2022年06月12日「水をぶどう酒に~カナの婚礼の奇跡」

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聖書の言葉

ヨハネによる福音書 2章1節~12節

メッセージ

ヨハネによる福音書2章1節~12節「水をぶどう酒に~カナの婚礼の奇蹟」

1、

 父なる神と御子イエス・キリストの恵みと平和が豊かにありますように。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。

 今朝、あたえられました御言葉は、ヨハネによる福音書2章1節から12節であります。主イエス様が、ガリラヤのカナの結婚式で最初のしるしを行って栄光を現わされた、そのことによって人々に恵みを与えられたという出来事です。具体的に言いますと、主イエス様が、ユダヤ教の戒律、律法で定められている清めの水を上等のぶどう酒に変えてくださり、そのことによって結婚式を続けることができたというものでした。婚宴に招かれた人の全員が、最後まで共に喜びを味うことが出来ました。この婚礼の宴の場に主イエス様がいてくださったという恵みを覚えます。

主イエス様の時代の結婚式は、現在のわたしたちが考えている以上の重大イベントでした。結婚という人生の喜ばしい出来事を家族や友人、地域の人々全体が共に祝いました。結婚式は、村をあげてのお祭りであり、村人たちは、めったにない宴会に出席することを楽しみにしていたのです。結婚式をあげようとする人は、そのためにお金を貯め、一世一代のにぎやかなもてなしの席を設けたのです。主イエス様は、しばしば神の国、天国のありさまを結婚式の宴会、婚宴に例えています。当時の結婚式の宴会が本当ににぎやかで楽しく、一世一代の喜びと祝福に満ちたものであったという背景があります。そこでは必ずぶどう酒が振舞われました。

11節には、主イエス様が水をぶどう酒に変えてくださったことが、「最初のしるし」、つまり主イエス様がなされた最初の奇跡であったと記されています。ヨハネによる福音書には、病の癒しや水の上を歩く、あるいは死んだ人を生き返らせるといった奇跡が合わせて7つ記録されています。ほかの福音書には、嵐を静めてくださるということを含めて多くの主イエス様の奇跡が記されています。それらは人々の苦しみや悩み、不安を解決してくださるものであり、また人間の力の及ばないような自然現象でさえも制御してくださるものです。そしてその多くが旧約聖書においてメシアのしるしとして預言されたいたことでありました。けれども、ヨハネによる福音書がその中の7つを記録していることには意味があります。7と言う数字が完全数だからであります。

今朝の奇跡は、他のものと比べて少し様子が違うように思われます。それは、ぶどう酒が尽きてしまったために台無しになりそうだった婚宴の祝いが守られるという確かに喜ばしいものです。けれども、他の奇跡のような救いの鮮やかさ、明確さが欠けています。宴会をしていた人々の大半は、主イエス様の行われたしるし、奇跡に気が付くことはありませんでした。その人たちの見えないところで主イエス様が奇跡を行っていてくださったのでした。

主イエス様は、結婚式の宴会という、にぎやかで楽しい様子が、わたくしたちの信仰生活に似ているとおっしゃいます。宴会は、神の国の喜びのシンボルです。わたしたちはこの世界の中で、世の人々と混じって生活しますが、外見的には周囲の人とそんなに変わらない生活を送っています。しかし、決定的に違うことがあります。それは信仰を通してイエス・キリストの救いの恵みを受けているということです。言い換えるなら、わたしたちが意識していないとしても、主イエス様は、わたしたちの生活の中で絶えず働いておられます。水をぶどう酒に変えて下さっているということです。わたしたちは後になってそのことに気が付くのです。それはただ恵みによることです。

2,

 アメリカのソルトレイクという町にはモルモン教の本部があります。モルモン教徒は大変生真面目な生活を送ることで知られています。教団の戒律として禁酒・禁煙・カフェイン、つまりコーヒー紅茶も禁じるのです。世の中の人が、人生のささやかな楽しみと思っているものを全て禁じるのであります。このような禁欲生活を神は喜んで下さるという堅い信念を持っています。モルモン教は19世紀の中ごろにアメリカで生まれました。当時のアメリカは、産業革命と資本主義の発展によって貧富の格差が激しくなっていました。一方で、お金さえあればなんでも出来ると言った風潮がまん延して、社会のモラルが急速に低下していた時期でありました。モルモン教の禁欲主義はそのような乱れた社会に対する警告であり反動でありました。このような姿勢は、モルモン教だけでなく、19世紀から20世紀初頭のアメリカのピューリタンたちにも共通のものとなってゆきました。当時のアメリカのピューリタンは、世の風潮に抵抗し、禁欲的できまじめに生活することをよしとしました。当然、禁酒・禁煙です。そんな中で、アメリカ合衆国に禁酒法が成立しました。禁酒法は1920年に成立し、1933年に廃止されました。

今朝の聖書個所ではお酒が重要な役割を果たしています。主イエス様が、水をお酒に変えて宴会の危機を救い、その宴会に参加している人たちを喜ばせたのです。モルモン教徒をはじめ、今もお酒を禁じているキリスト教の幾つかの教派の人は、ここをどう読んでいるのかわたくしは興味があります。今朝の御言葉を読むならば、聖書の教える信仰は、禁酒ということについて大きな位置を与えていないことは明らかであります。しかし、日本のキリスト教の多くは、19世紀のアメリカの宣教師たちによって伝えられましたから、禁酒・禁煙は当時からキリスト教の旗印となっています。

わたくしが、洗礼を受けたいと思いましときに、気になったことの一つは洗礼を受けるとお酒が一切飲めなくなるのではないかと言うことでした。もう亡くなられたのですが、ある長老に相談しましたところこうおっしゃいました。「何も気にすることはないよ、わたしも大体毎晩、ビールを飲んでいるから」。そこで、「お酒を飲んでもいいんですか」と聞きますと、「聖書を良く読みなさい。改革派教会では飲みすぎなければいい。自由だ」と言われて安心したのであります。しかし、後になってこの「自由だ」と言う言葉が、実は本当に奥が深いということが分かりました。自由には責任が伴うのです。聖書には「神さまの栄光を現わすために自由を用いなさい」と書かれています。

聖書で、お酒について書かれていることはあまり多くありません。ガラテヤの信徒への手紙5章に泥酔、酒宴は肉の業と書いてあるところに心が留まります。また飲み過ぎを戒める言葉は旧約聖書に多く出ます。しかし、お酒自体は決して禁じられません。それどころか、聖書はお酒に好意的です。ブドウ酒は喜びのしるしでありますし、主イエス様によれば天国、神の国のイメージは、まさに宴会のイメージです。主イエス様自身も酒飲みの大食らいと呼ばれたと書かれています。そこには四角四面な戒律から解放された自由があります。同時に責任もあります。また互いを祝い合う喜びがあります。それこそが、主イエス様がわたしたちに下さる救いの生活なのです。

2、

 2章1節お読みします。1 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。

三日目とは、その前の節でナタナエルという人が主イエス様の弟子になった、その日から数えて三日目ということです。ヨハネによる福音書は1章1節に「初めに言葉があった」と書き始めて、洗礼者ヨハネのことを記し、その翌日、その翌日と筆を進めてきました。ここに書かれている三日目とはちょうど一週間が経った七日目と言うことになります。七は完全数とも言われ、旧約聖書創世記に天地創造の神が七日目に安息された、休まれたとされる大切な日です。つまり、今朝の御言葉にはそれだけの重さがあると言うことを覚えなければなりません。今朝の御言葉までのところは、ヨハネによる福音書のまえがき、序文の総まとめに当たるのであります。そこに、主イエス様が水をブドウ酒にかえて神の国、天の国の恵みを現わし、ご自身の栄光をあらわされた記事が置かれております。それは七日目の出来ごとであり、未完成であったものが完成するというできごとです。

 ガリラヤのカナは、今は正確な位置は分かっていませんが、ナザレの北十数キロの村とされます。そこで結婚式がありました。主イエス様の母も主イエス様も、また弟子たちもそこに招かれました。後の方で、主イエス様の母マリアが、宴会で働く召使いに指示を出すということをしていまして、召しつかいはそのとおりにしています。マリアは、この結婚式の主催者側の立場であったようです。つまり花婿の親族であった可能性が高いのです。多くの人は主イエス様のいとこの結婚式ではないかと考えています。

 結婚式の宴会が始まり、料理やお酒がふるまわれています。宴たけなわとなり、皆が少し酔いの回ってきたころに事件が起きました。用意していたブドウ酒がなくなってしまったのです。予想よりも沢山の人が集まり、しかも飲食のペースが早かったのでしょう。しかし、こういうことがあってはならなかったのです。

 主イエス様の母マリアは心配しました。主催者側の人であったからです。その時、マリアは主イエス様にこう言いました。「ブドウ酒がなくなりました」。言葉だけを見ると「大変なことが起きました」という単なる報告です。しかしそこには主イエス様に対する特別な気待が込められています。主イエス様がお生まれになったとき、御使いが現れて不思議な仕方で子が生まれることが告げられたということがありました。マリアは、主イエス様について、この子は普通の子ではないと知っていたのです。もしかすると、何か分からない不思議な力をもつ人かも知れない、そう思って、このように主イエス様に相談したのです。

 主イエス様は答えられます。「婦人よ、わたしとどんな関わりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」

 自分の母親に対して「婦人よ」というのはいかにも他人行儀のように思えます。しかしここでは、主イエス様が親子の関係を越えて語っておられると見ることが出来ます。「わたしとどんな関わりがあるのですか」、これは直訳すると「わたしとあなたの間に何があるか」という言葉です。この言葉は、たいていは、何か願い事を頼まれた時に、それは無理だ、出来ないと言う意味を込めて返す言葉であります。

 主イエス様は、さらに続けられます。「わたしの時はまだ来ていない」

 ヨハネ福音書では、「主イエス様の時」とは、主イエス様にとって決定的な救いの業がなされる時、つまり十字架の事を意味しています。ですから、イエス様は、いまはまだ決定的な救いの業を行うときではないとお答えになったと言うことです。

 わたしたちは、主イエス様にお願いする、祈ることが沢山あります。そして主イエス様が聖書に言われている通りに、わたしたちは主イエス様の名によっていつも祈ります。その祈りに対して、主イエス様はこのマリアに対して言われた様に、いつも祈る側の思い通りにはして下さらないのであります。けれども、主イエス様はわたしたちの祈りを聞いておられます。わたしたちには隠れた仕方で祈りに答えて下さるのです。わたしたちは心の中に実にいろいろなこと思い、それを神に願うとしても、神さまの側のご計画だけが実現してゆく、神さまの側に主導権があると言うことを覚えたいのです。

 マリアは主イエス様の力に期待していました。そして召使いたちを呼んで、主イエス様を指して、こう言ったのです。「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」

3、

 主イエス様は、召使いに言いました。マリアがそこにいたかどうかは分かりません。主イエス様が用いられたのは、家の玄関に置いてある水かめでした。「水がめに水を一杯入れなさい」主イエス様に命じられた召使いたちは、そのとおりにしました。

6節の言葉が、今朝の御言葉を解き明かすカギになります。お読みします。「6 そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。」

 ユダヤ人たちは、ユダヤ教の戒律に従って、外から帰ると手足を清め、また食事をするときも手足を清めました。それは今のわたしたちが行っている手洗いとは違って、宗教的な汚れを落とすと言うことでした。町ではいつも異邦人と接触する可能性があり、また異邦人が触れたものにも触れる可能性があります。これを清めるために、家の入口にこのような水がめを置いていたのです。二ないし、三メトレテスとは、78リットルから116リットル入る大きなかめです。文語訳は四五斗入りの石がめと訳します。鏡開きに使う四斗ダルよりも一回り大きなかめを考えればよいと思います。それが六つあったと言うのです。大勢のお客がこれを使っていますので、だいぶ水は減っていたことでしょう。召使いたちは、主イエス様の言われた通りに、井戸から次々と水を汲んで来て、淵まで一杯に水を満たしたのであります。そして主イエス様に命じられた通りに、そこから水を汲んで宴会の世話役のところに持って行きました。世話役は、ブドウ酒に代わった水の味見をしたと書かれています。世話役は驚いて花婿に言いました。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

 召使いたちが持っていったのは、もはや水ではなく、極上のブドウ酒だったと言うのです。これは主イエス様が行われた奇蹟であります。

 ユダヤ教の「清め」の戒律は、沢山ある戒律の中のほんの一つに過ぎません。当時ユダヤ人たちは旧約聖書を一生懸命読み、それを解釈して何千何万という戒律を定めていました。普通の人はとても覚えきれないので、律法学者という、それを専門に学び伝えている専門職まで造られました。主イエス様と事あるごとに対立するファリサイ派は、たいてい律法学者であり、特別に戒律を厳守する人々でした。

この2章の後半部分では、主イエス様はエルサレム神殿に入って、宮清めという激しい業をなさいます。主イエス様は、神殿をわたしの父の家と呼んでおられることに注意したいと思います。この宮清めは、ユダヤ教における一種の宗教改革とも考えられます。しかしそれは単に、これまでの伝統に帰ると言うだけのものではなかったのです。更に新しいことがそこで起こる、つまり革命的なことであります。

 戒律を守ることが救いの道であると言うのではなく、神を信じる信仰によって、主イエス様の十字架の罪の赦しと永遠の命という救いの道が開かれたのです。これが旧約に代わる新約、神さまの新しい契約なのです。

 水がめの水は、戒律と儀式づくめのユダヤ教のしるしです。主イエス様は、それを香り高い極上のブドウ酒に変えられました。このブドウ酒は主イエス様が下さる救いのしるしです。

詩編104編15節に「15 ぶどう酒は人の心を喜ばせ、」とあり、また詩編23編では、ブドウ酒の杯が溢れることは神様の祝福を現わします。

しかし、一方で水がめに水があったからこそ、ブドウ酒が出来ました。この水が召使いたちにの奉仕を通してぶどう酒に変わりました。主イエス様は、全くの無からではなく、ユダヤ教の教え、旧約聖書のその先に、ご自分の救いの御業をなさいました。また、そのときにご自分に仕えるものを用いて下さいます。この奇蹟は、旧約、つまり古い契約と新約、新しい契約の連続性と進展性とをあらわしていないでしょうか。主イエス様の下さる喜びの知らせ、福音とはまさにそのようなものであります。

4、

 この一部始終を通して、弟子たちは主イエス様を信じたと11節に書かれています。すでに、1章で、彼ら五人はそれぞれの仕方で主イエス様と出会い、主イエス様に従うものとなっています。もうとっくに信じているといっても間違いない弟子たちです。しかし、それでもなお弟子たちは信じたのです。

信仰は、これでよい、これで十分だと言うことはなく、終わりまで成長し続けます。信じるということは、信じていなかった自分に別れを告げる、古い自分を捨てるということです。あるいはこれまで信じてきたものを捨てるという決断を伴うものです。魂の向きを変える、回心するという一回的、決定的なことです。しかし、同時に絶えず新しくされてゆくものでもあります。日々に新しくされてゆく、これが主イエス様への信仰です。

ここでは、マリアはどうなったか、あるいはいちばん間近でこの奇蹟を体験した召使いたちは信じたのかと言うことは、一切触れられていません。ここでは奇蹟そのものを体験したかどうか、あるいはどれだけ深くそのことと関わったかということは問題ではないのです。はっきりしていることは、弟子たちは信じたということです。主イエス様への信仰を一層深くしたということです。信仰がしっかりした、堅くなったということです。

神の国の生活、信仰生活を送るわたしたちは、このたとえ話の中の誰に当てはめられるかと考えます。ある人は、「信じた」と言われている弟子たちだと言います。別の人は、いや主イエス様の御御言葉に従って一生懸命働いた名もない召使いたちだと言います。どちらも間違いではないと思います。しかし、わたしはこの結婚式の宴会に与って恵みをいただいた出席者たちこそがわたしたちのことだと思います。わたしたちの日々の生活の中で主イエス様は絶えず、水をぶどう酒に変えていてくださるからです。悲しみを喜びに、苦しみを恵みに変えて下さるのです。

ヨハネは、この奇跡は主イエス様が現わされた最初の奇跡だと言います。それ以来主イエス様は奇跡を起こし続けられます。そして、今もわたしたちの知らないところで主イエスの奇跡は起こり続けています。主イエスさまこそ、真の神の御子、わたしたちの救い主であるからです。

ヨハネによる福音書はまだ始まったばかりです。これから主イエス様の時、その救いの御業がはっきりします。ここで行われたのは最初のしるし、最初の奇蹟です。これから主イエス様と弟子たちの奇蹟の物語が始まるのです。そして、その救いの物語は、今のわたしたちにつながっているのです。この物語は、世の終わりまで続いてゆきます。お祈りを致します。

祈り

主イエス・キリストの父なる神、御名を崇めます。ヨハネによる福音書にしか記されていないカナの婚礼の奇蹟の物語の御言葉を共に聞くことが出来て感謝致します。主イエス様は、わたしたちに戒律や儀式によって救いを下さるのではなく、ご自身の恵みによって、その十字架の罪の赦しによって、また死に打ち勝っておよみがえりになられたことによってわたしたちを救われます。主イエス様が流された血潮は、聖餐式のブドウ酒によって現わされます。この世のブドウ酒が「ふさわしく用いられる時、それはわたしたちに喜びと元気を与えますが、主イエス様の血潮はわたしたちを根本から清め、新しくし、この世のブドウ酒にはるかにまさる恵み、命そのものを与えて下さいます。弟子たちは信じたと書かれています、どうかわたしたちも同じように信じることが出来るように、すでに信仰を与えられているものもますます信仰が堅くされますよう導いて下さい。恵みと喜びと自由を下さる、救い主、主イエス様の御名によって祈ります。アーメン。