2022年10月16日 朝の礼拝「イエスの名による救い」

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2022年10月16日 朝の礼拝「イエスの名による救い」

日付
説教
堂所大嗣 牧師
聖書
使徒言行録 4章1節~12節

聖句のアイコン聖書の言葉

4:1 ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。
4:2 二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、
4:3 二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。
4:4 しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。
4:5 次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。
4:6 大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。
4:7 そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。
4:8 そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、
4:9 今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、
4:10 あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。
4:11 この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です。
4:12 ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』
使徒言行録 4章1節~12節

原稿のアイコンメッセージ

1.権力者たちの前に立たされた弟子たち
 今日の箇所は、ペトロとヨハネがユダヤの最高法院で取り調べを受ける場面です。きっかけは、生まれつき足の不自由だった男性が癒やされた奇跡でした。ペトロたちはその奇跡を自分たちの力によるものとはせず、復活されたイエス・キリストによるものだと語り、人々に悔い改めを勧めました。しかし、それを聞いた祭司たちやサドカイ派の人々は怒りました。特にサドカイ派は死者の復活を否定していたため、「イエスが復活した」という宣教を受け入れることができなかったのです。そこで彼らはペトロとヨハネを捕らえ、翌日、最高法院で尋問することにしました。そこには大祭司をはじめ、当時のユダヤ社会で最も権力を持つ人々が集まっていました。その光景は、かつて主イエスが裁判にかけられた場面を思い起こさせます。

2.「誰の名によって行ったのか」
彼らはペトロたちに「お前たちは何の権威によって、だれの名によってあのことをしたのか。」と尋ねました。
これは単なる質問ではありませんでした。旧約聖書には、もし神以外の名によって奇跡を行う者がいれば退けなければならないと教えられています。つまり彼らは、ペトロたちを罪に定める口実を探していたのです。しかし聖霊に満たされたペトロは少しも恐れませんでした。
 彼ははっきりと「この人が良くなって皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたナザレの人イエス・キリストの名によるものです。」と証言します。ペトロは権力者たちの前で、彼らがイエスを十字架につけた罪を指摘しながら、そのイエスこそ神が復活させられた救い主であると大胆に宣言したのです。

3.捨てられた石が隅の親石となった
さらにペトロは詩編の言葉を引用して、「あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石」と語りました。
家を建てる人々が不要だと捨てた石を、神は建物全体を支える最も重要な石として用いられたという預言です。人々はイエスを拒み、十字架につけました。しかし神はそのイエスを復活させ、人類の救いの土台として立てられました。人間が価値がないと判断した方を、神は救いの中心に据えられたのです。十字架は失敗ではありません。復活によって、イエスこそ神が遣わされたまことの救い主であることが明らかにされたのです。

4.この名のほかに救いはない
そしてペトロは最後に「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」と力強く語ります。
 なぜペトロはこれほど確信をもって語れたのでしょうか。それは彼自身がイエスの救いを体験したからです。かつてのペトロは、イエスを三度も知らないと言ってしまった弱く臆病な弟子でした。しかし復活の主と出会い、罪を赦され、立ち上がらせていただきました。その経験があったからこそ、彼はどんな権力者の前でもキリストを証しすることができたのです。
 足の不自由な男性がイエスの名によって立ち上がったように、ペトロもまた罪の中から立ち上がらせていただきました。そして私たちも同じです。
人間は自分の力では罪と死から自分を救うことができません。家族も友人も、財産も地位も、私たちに永遠の命を与えることはできません。しかしイエス・キリストだけは、罪を赦し、死に打ち勝ち、新しい命を与えることがおできになります。
 だから聖書は語ります。「この名のほかに救いはない。」
私たちもこの主イエスと出会い、この方によって立ち上がらせていただき、新しい人生へと導かれていきたいと思います。イエス・キリストこそ、私たちに与えられた唯一の救い主なのです。

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