2025年07月17日「主の祈りの学び35 第六の祈願7」
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主の祈りの学び35 第六の祈願7
- 日付
- 説教
- 田村英典 牧師
- 聖書
マタイによる福音書 6章9節~13節
聖書の言葉
6: 9 ですから、あなた方はこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。
6:11 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
6:12 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。
6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。 マタイによる福音書 6章9節~13節
メッセージ
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主の祈りを今日も学びます。通算では35回目、13節の「私たちを試みにあわせないで、悪からお救い下さい」という第六祈願の学びでは7回目となります。
前々回と前回同様、1647年に作られましたウェストミンスター大教理問答(宮崎彌男訳)の問195から学びますが、今日は後半の最後の所を見ます。前半部分で、私たちの罪と弱さを深く自覚させた上で、大教理問答は後半でこう言います。長いですが、読みます。「神が世界とその中にある全てのものを支配し、肉を従わせ、サタンを抑制し、万事を統御し、恵みの手段を残らず与えて祝福し、私たちが目を覚ましてこれを用いるようにと奮い立たせ、その結果、私たちと全ての神の民が、神の摂理によって、罪に誘われることから守られるようになること、たとい誘われても、御霊によって、力強く支えられて、試みの時に立っていることができるようになること、あるいは、倒されてしまった時には、再び起き上がらされ、誘惑から立ち直らされて、これを益となるように、きよく用いることができるようになることです。」
そして、大教理問答は最後にこう言います。「さらに、私たちは、自分たちの聖化と救いとが全うされ、サタンが私たちの足の下に踏みにじられ、私たちが罪と誘惑と悪そのものとから、完全かつ永遠に解放されるようになるようにと祈ります。」
ここに私たちは、主の祈りの第六祈願に関連して大切なことを改めて教えられます。つまり、大教理問答が、非常に積極的な信仰によりこの祈りを受け止め、解説していることです。
第一に、「私たちは、自分たちの聖化と救いとが全うされるように」と祈ります、と言います。聖化、つまり私たちのきよめ、そして救いが、いくらか進むようにではなく、「全うされる」ことを求めるようにと教えます。
無論、地上では完全聖化のないことを、私たちは知っています。しかし、だからといった、最初から半ば諦め、しっかり求めもしないでいるのは、神の御心ではありません。実際、大教理問答がここで証拠聖句として上げているⅡコリント13:7、9はこう言います。「私たちは、あなた方がどんな悪も行うことがないように、神に祈っています。…あなた方が<完全な者になること>、このことも私たちは祈っています。」
神は、私たちが試みと悪に負けず、私たちの聖化と救いが全うされることを願っておられます。ほどほどのレベルではなく、完全な者となることを、天の父なる神は願っておられるのです!これを改めてハッキリ覚え、熱心に祈り求めたいと思います。
第二に、大教理は「サタンが私たちの足の下に踏みにじられ」と教えます。ここでも大教理問答は証拠聖句を上げていますので、読んでおきます。ローマ16:20です。「平和の神は、速やかに、あなた方の足の下でサタンを踏み砕いて下さいます。」共同訳聖書はこう訳しています。「平和の神が、サタンをあなた方の足元で速やかに打ち砕かれるでしょう。」
私たちはサタン・悪魔がどんなに巧妙で恐るべき存在であるかをよく知っています。何度も引用しますが、Ⅰペテロ5:8は「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたの敵である悪魔が、吠えたける獅子のように、誰かを食い尽くそうと探し回っています」と教えています。
だからといって、私たちはサタンのことで、ただ逃げるように「助けて下さい」と神に祈るだけでなく、既にサタンに完全に勝利しておられる主イエスに堅く結びつき、主の御教え(みおしえ)に忠実に従うなら、私たちは主イエスと共にサタンをやがて必ず足の下に踏みにじることを許されるのだと確信した上で祈るのです。第六祈願を唱える時、この勝利を改めて確認し、確信し、信仰の帯を固く締め直して、皆で祈りたいと思います。
最後、第三に大教理問答が言いますように「私たちが罪と誘惑と悪そのものとから、完全かつ永遠に解放されるようになるように」と、大胆に祈りたいと思います。繰り返します。罪と誘惑と悪そのものとから「完全かつ永遠に」解放されることです。
第一点でも同じでしたが、私たちは自分が罪と誘惑と悪そのものから、ある程度解放されれば十分なのではありません。聖書はそんな中途半端なことを教えてはいません。前にも引用しましたが、Ⅰテサロニケ5:23、24は言います。「平和の神ご自身が、あなた方を<完全に聖なるもの>として下さいますように。あなた方の霊、魂、体の全てが、私たちの主イエス・キリストの来臨の時に、責められる所のないもものとして保たれていますように。あなた方を召された方は真実ですから、そのようにして下さいます。」
主イエス・キリストから離れず、主に堅く結びついていることで、罪と誘惑と悪そのものから、やがて「完全かつ永遠に」解放されることを期待し、確信して、第六祈願を力強く祈りたいと思います。
「私たちを試みにあわせないで、悪からお救い下さい。」「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ。」(文語訳)