 神は私たちを御自分の許(もと)に迎え入れ、私たちは神をいわば永遠の住いとして安らぐことができるのです。申命記33:27は信仰者にこう語ります。「いにしえよりの神は、住まう家。下には永遠の腕がある。」

 イエスは、十字架にかかられる前夜、弟子たちに言われました。ヨハネの福音書14:1、2「あなた方は心を騒がせてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。私の父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなた方のために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。」イエスは、御自分を信じる者に永遠の天の住いを用意しておられます。これが御子イエスのお約束です。

 私は幼い頃、鶏の餌となる草を毎日河原で刈ってくるのが日課でしたが、これがイヤでした。しかし、警察官をしていた父に「明日は非番だから、~へ連れて行ってあげる」と言われますと、嬉しくて急に元気が出て頑張れました。人間は、未来に希望がありますと頑張れます。死んで一切が終りではなく、主と共に生きる永遠の命が待っていることは、私たちの人生にどんなに大きな力を与えることでしょうか。

 イエス・キリストへの信仰に忠実に生き、第二次世界大戦の折、ナチスに抵抗して捕えられ、1945年4月9日の早朝、フロッセンビュルク強制収容所で39歳で処刑されたボンヘッファーの最後の言葉はこうでした。「これが最後です。私にとっては命の始まりです。」彼には神の御子イエスによる永遠の命の確たる希望があり、事実、永遠の命の世界へ移って行きました。

 イエス・キリストの福音が私たちに与え、また私たちをこの悲しみと不条理に満ちた世にあっても尚支え、雄々しく生かす希望の二つ目は永遠の命です。ご一緒にこの希望と確信に支えられつつ、主イエスの御足の跡を踏みしめて行きたいと思います。

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