2023年04月09日「岸辺に立つイエス」

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聖書の言葉

ヨハネによる福音書 21章1節~14節

メッセージ

熊本伝道所礼拝説教2023年年4月9日(日)

ヨハネによる福音書21章1節~14節「岸辺に立つイエス」

1、

 主イエス・キリストのめぐみと平和が豊かにありますように。主の御名によって祈ります。今朝の礼拝はイースター礼拝として捧げています。あらためてイースターのご挨拶を致します。イースターおめでとうございます。

 ご覧の通り、わたくしは、今朝は特別のネクタイをしてきました。一年で一回だけこのような特別なネクタイをします。イースターは、主イエス様の復活を祝う日であり、教会に取って特別な日であるだけでなく、最も大切な日であると言ってよいからです。

イースターは、実は、クリスマスよりも大切な日であります。なぜならば、主イエス様が復活なさった、復活してくださったからこそ、12弟子たちは解散せずに、教会を建てることが出来ました。主イエス様が今も天で生きておられるからこそ、わたしたちは信仰生活を送ることが出来るからです。そもそも、キリスト教会が、ユダヤ教の安息日である週の終わりの土曜日ではなく、週の初めの日曜日を主の日と定め、主の日ごとに礼拝を捧げるようになりましたのも、主イエス様が、週の初めの日に復活なさったからであります。

 さて、このヨハネによる福音書の21章は、時としてヨハネによる福音書の付録のようだと言われることがあります。なぜかと言いますと、このすぐ前の20章で福音書全体がいったん終わっているように見えるからであります。確かに、すぐ前の20章30節31節は、なんとなくあとがきを思わせるような書きぶりです。

お読みします。30節からです。

「このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたがイエスは神の子であると信じるためであり、また信じてイエスの名により命を受けるためである。」

優れた音楽といいますのは聴いていて、ああ終わりに近づいたとすぐにわかるような終わり方をします。今お読みしたみ言葉は、確かに、「これでペンを置きます」と言わんばかりです。

 けれどもヨハネは、ここで書き終わらないで、さらに筆を進めたのであります。そして、ティベリア湖、別名ガリラヤ湖ですが、その湖畔における復活の主イエスと弟子たちとの出会いを記しました。それが21章です。どうしてもこれを書かないではおれなかった大切な記憶であったのです。そして、そのあとで、やっと筆を終えています。その上で21章の最後に至りまして、本当のあとがきを書き記すのであります。

ヨハネによる福音書の最後のところ21章25節をお読みします。

「イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。」

 ずいぶんと大げさないい方ですが、もうこれ以上は書きません、ここまでで筆をおきます、という明確な終わり方を示しております。

 つまりヨハネによる福音書は、20章の終わりでいったん終わりを予告しながら、さらにもう1章を書いて、21章でやっと終わる、このような書物となっています。

21章には、ガリラヤ湖畔で復活の主イエス様が待っていて下さったこと、そしてそれに続く弟子たちとの対話、とくにペトロとの語り合いが記されています。これらのすべては、復活の主イエス様が弟子たちにしてくださったことです。しかし、同時に、ここに記されている主イエス様のお姿、またみ言葉の一つ一つが、わたしたちに対する主イエス様のお姿であり、御言葉であります。

今朝の場面では、弟子たちは明らかに元気をなくした姿示しています。わたしたちもまた、ときに元気をなくしてしまうことがあります。主イエス様は、夜明けの岸辺ですっかり行き詰まった弟子たちを待っておられました。それは、わたしたちが行き詰まる時にも主イエス様は、わたしたちを愛し、励ましてくださることを表しています。今朝は、わたしたちを夜明けの岸辺で待っていてくださる復活の主イエスのお姿を心に刻み、その恵みにあずかりたいと願います。

2、

ペトロは3節でこういいます。「わたしは漁に行く」。そうしますとほかの6人の弟子たちも従います。「わたしたちも一緒に行こう」

 彼らが漁に出てゆきますのは故郷ガリラヤでの生活のためであった可能性があります。別の言い方をすれば、彼らはもともと漁師ですから、元の姿に返ったということもできるでしょう。そしてその姿は主の派遣に従って福音宣教に燃えているというような姿ではないように思えます。

このような姿と言いますのは、決してわたしたちと無関係であるようには思えません。わたしたちもまた伝道のために、この世に派遣されていますが、ときにがっかりするような経験をするのです。夜通し漁をしたけれども、何も取れない、何の成果も得られない、そんな体験をするのです。

弟子たちは徹夜で漁をしましたが、魚は一匹も網にかかりません。夜明けになり、舟が岸に近づいたころ、復活の主イエス様が岸辺に現れます。しかし、彼らの目はふさがれていて、主イエス様だとわからなかったと書かれています。しかし、主イエス様は、夜明けの岸辺で待っていてくださるのです。

 主イエス様が、彼らを福音のための器として最初に召しだしたのがガリラヤでした。人間を取る漁師にしよう、わたしに従ってきなさいとみ言葉を与えられ、彼らは直ちに従いました。

 ところが、この21章では弟子たちは、二週にわたって与えられた復活の主イエスとの出会いが、まるでなかったかのようなありさまでガリラヤにおります。本来彼らは主イエス様の弟子として世に遣わされるはずでした。しかし今は方向性を失ってしまったようです。故郷に帰り、主イエス様と出会う前の漁師の生活に再び戻っているようなのです。

彼らには、あの十字架の時に弟子たちは主イエス様を見捨てて逃げてしまったことの挫折感がありました。リーダーのシモン・ペトロも大祭司の屋敷までは行ったのですが、そこではっきりと主イエスを否定してしまいました。鶏が三度鳴いたときに流したペトロの涙、それは、自らの弱さと罪とを間に当たりにした悔し涙でした。

 今朝のみ言葉の最後の14節にこうあります。

「イエスが死者の中から復活した後。弟子たちに現れたのは、これでもう三度である。」

マグダラのマリヤとの個人的な出会いは別にして、確かに弟子たちの全員、あるいは大半の者が集まっているときに姿を現されたのは、これで三回目と数えることが出来ます。

 ヨハネによる福音書は数を大切にします。洗礼者ヨハネがやがて来られるメシヤを予言してから7日目に、主イエス様は最初の奇跡をなさいました。そしてカナの婚礼という最初の奇跡からラザロの復活まで七つの奇跡を記してゆきます。そして最後の復活の主イエス様との出会いは三度描かれます。この三度には意味があるのです。三は完全を表します。三度は繰り返しを表します。復活の主イエス様との三度の出会いを通して、彼らは少しずつ癒され、力を与えられ、整えられてゆくのです。彼らには三度の出会いが必要だったのです。

わたしたちは主イエス様の恵みをいただいて、元気いっぱい、力強く歩みだすかと思えば、時には失敗をして、その恵みがなかったかのように元気を失ってしまうことがあります。しかし、主イエス様は繰り返し、繰り返し、教会を慰め、励まし、力を与え下さるのです。教会に完全な力を何度も注いでくださるのです。

 

3、

 弟子たちは、船に乗って漁から帰ってきました。ガリラヤ湖の岸辺から二百ぺキス、90メートルのところまで来たとき、主イエス様が岸においでになり、こう言われます。「子たちよ、何か食べ物があるか」

 弟子たちは主イエス様がわからなかったのですが、主イエス様の方は弟子たちと分かっておられました。獲物は取れたのか、漁はうまくいったのか、こう尋ねているのです。きっと大声で言ったのではないでしょうか。

 彼らは答えます。「ありません」、相手が誰だかわからない、まして主イエス様とは思っていません。「ないよ・・」「あるもんか」こんな感じの答え方だったかもしれません。

 岸に立っている人は、さらに言いました。「船の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」

 「そうすればとれる」確信に満ちた言い方です。彼らは、不思議に思いながら、言われるままに網を打ちました。どうして。彼らがそのような見知らぬ人の言葉に従ったのか、しかもガリラヤ湖で魚を取る、プロの漁師たちがそうしたのか、その理由はよくわからないところがあります。わたしは、ここにはやはり主イエス様のご存在とそのみ言葉の力だと思っております。聖霊の導きです。

彼らは網を打ちました。そうすると、大量の魚がかかり、もはや網を引き挙げることが出来なかったのです。

 漁師たちが7人がかりで取り組んでも、船の上に上げられないほどの大漁でした。彼らは驚き、そして一人の弟子が言いました。「主だ」、あのお方は主イエス様だと言ったのです。

そういったのは「イエスの愛しておられたあの弟子」だと書かれています。このヨハネによる福音書を通して、それは福音書を書いているヨハネ本人を指しています。ヨハネだけでなく、皆が、あのお方は主イエス様だと、そう思いました。

それは、ちょうど3年前、彼らが弟子として召しだされたときのことを思い出したからです。

 それはルカによる福音書5章に記されていることです。シモン・ペトロとゼベダイの子ヤコブとヨハネ、そして名前の書かれていない仲間たちが夜通しの漁から帰って網を洗っているときに主イエス様がおられました。そしてシモンの舟を借り上げてそれに乗って岸辺にいる群衆に向かってみ言葉を語られたのです。話し終わったときに主イエス様はシモン・ペトロに向かって「沖に漕ぎ出して漁をしなさい」と言われました。ペトロは「先生、わたしたちは夜通し漁をして何も取れなかったのです、しかしお言葉ですから網をおろしてみましょう」と不満げに言いながら、沖に漕ぎ出し、漁をしたところ、舟が沈みそうになるほどの魚が取れたのです。

 そのときシモン・ペトロとヨハネとヤコブは自分の不信仰を恥じて「主よわたしを離れてください。わたしは罪深いものなのです」と主イエス様の前で悔い改めました。その時に主イエス様が言われたのが、「今から後、あなたがたは人間を取る漁師になる」という福音宣教者への召しでした。

 この時の記憶がありますから、弟子たちは、主がおいでになった、復活の主イエス様がガリラヤに来てくださったと直ちに悟ったのです。

 ペトロは、どうしたか。面白いことですが、彼は自分が裸同然であったので海に飛び込んだと書かれています。漁師たちが漁をするには、それなりの服装をしていると思いますが、そのときペトロだけは裸同然であったので、すぐに上着を来た。それだけではなく、海に飛び込んだというのです。飛び込んでどうしたか、岸に向かって泳ぎ出したのです。

 上着を着て、そのまま舟に乗って皆と一緒に主イエス様のところまでくればそれでよいと思うのですが、ペトロは、そんなことはしない。岸に向かって泳ぎ出したのです。どうしてそうしたのか、それはペトロに聞いて見なければわかりません。彼は、主イエス様を三回否定したこと、他の弟子たちと同様に逃げ出したことが恥ずかしくまた悔しかった。主イエス様には合わせる顔がないと思った。それで何かせずにはおれなかったのだと思います。

 ほかの弟子たちは、そのまま魚でいっぱいで引き上げることが出来ない網を引いて、陸地まで船をこいで来ました。ペトロは一足先に岸についていたのかもしれません。

 主イエス様に促されて、ペトロがリーダーになって皆で網を引き揚げた。地引網のような形です。

 彼らが岸に着いたとき、そこにはすでに炭火が起こしてあり、魚が乗せてありました。主イエス様が弟子たちをもてなしてくださるのです。弟子たちは、主イエス様の言われる通りに、網を引き揚げ、さらにたくさんの魚を炭火にくべました。

 「さあ来て、朝の食事をしなさい」主イエス様が言われます。この食事会のホストは主イエス様です。弟子たちのために火をおこし、有り合わせの魚を焼き、さらに数えきれないほどの魚を与えられました。主イエス様のおもてなし、神のなさるおもてなしです。

 弟子たちが数えると魚は153匹だったと書いてあります。当時の漁師たちは、分け前を取るために必ず取れた魚を数えたと言いますが、これほどの大漁は驚くべきことでした。しかもこんなに多くの魚が入り、これを引き上げるならきっと網は破れたはずなのに、破れていなかった、このことも驚きでありました。特別の奇跡と言ってよいと思います。

 主イエス様は、かつて三年以上、ともに福音宣教の旅をし、弟子たちを訓練してくださったときと同じように、パンを取りこれを裂き、弟子たちに与えました。この度の食事会には大量の魚までもが添えられています。

 もうだれも、主イエス様にあなたはどなたかと尋ねなかった。みながすでに尋ねる必要がなかったということです。復活の主イエス様にお会いし、一緒に天国の食事をする約束は、クリスチャン全員に与えられています。弟子たちは、これを先取りしているのです。

わたしたちは、今はまだ、主イエス様と顔と顔を合わせてお会いし、共に食事をすることはできません。しかし、この時の弟子たちに対するまなざしで、今も主イエス様が、わたしたちを見ていてくださると信じています。わたしたちの心が沈んでしまい、悩み苦しむときに、岸辺で炭火を起こし、パンを用意し、魚を焼いて待っていてくださる主イエス様のまなざしは変わることはないのです。

人間を取る漁師としての教会の働きは、ときに行き詰まる時もあります。しかし主イエス様は、いつもわたしたちに目を注いでいてくださいます。わたしたちに声をかけてくださいます。「ここに来て食事をしなさい。」あるいはまた「舟の右側に網をおろしなさい、そうすればとれる」

祈りを致します。

天の父よ、救い主イエス様をわたしたちにお送り下さり感謝します。十字架の上に死んで、甦られた主イエス様は、今もわたしたちを愛の眼差しで天から見ていてくださることを信じて感謝いたします。わたしたちを力づけ、励ましてくださることをありがとうございます。どうか、この週もこの月もあなたがわたしたちと教会とを守り、導いてください。主イエス様の御名によって祈ります。アーメン。