◆日本キリスト改革派教会 平和宣言 連続講解説教

「平和の宣言を学ぶ~今という時代を見つめる~」  創世記2章15~17節、3章1~19節    2024.4.21
 
 序.
 改革派教会は、昨年10月「平和の福音に生きる教会の宣言(平和宣言)」を採択しました。私たちは聖書が語る平和について考えていくことをしなければなりません。

Ⅰ.現状の確認
 世界から戦争がなくなるとの希望もあったのですが、2022年2月にロシアがウクライナに対して戦争を始め、また昨年秋からイスラエルがパレスチナのガザに戦争を始めました。また今、イスラエルとイラン・中東全体において不穏な動きがあります。
 だからこそ、「今、平和を語らなければならない」と言われることはごもっともなことです。しかし私たちは、オウム返しに「戦争反対・平和を実現せよ」と叫んでいても、平和を実現することはできませんし、多くの人の協力を得ることはできません。
 「キリスト教会こそが排他的で、戦争をしてきたのではないか」とも語られる事実を無視してはなりません。イスラエルがパレスチナに対して戦争することを、キリスト者の中にも賛同する人がいますが、その新約聖書の解釈の誤りであることを指摘するように、過去のキリスト教会が主導して行った戦争をも、私たちは聖書により「否」と言わなければなりません。
 この平和の宣言を学ぶにあたり、「なぜ人間は争い・戦争を行うのか」をテーマに掲げ、3つのことを確認していきたいと思います。
 Ⅰ.人間は罪人である(全的堕落)
 2.旧約聖書における聖絶とイスラエル
 3.新約聖書が語る平和と現状・
   神の国に向かう私たち

Ⅱ.神によって創造された人
 最初に「人間は罪人である」ことを確認しなければなりません。
 最初に創世記2章・3章をお読みしましたが、その前に、1:26~28を確認しなければなりません。人の創造についてです。
 人は三位一体の神にかたどり、神に似せて造られました(創世記1:26-28)。神との愛の交わりの内に、生きる者、つまり死ぬことのない者として創造されました。ここには罪はなく、争いもありません。主なる神を誉め讃え礼拝し、隣人を愛する者でした。
 主なる神は、愛する人間に対して、一つの約束を求めました。生命の契約と呼ばれます(創世記2:16-17)。人は神の求めを適切に判断する能力をも身につけていました。

Ⅲ.全的堕落
 しかし人が蛇の誘惑により罪を犯しました(創世記3:1-19)。ここで語られていることは、最初の人の1回限りの罪です。しかし最初の罪は、彼らから普通に生まれるすべての人に罪の性質が引き継がれ、原罪と現実罪により、すべての人は主の御前に罪を犯します(参照:ウェストミンスター小教理問16-19)。
問18 人間が堕落して陥った状態の罪性は、どのような点にありますか。
 答 人間が堕落して陥った状態の罪性は、アダムの最初の罪の罪責と、原義の欠如と、一般に原罪とよばれている、人間の全本性の腐敗、および、原罪から生じるすべての現実の違反、とにあります。
問19 人間が堕落して陥った状態の悲惨とは、何ですか。
 答 全人類は、かれらの堕落によって神との交わりを失い、今では神の怒りと呪いのもとにあり、そのため、この世でのあらゆる悲惨と、死そのものと、地獄の永遠の苦痛を免れなくされています。
 そして神を知らない人たちは、主の恵みに留まることがないため、自らの欲望・罪が満ち、人を支配し、自らの名声を高めようとします。このとき、独裁者が生まれ、敵対する人と争い、戦争が生じます。
 だからこそ、「戦争反対」、「平和を実現しよう」とただ語ったとしても、相対的にムーブメントとして平和運動が広がったとしても、時代の変化と共に、独裁者の行動を阻止することはできず、戦争となります。

Ⅳ.キリスト者として平和を語るために必要なこと
 そのために私たちに求められることは、信仰の枠を超えて、平和を唱える人たちと共闘することであり、同時にキリスト者が、聖書に基づいて平和を神学することです。
 キリスト者は、旧約における聖絶の意味・キリスト教の名において戦争を行ってきたことの誤り・今、イスラエルがガザを攻めていることを賞賛するキリスト者がいる中、なぜ私たちが反対するのかを応えることができなければ、人は付いてきません。
 そのために私たちは、聖書の真理を理解することから始めなければなりません。聖書が語る罪、そして神の愛の根本原理を理解し、新約に生きる私たちが、キリストの十字架の贖いにより罪が赦されていること、主が隣人を愛すること、罪を赦し和解することを語り続けなければなりません。
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